第4話 『閃雷のベルナール』
ベルナールの視線が不意に店内の方へと逸れる。店内は女性ばかりで、男性はいなかった。
「意外と思われる程度ならまだいい。見た目と不釣り合いな自覚はある。だが知られると、どうしても浮いてしまう」
カフェに来る客が女性ばかりだとしても、男性一人でも構わず来る人は来るだろうし、男性複数人で来ることだってあるだろう。たまたまこの時間は、ベルナール以外の人が女性しかいなかっただけで。
ただ、大半の時間は女性一色で、高確率で自分一人が男性という状況にぶち当たる。一人でいれば、どうしても風景からなんとなく浮くことになる。それは別に悪いことではないが、どうしても人目にはつく。
浮いてしまうことが気になる気持ちは、わからなくもなかった。ラシェル自身も田舎から王都へ出てきたばかりの頃は馴染めなかった。術師学校は基本的にそれなりに裕福な家の、光属性の才能に秀でた者が入学し、治癒術師を目指す。
地方都市ならまだしも、農村で細々と暮らしている羊飼いの家にラシェルは生まれた。教会から推薦をもらって入学を果たしても、周囲からすれば変わり種の異物で、やはりどこか少し浮いていた。
「あとは、期待されている自分からズレてしまいそうだから、だな。大した理由ではないと思うが、どうしてもその状況を忌避してしまう」
ベルナールの口にする『期待されている自分』という言葉が妙に重く、胸の内に響いた。
平民出身でありながら、騎士団長にも匹敵する剣術でのし上がった、叩き上げの騎士。若くして功績を認められ、機動小隊を一つ任される隊長。冷静沈着で、怪我一つ負わない品行方正で紳士的な実力者。
そしてついた異名は──『閃雷のベルナール』
ベルナールには、彼の印象を形作る“期待”がいくつもある。強くて、頼もしくて、誠実な騎士。誰もがそう思い、ラシェル自身も手芸用品店で出会うまではそう思い込んでいた。手芸が好きで、甘いものを思い切り食べたいベルナールは……誰も知らないし、求められていない。
ベルナールの人目を気にしすぎている意識をどうにかしようなんて、そんな考えが浅慮だった。軽率に「大丈夫、誰もそんなふうには見ない」なんて言えるわけもない。もちろんそんなふうに見ない人の方が多いのだろうが、それでも笑い者にしたり落胆したりする人がゼロではないのも事実だからだ。
ま、勝手に期待して落胆したり笑う方が幼稚なだけってのは確実だけど。
そんなもののために、ベルナールさんが嫌な思いする必要もないしね。
「そういうことだったんですね」
一つだけわかるのは、ベルナールが優しくて、少し臆病だということだ。みんなが勝手に築いた期待に応えようとして、本当の自分を押し込めて隠している。それは期待像通りでいることで安心を与えようとする優しさであり、期待を裏切ったときの反応への臆病さでもあった。
けれどその臆病も、人が当たり前に持っている範囲だ。つまりベルナールという人は『閃雷』などと呼ばれているが、中身は極々普通の人間ということなのだ。
「……俺のくだらない見栄に付き合わせてしまって申し訳ない」
「いえいえそんな! むしろ偶然秘密を知ったおかげで、こんなおいしいパフェをごちそうしてもらえるんですから。むしろちょっと得した、みたいな?」
自身を茶化して場の空気を和らげようとしたが、失敗した。いや、失敗したのだろうか。ベルナールの表情筋が相変わらず死んでいるせいで、上手くいったのか失敗したのか判別できなかった。
「……もしベルナールさんの趣味が知られるようになったとしても、私はそこまで恐れる必要はないかなって思ってます。もちろん、『期待と違う』って言う人もいるとは思うんですけど……」
「そう、なのか?」
「診療院だと、ベルナールさんって笑わないから近寄り難いけど、紳士的で素敵~とか、話しかけてみたいって言ってる人もいましたよ。だから、趣味のこととか知ったら親近感が湧いて、むしろ人気出るかもしれないです。前にいただいたハンカチの刺繍もすごく綺麗でしたし」
診療院は騎士団本部に併設され、主に怪我を負った騎士の治療にあたる機会が多い。その関係で上から下まで、多くの騎士が利用する。治癒術師の中には男性もいるが女性比率が高く、『素敵な騎士』の話は治癒術師の間では定番の話題でもあった。
「なら、このまま知られない方がいいな。あまり人に囲まれたり、騒々しくされるのは得意じゃない」
「あぁ……そこは見たまんまの印象通りって感想ですね。休日は黙々と鍛錬に励んでいる感じの」
「当たらずとも遠からず、だな」
きっと、黙々と励んでいるのは鍛錬ではなく趣味の手芸だという意味だろう。それはラシェルだけが想像することのできる、休日のベルナールの姿でもあった。
「もし良ければ、また君の力を借りて良いだろうか?」
「それはもちろん構わないですけど……場所によっては財布が厳しいですね。今日みたいなことになるなら、さすがに申し訳ないですし。やっぱり一人で人目を忍んで行く方が節約にはなるかなと思います」
事情や思いを知った今、できるだけベルナールの希望を叶えたい気持ちはある。むしろ気持ちだけしかない。全く財布がついていける気配がない。奢られることを当然として軽々しく受けるのもさすがにどうかと思い、断ることにした。
「金銭面のことは何も心配しなくていい。さっきも言った通り、奢りというより依頼という感覚で受けてくれると助かる」
「うーん……ベルナールさんさえそれで良いなら、私は良いんですけど。というより、さっきも言いましたけど、私は得しかしてないんで」
「なら、お互い得をしているということだな」
ベルナールの口元が微かに動き、ふっと息が漏れるような音が確かに聞こえた。菫色の瞳は窓から差し込む陽の光を灯し、いつもよりも眼差しが柔らかく見える。
え……今、ちょっと笑った?
初めて笑った顔を見たかもしれない。それが本当だったか確かめようにも、ベルナールの顔は元の無表情に戻っている。それは初夏の陽射しが見せた幻か、それとも──




