第6話 ご指名の、理由?
スリーティアーズで供されたお菓子と軽食は、二人分盛り付けられている。見た目が華やか、お皿の棚、スリーティアーズがどういうものかは見たら一発でわかると言っていたロッティの言葉は本当だった。
生ハムとチーズのカナッペ、色鮮やかな果物がかわいらしく飾られたタルト、ドライベリーが宝石のように輝くスコーン、小さなグラスに入ったパンナコッタ、他にもクッキーなどの焼き菓子が品良くまとめられている。思わず味を想像してしまって、早く食べたくてうずうずしてくる。
「おいしそうですね、ベルナールさん……ベルナールさん?」
ベルナールを見ると、なぜか俯いてテーブルの下で何かもぞもぞとしている。声をかけると、ピクッと反応しすぐに顔を上げた。
「すまない……その、テーブルクロスの、レースを……見ていた」
レース……?
つられるように下を向くと、白い布としか認識していなかったテーブルクロスの端にレースがあしらわれていることに気づく。手に取って見てみると、小さな小花が細やかに編まれていた。
「ホントだ、言われるまで気づきませんでした。よく見てるんですね」
「好きなものだから、つい目が行くだけだ。それより、待たせてしまったみたいだな。俺のことなんて気にせず、先に食べてくれれば良かったのに」
「そういうわけにはいかないですよ。ベルナールさんが全力で楽しむためのおまけなんですから、私は」
と、言いながらも、許可を得た手がついついクッキーへと伸びていく。ベルナールもまた、自身の取り皿にタルトを移していた。
銅貨くらいの大きさの厚めのクッキーにはキラキラと粒の大きな砂糖がまぶしてある。それを一口で口に含み、ゆっくりと噛んでいく。ザクザクとした食感でありながら優しくほどけていく口当たりが面白く、控えめな甘さが心を満たしていった。
「ベルナールさん、これ小さいのにすごくおいしいクッキーですよ! 満足感の湖に溺れるって感じです!」
「君は少し大げさというか……面白い言葉を選ぶな」
「その方が感動が伝わりやすくないですか?」
「確かに、そうかもしれないな」
ベルナールの口の端が微かに持ち上がる。前に笑った気がしたことがあったが、やはり見間違いではなかったのだろう。彼は確かにほとんど表情が変わらないが、感情はあるし、こうしてほんの僅かな変化が出ることもあるらしい。それはきっと、診療院に時折来るベルナールを見ているだけでは気づけなかったことだ。
「君の言う通りおいしいな。満足感の湖、か」
ベルナールはクッキーを口にすると、そっと頬を緩める。そうして今度は紅茶を口に運び、小さく息をついた。
やっぱり、ちょっと表情が柔らかい感じがする。
前回パフェを食べていたときよりも、全体的に緊張感がない。おいしいお菓子や綺麗なレースに囲まれて、ここは人目もない個室だ。もしかしたら少しだけ素の状態に近いのかもしれない。
「あの、個室なら一人でも来られたんじゃないですか?」
「『眠り猫の微睡み』は、二人からしか予約を受け付けてなくてな」
「あ、なるほど!」
「だが……もし一人から予約できていたとしても、ラシェルさんに来てもらうよう頼んでいたと思う」
「なんで!? 他のお客さんとすれ違うこともほとんどなさそうなお店なのに?」
個室の店から少しずつ一人で来ることに慣れれば、ベルナールの『浮いている』という感覚も多少薄れて過ごしやすくなると思った。けれど本人はそもそも一人で来る気がないらしい。
「……説明が難しいが、君がいると思うだけで気持ちが落ち着く」
「えっと、『どうしよう』って言える相手がいるとちょっと安心……みたいな?」
「たぶん、そんな感じだと思う」
「わかるなぁ……別にできなくはないけど、一人だとちょっと心細いなーってときありますよね」
それは、ラシェル自身にも経験がある。例えば、つい最近ロッティに服を一緒に見てもらったときもそうだ。別に一人で店に入って、服を買うことはできる。けれど、話せる相手がいてくれるのと、いないのとでは気持ちが全然違う。
一人だと「どうしよう」は不安感や心細さでしかないのに、一緒に誰かいてくれるだけで「どうしよう」はちょっとした共有の楽しみに変わり、会話が生まれる。最後に残る気持ちの温度が全く違うことを、ラシェルはよく知っていた。
ってことは、ベルナールさんにとっての私が、私にとってのロッティみたいなものってことかな?
だとしたら、少しだけ誇らしい。ロッティには及ばなくても、彼女のように自然に誰かを助けて支えられるような存在になれているかもしれないということなのだから。
「そういえばベルナールさんって、レースが気になるくらい手芸が好きなんですよね。ずっと気になってたんですけど、始めたきっかけってなんだったんですか?」
「きっかけ……そんなに気になることか?」
「気になりますねぇ~。羊毛は納品しても、手芸目的で毛糸には触れたことがない人生なものでして」
実を言うと、ラシェルは手芸には全く興味がない。むしろちまちまとした細かい作業の繰り返しと聞いただけで、気が遠くなりそうになる。
だからこそ、自分とは真逆の「好き」を持つ人の話は少し興味がある。ましてやこうして時々カフェに来るかもしれない関係なのだから、ベルナールがどんな人なのか知りたいと思うことも不思議なことではないはずだ。
「大した理由があるわけじゃない。聞いても何も面白くないだろうが──」
そんなふうに謙遜しながら、ベルナールは口を開く。甘いお菓子と紅茶の香りに包まれながら、ラシェルは彼の話に耳を傾けていった。




