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堅物騎士様のかわいい秘密を知ったら、延々と二人で会う約束を取り付けてくるのですが?  作者: まな板のいわし


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第8話 紳士で有能な騎士の残念な事情

 いつも通りの何も変わらない日。ラシェルは薬品倉庫から事務室へ戻ると、人だかりができていた。何か良いことがあったのか、ヴィルジニー院長の机を囲んでいる治癒術師たちは明るい声で賑やかにお喋りをしている。


「ベルナール様が、こんな気の利くお方だなんて思いませんでしたわ」

「私も思った! それに、センスも抜群に良いですよね」

「紳士的で気配りもできて……はぁ……ますます素敵な方ですね~」


 ベルナールさん……?


 少し気になって近づくと、ラシェルが戻ってきたことに気づいたロッティが早足で近づいてくる。


「ラシェルおかえり。さっきベルナール様が来て、治癒術師のみんなに差し入れを置いていったのよ! ラシェルも一つもらってきなよ」

「え、うん……?」


 なんで差し入れなんてしたんだろう。

 そんなことすれば、お菓子巡りしてるのバレるかもしれないのに。

 それとも、差し入れを口実にすれば堂々と買いに行けるって考えたのかな?


 ベルナールの行動は、とにかく読めない。表情にも乏しくて、何を考えているのかもわからない。この前だってそうだ。


『ラシェルさん。今日の服、よく似合っているように思う』


 なんだったんだろ……あれ。


 今思い出しても、じわっと頬が熱を持ち、照れ臭さから動悸までしてくる。


 服装を褒めるなら、会ってすぐが普通だ。なのに、家の前まで送ってもらった別れ際に褒められた。言わなければとずっと思っていてあの瞬間になったのか、それともまた別の思惑があったのか。別に無理して褒めなくても良かったのに。


「あら、ラシェル。先ほどベルナール様がいらして差し入れをくださったのよ。お一つどうぞ」

「ありがとう!」


 あれ……このエッグタルト……


 エッグタルトが詰められた箱には『恋するキミ』というカスタードを使ったお菓子を専門に扱う店の焼印が押されている。前に会ったときに、この店のエッグタルトが特に絶品でお気に入りだとベルナールに話した。多少並ぶことにはなるが、行ったことないなら良ければと勧めたのは記憶に新しい。


 もう行ってきてくれたんだ、勧めたかいがあるなぁ!

 ありがたくいただきますね、ベルナールさん。


 ラシェルはエッグタルトを一つ受け取ると、早速頬張った。タルトと言っても、生地はパイのようにサクサクとしていて油っこさもない。焼けたカスタードのしっかりめの食感と香ばしさが、まろやかな甘さを引き立てている。ついつい二個、三個と食べたくなってしまうほど、いつ食べても本当においしい。


 また会う機会があれば、そのときに改めてお礼を言おう。そう思いながらラシェルは仕事へと戻った。



* * *



 今日はベルナールと王都の南側にあるカフェに来ていた。この店では、飲み物を注文すると旬のフルーツを使った一口大のミルフィーユがついてくる。今の季節はラズベリーだ。


 そのミルフィーユと、この店のもう一つの看板メニューであるふわふわのパンケーキを食べに来ていた。エッグタルトのお礼を伝えつつ、診療院でのみんなの反応を伝えると、ベルナールさんは微かに口を開いたまま固まった。


「まさか、そんなことになってしまったとは……」


 ため息混じりに呟くと、とうとう彼は頭を抱えて項垂れた。ここまでありありと感情を表現してくるなんて、相当な何かがあるに違いない。


「なんで落ち込んでるんですか? みんな喜んでたのに……」

「…………実は、元は差し入れをするつもりがなかった」

「え? じゃあどういうことですか?」


 ものすごく悩んだ末、ベルナールは重々しく口を開く。彼の口から語られたのは想像もしていなかった事実だった。


『あれ、ベルナール隊長? 甘いもん好きなんすか? なんか意外っすねー』


 と、隊員に声をかけられたのが事の始まりだったという。甘いものが好きで、買い回っていることが露呈してはまずいと思ったベルナールはとっさにごまかしてしまった。


『いや、世話になってる診療院の治癒術師たちに差し入れをと思っただけだ。うちの隊は怪我も多いからな』


 その場はそれで凌げたらしいが、後日『差し入れなんてありませんでしたけど?』となってそこからバレるのもまずいと思い、大量に買ってその足で差し入れたとのことだった。


「圧倒的に保身ですね。それも、純度が限りなく高いやつ」

「言わないでくれ。わかってる……わかってはいるんだ……」

 

 やっぱ『繊細のベルナール』じゃん。


 項垂れるベルナールの背中に『罪悪感』という岩のような塊が見えた気がした。無表情でそれが凛々しくて素敵と言われている騎士の、この体たらく。


「あはっ、ふ……ふふ……ごめんなさい。ちょっと面白すぎて……」


 思わず吹き出すように笑ってしまっていた。ちょっと、こらえるのが苦しい。


「はぁ、弱ったな。抜群のセンスは君が選んだお菓子だからだし、差し入れは部下のおかげだ。騎士としての印象は保てても、その紳士像を保つのは……」


 どうやらベルナールの中でまた一つ崩せない『自分の印象』が増えてしまったらしい。なんとも難儀な性格と価値観だ。否定するつもりはないが、そんなもの気にせずぶち壊してしまえばいいのにと思ってしまうのは、それが他人事だからなのだろう。


「センスは大丈夫じゃないですか? ベルナールさんが誘ってくれるとこ、全部素敵ですし。その感覚なら外さないって私は思います」

「……そうだろうか?」


 もう厳格な騎士が総崩れだ。なんだそんな顔もするんじゃないか、と親しみのようなものが湧いていた。かわいそうだけど。


「まぁまぁまぁ、元気出してくださいよ。今日はちょっと良い物持ってきたんで!」


 ラシェルは先日買った“良い物”を茶色の無骨な紙袋のままベルナールへと手渡す。ちなみにこのオシャレさの欠片もない紙袋は、ベルナールが持って帰りやすいようにと考えてのことだ。


 ベルナールは紙袋を開き、中から“良い物”を取り出す。透明なワイン樽状のガラス瓶。瓶の表面に縦の模様が入ったオシャレな瓶にはリボンが結ばれ、中には淡い桃色のメレンゲ菓子がたくさん詰まっている。ベルナールが蓋を開けて覗き込むと、不意に顔を上げた。


「バラの香り、か?」

「おぉ、正解です! バラの香りのメレンゲ菓子ですね。そういう珍しそうなの、好きそうかなって思ったんです。あと、見た目がかわいいから、買いたくても躊躇うかなって」


 先日開催されていた花祭りの露店で、祭り限定で販売されていた。ラシェルも一つ買って食べてみたが、豊かな花の香りが口いっぱいに広がる不思議な味わいだった。


「面白くないですか?」

「面白いな。わざわざ俺のためにありがとう。大切にいただくとしよう」

「へへ、どういたしまして」


 すっかり落ち着きを取り戻したベルナールは、元の無表情に戻っている。けれど声色や言葉から、嬉しそうにしていることくらいはなんとなく感じられるようになっていた。


 少しして、パンケーキがテーブルへと供される。ふかふかで柔らかそうなパンケーキもさることながら、白いクリームがたっぷりとかけられて浮島のようになっている。そこにラズベリーやブルーベリーが散りばめられ、目にも鮮やかでおいしそうだ。早速ナイフを入れ、一口口にした瞬間だった。


「あら? もしかしてラシェルと……ベルナール様では?」


 背後から声をかけられ、思わず手を止める。正面に座るベルナールからも、微かに強張った気配が音もなく伝わってきた。

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