第21話 あなたの未来は私が保証しますから
王都外から来ている治癒術師は、一年の終わりは故郷へと戻る者も多い。もちろん人数が足りなすぎると困るため、少し遅れて帰郷することになる者もいるが。
ラシェルは毎年、一年の終わりと始まりの一週間は必ず出勤している。というのも故郷は雪深くなりがちな土地で、帰るのにも苦労するし、王都に戻るのも苦労するからだ。だからラシェルは基本的に暖かい季節に帰るようにしている。
それは騎士であるベルナールも同じだった。叔父夫婦の元で育った彼は、もうずっと帰っていないらしい。年の終わりと始まりも、帰郷する騎士に代わって勤務しているという。
そこで二人は『年越し乗り越えお疲れさま会』を、ベルナールの家で開催することにした。ラシェルは前に候補に入れていたベリーソースのチョコレートケーキを持参し、ベルナールには今晩の夕食用の食材の準備を任せていた。あとは二人で夕食を作り、夕食を食べたあとは夜食にケーキと紅茶で互いの労を労うことになっている。
「こんにちは。今日はクランとレモニーも連れてきましたよ!」
「ようこそ、ラシェルさん。クランとレモニーも」
ベルナールに中へと通してもらい、キッチンのある部屋へと案内された。せっかくの『お疲れさま会』なのだから、ベルナールが贈ってくれた二匹にも参加してほしくてつい連れてきてしまった。ラシェルは二匹を汚れないよう部屋の隅の棚へと置いた。
それからすぐに二人は夕食の準備に取り掛かる。といっても二人しかいないため、量も品数も多くはない。
「肉の煮込みはもう仕込んでおいた」
「さすがデキる騎士ですね。助かります!」
「デキる……?」
「診療院でのベルナールさんの評価の一つに、怪我をしてこないデキる騎士ってのがあるんです」
「……じゃあ、よく怪我をする騎士は?」
「ポンコツですね。特に浅い怪我で通い詰めるタイプは、無駄に仕事を増やしてくるだけですから」
「酷い言われようだが……まぁ、事実だ。仕方ないな」
怪我などしないのが一番に決まっている。だからこそそこの評価に慈悲などない。その見解はベルナールとも一致しているようだった。
肉の煮込み以外にも、作るものはもう決まっている。あとはベーコンのキッシュ、にんじんのラペ、玉ねぎのスープの三品だ。二人でメニューを決めて、『お疲れさま会』だから豪華なものよりもホッとできるものがいいねと意見が一致してこれに決まった。
ベルナールはにんじんを手に取り、皮を剥き始める。ラペはベルナールに任せ、ラシェルはスープ用の玉ねぎを切ることにした。ベルナールは料理するのか、それとも騎士として刃物に触れる機会が多いからかはわからないが、なかなかに手慣れた包丁捌きを見せていた。
「診療院といえば……ベルナールさん、ポーレットからのお誘い断ったって聞きましたよ」
「ポーレット?」
「私の同僚で、栗色の髪の美人さんですよ。カフェに誘ったけど断られたって。せっかくの理解者を得る機会を逃すなんて、もったいないじゃないですか」
あーあ、言っちゃった。
馬鹿だなぁ……私。
結局、なんだかんだ言わずにはいられなかった。誰にも理解されないと思い込んだまま、一人ぼっちでいてほしくない。これだけ良くしてくれたベルナールに、恩を仇で返すような真似もしたくない。無表情の彼が、みんなからの印象が全崩壊するくらい笑って、幸せになってほしかったから。
「一般論はそうだろう。けど俺は、ラシェルさんさえわかっていてくれれば、それでいい」
そんな言い方をされたら、期待したくなってしまう。心を許せる友人以上の関係にしてもらえるのではないか、と。
「……本当にそれで良いんですか? 印象を崩さず、ベルナールさんを知ってもらえるかもしれないんですよ?」
「構わない。人に囲まれるのは好きではないし、十分だ」
やはり、ベルナールは人付き合いが好きではないからこそ、広く理解を得たいとも思っていないようだった。本当はここでもう少し踏み込んで説得するのが正解なのかもしれない。
けれどラシェルは本人の望まないことを無理強いする気にもなれなければ、積極的に彼を送り出そうとも思えなかった。
取り繕って良い人ぶっても、心がキレイになるわけじゃないんだね。
むしろ「ラシェルさんさえわかっていてくれればいい」と言われたことで、安堵してしまったくらいだった。
* * *
「はぁ、おいしかったですねー!」
夕食を食べ終わり、今はリビングのソファでゆっくりしている。食後の紅茶だけ先に用意し、もう少し満腹感が落ち着いたらケーキを食べる予定だ。
「ベルナールさんって料理上手なんですね。お肉の煮込み、最高にほろほろでした!」
「いや、レシピ通りに作っただけで大したことはしてない」
「そうですか? 包丁とかも手慣れてるなぁと思ったんですけど」
「それはたぶん、遠征で野営のときに当番制で調理をやっていたからだろうな」
「なるほど。言われてみれば騎士の方ってそういう機会もありますよね」
遠征の野営や、災害地での炊き出しなど、騎士は調理に携わることも多い。もちろん治癒術師も災害派遣のときは治癒術だけでなく、そういった調理での支援を行うこともある。手慣れているのも、話を聞いてみればすんなり納得できた。
けれど、それだけではない。ベルナールは一緒に料理してくれただけでなく、後片付けも一緒にやってくれた。こうして一緒に食事の席に着いて、食後も会話して、ゆっくりと温かな空気を分け合っている。
夫婦って、こういう感じなのかな?
「ベルナールさんと結婚する人は、きっと幸せですね」
「え? 君は……本気で、俺の妻になる人は幸せになれると思うのか?」
ベルナールはティーカップを持ち上げかけた手を止め、ラシェルへと視線を向ける。表情からはわからないが、声には驚きと困惑が滲んでいた。ラシェルはその真剣な眼差しに応えるように、一つ頷く。
これは私も、ちゃんと返さなきゃいけないやつだ。
「もちろんです。まず何より、ベルナールさんは気遣いが細やかで優しいですから! あとは収入がしっかりしていて、家まで持ってるのも強いですし。裁縫も料理もできて片付けまで手伝ってくれる。あと、一緒に甘いものを食べられる……最高ですね!」
「だが、無愛想で、言葉も少なくて面白みもない。遠征で長く家を空けることだってあるが?」
確かにベルナールはお世辞にも愛想が良いとは言えない。厳格そうな雰囲気から、近寄り難さを感じている人も多かった。けれどそれは関わりが少ないからであって、結婚する相手ならそうではない。
「無愛想とか、言葉が少ないのは人によっては気にならないとこだと思いますよ。面白みがないとも思いませんし、結婚まで行くならそこはもう受け入れられてるとこじゃないですか? 遠征でいないのは寂しいかもですけど……でもベルナールさんなら、一緒に過ごしていれば大切にされてるって、お相手にもすごく伝わると思うんです」
これだけベルナールの魅力を伝えれば本人も認めざるを得ないはずだ。十分に、誰かを幸せにできるだけの力を持っている人なのだと。
「どうです? 自信出ました?」
ベルナールは珍しく、ぽかんと小さく口を開いたままラシェルを凝視していた。やがて口を閉じると、じっとティーカップの水面へと視線を逸らした。
「……そうだな」
視線は紅茶へと落ちたまま、ベルナールはぐっと一度目を伏せる。ゆっくりと開かれた瞳がそっと上向き、ラシェルへと注がれた。
そうして開かれた彼の唇が、微かに震える。
「そこまで言ってくれるなら……結婚してほしい」
え、結婚してほしい?
どういう意味?
誰が、ベルナールさんと?
「ずっと、ラシェルさんを想っていた。俺の妻は幸せになれると信じてくれるなら、君が俺の妻になってくれないか?」
いつも見てきた凛とした瞳の菫色が、蝋燭に灯した炎のように不安定に揺らめいていて、それでいてまっすぐにラシェルを射抜く。その熱に炙られながら、すぐには理解が追いつきそうにない言葉を飲み下すように、ぎこちなく喉が鳴った。




