第3話 カフェデビュタント
「え、えぇ……!? パフェ?」
「しー……もう少し声を抑えてくれ」
ベルナールは人差し指を立てると、自身の口元に当てる。そんなかわいらしく見えるはずの仕草も、無表情でやられると「情報漏洩は死罪だ」とでも言われている気分にさせられる。もう少し、ほんの少しでいい、口角を上げて目元を和らげることを学んでほしい。
「えっと、北西でパフェっていうと『午後三時の香』のことですよね?」
「そうだ」
ベルナールは即答すると、力強く一回頷いて肯定した。熱意のこもった頷きだが、表情がないとなんとなく事務的に見えるのだから不思議なものだ。
王都の北西にある『午後三時の香』は、季節の果物や素材を使ったパフェが有名なカフェだ。同僚の間でも時折話題になり、果物がたっぷり使われている贅沢さに加え、氷の魔術を使った果物の氷菓も絶品だと話していたのを覚えている。
「あの、私は構わないですけど、なんで私なんですか? ご友人を誘って行かれては……?」
「誘える友人がいない。それに、あまり知られたくないからな」
「そうなんですか? でしたらお一人で行かれてもいいような?」
どうせなら気心知れた相手と行った方が楽しいだろう。そう思って聞いてみたものの、趣味の手芸同様あまり周囲の人には知られたくないらしい。これがよくわからない感覚なのだが、本人が嫌という以上はどうしようもない。
とはいえ、手芸用品を買いに来ていたときのように一人で行けばいいだけだ。ベルナールはどう見ても「一人じゃ何もできな~い」というタイプには見えない。
「…………店は、女性ばかりだからな……」
かなり長い間のあと、か細い声でベルナールは呟いた。あからさまに逸れた視線が、彼の内心の気まずさを物語っている。
確かに異性ばかりの店には入りにくい。ラシェルでも男性ばかりの酒場に一人で行けと言われれば、多少緊張はするし場違い感は感じざるを得ない。しかし、行きたい理由があるなら無理というほどでもない。
「なるほど……? ってことは、やっぱり『繊細のベルナール』じゃないですか」
「……ぐ……それは、言い逃れが……」
無表情で有名なベルナールの眉間に、微かにシワが寄る。簡単には成し得ない何かを達成してしまったような、得も言われぬ“やり遂げた感”がラシェルの中に込み上げていた。
「幸か不幸か、ラシェル殿は俺の趣味を知ってくれている。だから、君に頼みたい。いや……君くらいしか頼れそうな人がいないんだ」
頼めばみんな喜んで一緒に行くと思うし、別にどうってことないと思うんだけどなぁ……
「わかりました。そこまで言うなら付き合いましょう、ベルナール様のカフェデビュタント会場へ……!」
「デ……っ……よ、よろしく頼む」
ベルナールは言葉を詰まらせながらも、丁寧に一礼した。別に大変な仕事の依頼でもないのに、律儀な人だ。
「はい! しっかりお支えしますよ!」
「声を、声を抑えてくれ……頼む……」
「す、すみません。はりきりすぎました」
「あぁいや、謝られてしまうとこちらも……」
ベルナールは眉間にシワを寄せたり、かと思えば小さくハッと目を丸くしたり、表情がいつもより少しだけ忙しくなっていた。そうしてベルナールの非番の日を約束の日に決め、解散となった。
──あれだけ豪語しておいて、まずいんですけど!!
当日、ベルナールと約束のカフェで待ち合わせし、入店してメニュー表を開いたところまでは良かった。
パフェが、想像の三倍は高い……!!
カフェという場所に来たのは初めてではない。友人と何度も来たことがある。が、『午後三時の香』は初めてだった。
果物がたくさん使われたパフェという時点であまり安くないことは想像していたが、それにしてもこれは……という値段だ。これは下っ端治癒術師がホイホイ食べて良い代物ではない。
視線だけ上向けてベルナールを見る。騎士として仕事をしているときとは違い、以前手芸用品店で会ったときのように前髪を下ろしている。前髪があるだけで、騎士のときの厳格な風格が少しだけ和らぐ。肩の力が少し抜けているような、まさに休日の姿という感じだ。
そんなベルナールは、特に金額に尻込みした様子もなく涼しげな顔でメニュー表を眺めている。いや、彼は元々いつも涼しげな顔ではあるが。
ラシェル史上三番目くらいの危機に、背中に冷や汗をかき始めている。大丈夫だ、今後の食費を給金日まで切り詰めればギリギリなんとかなる。そう何度も心の中で繰り返し、平静を保とうとした。
元々の目的はベルナール様にパフェを食べてもらうこと。
私は別にパフェじゃなくていいし、い、一番安いの……安いのは……
「何を頼むか決まったか?」
「えっ!? えっと、まだ、ちょっと迷ってまして……はは……」
「好きなものを選ぶといい。同行してくれた礼にごちそうしよう」
「いやいやいや、こんなた……自分の分くらいは、自分でなんとかしますから……!」
高いもの奢られるわけには、って言いかけた……危な……
高いなんて、お店にも失礼だよねっ!
「なんとか、と言うほどなら、やはりごちそうしよう。治癒術師の給金が大体どれくらいかは把握している」
全部筒抜けだった。
冷や汗返して……
「これは俺からの依頼で、パフェは報酬だと思ってくれていい」
「わ、わかりました。ありがたくごちそうになります」
本当にいいのかな?
こんな甘いもの食べるだけのことを『依頼』だなんて。
でも……助かったぁぁぁ……!!
ラシェルは心の中で手を組み、天を仰いで感謝した。ベルナールの優しさが、ラシェルの今後の食料事情を救済した瞬間だった。
それぞれパフェを注文し、しばらくしてテーブルへと供される。ラシェルが注文したのは紅茶の茶葉と牛乳を使った氷菓を中心としたミルクティーの小さなパフェ。それに対し、ベルナールが注文したものは大きめのグラスに皮を剥いた桃が丸々一つ、ででーんと乗っていた。
「すごいですね、その桃。話題になるのも納得の見た目……」
「そうだろう。俺も話に聞いたときからずっと食べてみたかった。だが、君はその小さなパフェで良かったのか? 果物もないが」
「はい。私、紅茶が好きで、すごくおいしそうだなーって」
とは言ったが、やはり奢ってもらえるからといって調子に乗って高いものを選べるほど心臓に毛は生えていない。紅茶が好きなのは本当のことだが、小さくて果物が乗っていないミルクティーのパフェは他に比べて安かったというのも大きな決め手になっていた。
「それではベルナール様、ごちそうになります」
「あ、今は『様』を外してもらえないだろうか。うっかり聞かれて悪目立ちしそうで。俺もラシェルさんと呼ぶようにする」
「わかりました。前髪を下ろしているときはベルナールさん、ですね」
「前髪……」
ベルナールは顔色を変えず、自身の前髪に目を向けようとしたのか、視線と顔が少しだけ上を向いていた。
ラシェルは柄の長いスプーンを手に、ミルクティーの氷菓を掬って口へと運ぶ。舌の上にまろやかな甘さと冷たさが広がり、茶葉の深みのある香りが鼻を抜ける。初夏の熱を帯びた体が、ひんやりと癒されていくようだった。
「ん~……冷たくておいしいですね!」
「あぁ、そうだな」
ベルナールはほんの僅かに目元を緩めると、また黙々とパフェを食べ始めた。淀みなく一口ずつ消えていくあたり、本当に甘いものが好きなのだと伝わってくる。
ベルナールの口数は多くない。そんなものは顔を見ればわかることだ。ラシェルは無言でパフェを食べ続けるこの時間を、気まずくは感じていなかった。
ふふ……なんか、リスみたい。
先の小さなスプーンで黙々と食べる姿が、なんだか少しかわいらしく見えてしまった。こんなにパフェに夢中になれる人を、一人では入れないと言っていた場所へ連れてきてあげることができた。ベルナールの役に立てたことが、ほんの少しだけ嬉しかった。
「あの、どうしてコソコソするんですか? 手芸の方はともかく、甘いもの好きなのは、別に誰かにアレコレ頼まれたりとかないですよね」
パフェの残りが少なくなってきた頃、ラシェルはずっと気になっていたことを聞くことにした。尋ねると、ベルナールはスプーンを動かす手を止め、視線をこちらへと向けた。
「やっぱり『意外』って思われるのが嫌なんですか? なんなら私も意外だなとは思ってしまったんですけど」
ベルナールは少し自意識過剰というか、人目を気にしすぎているように思う。女性ばかりだから入りにくいというのも、元を辿れば『女性ばかりの中に男性一人で飛び込んでどう見られるかわからない』というところから来ているはずだ。
その部分を紐解いて克服できてしまえば、ベルナールはこれから堂々と自分の好きなことを貫いていける。そう思っての質問だった。




