第11話 母の残したもの 2
「……大丈夫ですか?」
気遣うノエルの声に、頷きだけ返しながら、セイラスはゆっくりと立ち上がった。
母は、自分のことを想ってくれていた。
この地下室は、その母が自分のために用意してくれた。
今は、それだけがわかれば十分だ。
「……」
まだ、気持ちが完全に切り替えられたわけではない。
声を出すと、まだ嗚咽に変わりそうな気がして、セイラスは黙ったまま地下室を見渡した。
地下室は、おおまかに二部屋に分かれている。
本棚や机のある、言うなれば書類作業の部屋と、訓練のための部屋。
書斎で細々と異能の訓練をしている未来が見えたため、思い切り試せるように準備したと、母のノートに書いてあった。
「……こっちが、本当の書斎。こっちの部屋は、訓練場みたいだよ」
平静であるように努めながら、ざっくりとした説明をする。
また、ノートに書いてあった内容を、細かく説明する気にはなれなかった。
「わかりました。では、私は少し訓練場の方を見てまいります」
セイラスに気を遣ってか、ノエルが一人で訓練場側に歩いていく。
気持ちを落ち着けたいセイラスには、その心遣いがありがたかった。
一人になったセイラスは、改めて机の周りや本棚を調べていく。
地上の屋敷の書斎には、セイラスでも簡単に読めるような本であったり、平民でも手が届くような、印刷されて広く流通している本がほとんどだった。
しかし、ここにある本は、装丁が古い稀少本と思われるものや、手書きの本なども多い。
おそらく、かなり貴重な資料ばかりなのだろう。
いくつか手に取ってみると、内容は難しく、すぐには理解できないものも多そうだった。
「……これは、読み応えがありそうだ」
何か面白そうなものがあるかと思い、じっくりと見て回る。
ふと、一冊の本が目を引いた。
「異能者報告……?」
本というよりも、報告書をまとめた冊子のようなものだった。
紙の状態は良くはなく、古いものであることが察せられる。
破れないようにそっとめくっていく。
「これは……いいんじゃないか?」
いつの時代のものかはわからないが、人物名と異能の概略および詳細が、かなりの人数分、書かれている。
平和ではない時代に作られたのだろう。戦いに主眼を置いた用途と効果が書かれている。
ノエルの異能の習得に行き詰まっていたが、突破口になりそうだ。
「あと、他は何かないかな」
早速、役に立ちそうな資料を見つけたため、期待しながら本棚を漁る。
ふと、他の本とは毛色の違う背表紙に目が留まった。
他の本は形も大きさも基本的にはバラバラだが、その一角だけはきっちりと揃っているのだ。
続きものの本なのだろうか?
手に取ろうとしたとき、ノエルが訓練場から戻ってきた。
「……セイラス様。よろしいでしょうか?」
今、大丈夫かという意味と……もう大丈夫か、という両方の意味だろう。
「ああ、大丈夫だよ。なに?」
安心させるよう、「大丈夫」という言葉に力を込めて言う。
「こちらの方へ。言葉で説明するより、見ていただいた方が早いと思いますので」
「わかった、行くよ」
ノエルに誘われるまま、セイラスは訓練場に向かう。
実際に入ってみると、広いのに圧迫感のある空間だった。
重厚な、黒い壁と天井のせいだろう。
「まずは、こちらを」
「おお……」
書斎側からは見えなかった壁に、いくつかの武器が掛けられていた。
長剣と短剣が、それぞれ二振り。
弓と槍もあった。
「試しに短剣を鞘から抜いてみましたが、ちゃんと切れそうでした」
「となると、剣もかな」
未来が視える母が用意した、訓練場と武器。
ということは、これからそれらが必要になるということだ。
「あとは、こちらを」
言うと同時に、唐突にノエルが壁を蹴りつけた。
給仕服のスカートがひらりと舞い、少しドキッとする。
と同時に、ドカッという可愛らしくない音が響く。
「最近、蹴りで石が割れることに気付いたのですが、ご覧の通りびくともしません。この壁は、ただの石壁などではなさそうです」
「えっ」
何か今、とんでもないことを聞いた気がする。
「黒いのも、塗ったのではなく元々の色に見えます。何か特別なもので作られていますね」
「そ、そうなんだ」
壁の件についてよりも、もっと気になることを先に聞いてみることにする。
「あのさ……蹴りで石が割れるってどういうこと?」
「あ、そういえばお話していませんでした。取り立ててお話する必要があるかはわかりませんでしたので」
ノエルは少し、バツが悪そうな顔をする。
「裏庭でお洗濯をしていたのですが、存在を許してはならない黒い虫がいるのを見つけまして」
「そんざいをゆるしてはならないくろいむし」
「はい。それが見えた瞬間、無意識に踏みつぶしてしまいまして。その時に下に石があったのですが、簡単に砕けてしまいました」
「へぇ」
ちょっと理解が追いつかず、生返事のみを返す。
「……セイラス様の考えたこのエーテルでの強化方法は、本当に素晴らしいです! どんどんと自分が成長していくのを感じます。このままいけば、何でもできるようになるんじゃないかと!」
すべてはセイラスのおかげだと、キラキラした目で見つめてくる。
本当は自分がそうなりたかった気持ちは一旦伏せて、ノエルを褒める。
「いや、ノエルの元々の才能と、努力の結果だよ。毎日、気持ち悪くなる直前までエーテルを吸収し続けているんだから」
「いえ、セイラス様が考えた方法があればこそです!」
ノエルは引かない。
セイラスはあきらめ、「そういうことにしておくよ」とだけ返す。
実際、できるのがノエルだけであると思われるこの強化方法の効果は、劇的だ。異常とも言ってもいい。
本来ならば、命をかけて魔物と戦ってようやく得られるエーテルを、ほぼ何のリスクもなく取り入れ続け、今まさに結果も出ている。
結果が出すぎている。
これは、もっと注意したほうが良いかもしれない。
「……ノエル」
「あ、はい。何でしょう?」
「異能はもちろんだけど、その身体能力も、あまり人に見せないようにしてね」
「ええと……それは、敵に警戒されるからですか?」
昨日から気づいた、明確な悪意。
平和な日常の裏にある、直視できていなかった危険。
それにこれから備えていかなければいけない。
「それもある。けど、それよりも怖いのは、ノエルが脅威とみなされて、僕から引き離されることかな」
「……それは、嫌です」
セイラスの、王国内での微妙な立場は変わっていない。
正確なことは、母の残したノートを読み解いていくつもりだが、自分をどうにか利用したい、もしくは排除したい勢力にとっては、セイラスが明確な戦力を持つことを避けたいのは共通の認識だろう。
ノエルは元々平民だ。今はセイラスが個人的に引き取り、雇っている使用人ではあるが、強引に召し上げたり、あらぬ罪を着せて罪人に仕立て上げたりすることも不可能ではない。
強引な方法だが、王子とはいえセイラスは庶子。後ろ盾がないため、やろうと思えばきっと可能だ。
推測はしていたが、見張られていることは確定した。
だが、まだ「妙にすばしっこくて仕事が早く、力も強くて剣の練習を始めた女の子」程度にしか見えていない、はずだ。
石を踏み砕いたところは、気づかれなかったと信じるしかない。
そういった考えをノエルに伝えると、素直に納得してくれた。
「……わかりました。これまでに見られていると思われる身体能力以上の力は見せないこと。それと、ロビン様に勝てる、または勝てそうと思われないこと、ということですね」
「うん、それでよろしく。いくら子どものわりに強いといっても、ロビン一人でどうにかなるレベルと思ってもらえれば、そんなに無茶なことはしてこないと思う」
「はい」
子どもの浅知恵かもしれないけれど、今できる対策はそのくらいだ。
いったんこの話はそこまでにして、話を元に戻す。
「そういえば、壁の話だったよね。なんだかものすごい頑丈だって」
「あ、はい。その通りです」
「その理由には心当たりがある……というか、そうじゃないかな、程度なんだけど」
そう言って、先ほど書斎で見つけた、過去の王国の異能者と異能の一覧を見せる。
そこには、火や氷の矢を飛ばして攻撃するような異能も記載されていた。
「母さんがどこまで未来が視えていたかわからないけど。壁にある丸は、どう見ても的だしね」
「……そこまでを見越して、この地下室を準備されていたということですか……」
「いや、本当にわからない。母さんの力は、確定した未来を予知するんじゃなくて、『そうなるかもしれない』という可能性をいくつも視ているという話だったと思うから」
「それでも、すごいです」
「……うん、すごいね」
自分が過去視の能力を使った時のように、未来を視る能力を使うときはかなりの負担があったはずだ。
きっと、何度も辛い思いをしながらもあらゆる可能性を探し、セイラスたちに必要になりそうなものを揃えたのだろう。
セイラスは、改めて母に感謝した。
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