第17話 持ち寄る幸せ
ベルナールと話し終わったロッティが、食事に夢中だったラシェルの元へと戻ってくる。そうして耳打ちするように声を潜めて、話しかけてきた。
「怪我をしないデキる騎士の筆頭よ。紳士で謙虚だし、あんたも顔覚えてもらいに行っときなさいって」
と、強く勧めてきた。良い感じだと思うならそんなことをラシェルに吹き込まず、ロッティがベルナールを狙えばいいというのに。
「ロッティ好みだったの?」
「デキるとこはね。でも無愛想すぎて、商家向きじゃないわ」
「基準そこなの……? 初めて知った」
「当然よ。家が静まり返りそうだし、お母様に蹴り出されてもかわいそうだもの」
蹴り出される……『閃雷のベルナール』が?
綺麗な服を着た貴婦人に、尻を蹴られて追い出されるベルナールが想像できない。戦果を挙げて『閃雷』と呼ばれる人が、果たしておとなしく蹴られるのだろうか。よくわからないが、商家向きでない人はロッティの母親と折り合いが悪く、ロッティ自身も明るい雰囲気の人が好みということらしい。
「でもそれ、話さなくても見てたら大体わかるよね?」
「話を最初に戻すわね。顔と名前を売りに行ったの。けど、あの感じだとあまり印象には残ってなさそうね」
「そうなんだ?」
けれどラシェルは知っている。自分がロッティの話を時折するせいで、名前だけはベルナールの中にすでに刻まれていることを。ということはつまり、ロッティの話をすることはロッティにとっても得になるということだ。良かった。
ベルナールはここへ来てからずっと人に囲まれ、話し続けている。これではせっかくの料理を一つも味わえずに終わってしまいそうだ。
来れば一つくらいケーキ食べられるかも、なんて考えが甘かったな。
ベルナールさんの普通は、私の普通とは違うから。
「あ、そうだ。良いこと思いついた!」
ラシェルは自分の皿を片づけ、新しい皿を取る。すでに料理もケーキも全制覇していたラシェルは、おいしかったものを一つずつ取り分けていく。
「何をしてるの?」
「ベルナール様、ずっと食べれてないでしょ? これ渡してこようかなって」
「考えたわね、ラシェル! 人と違うことをすれば印象に残りやすいもの。他の女共を蹴散らしてらっしゃい」
「そんな殺意高めじゃないんだけど」
ベルナールが自分で取るにしても、ケーキは一つか二つが限界。だとするなら、ラシェルが選んだ体で大量のケーキを取り、ベルナールに押しつければ、彼は違和感を持たれずたくさんのケーキを食べることができる。我ながら名案だと自画自賛していると、皿の上は料理とケーキで半々になっていた。
「ちょ、ちょっとケーキ多すぎないかしら? ベルナール様、そんなに食べる?」
ロッティは引いていたが、ベルナールが甘いもの好きなことを知っているラシェルは、怯むことなくその皿をベルナールへと手渡したのだった。
* * *
慰労会から間もなく、差出人不明……つまりベルナールから手紙が届いた。そこに書かれていた内容は、趣旨はそのままに新たな提案がなされている。ラシェルはそこに、なんとも言い難い高揚感と緊張を抱いていた。
【先日の慰労会ではありがとうございました。ラシェルさんのおかげで、無事にケーキを味わうことができました。
今回手紙を差し上げたのは次の依頼についてです。月末に開催される収穫祭はご存知のことと思いますが、こちらの催しで互いに三つほどお菓子を買って持ち寄るというのはどうでしょうか?
場所はこちらの家で、紅茶も準備しておきます。今回は少し変わった提案ですので、断っていただいて構いません。その場合は、任務で行けなかったカフェに行く日取りを改めて決めましょう。
自宅の住所は下記の通りです。それでは、返事をお待ちしております。】
べ、ベルナールさんの……家!?
良いのかな……良いんだよね……本人が誘ってるんだしね?
王都では十の月の月末の一週間、収穫祭を開催する。街全体が賑やかになり、収穫祭ならではの限定商品や料理などを出す店もある。しかも祭りという性質上、買って帰れる形式にされているものも多いのが特徴だ。
本来であれば一緒に見て回って、おいしそうなものを選んだりできたら良いのだが、収穫祭で長時間歩くともなればどこで誰に見られるかもわからない。きっと誰にも見られず、収穫祭を満喫する方法をベルナールは考えてくれたのだろう。
面白そう……!
ベルナールさんはどんなもの選ぶかな?
私が選ぶのは、ベルナールさんが買いにくそうなものが良いかな?
ラシェルの頭には「断る」という選択肢はなく、「ぜひ」と返事を書いた。
そうして決まった日にちは、収穫祭の五日目。ラシェルは当日になる前に下調べし、目星をつけていた店からお菓子を買ってベルナールの家へと向かった。
え、ここ……なんだよね?
ベルナールさんって、独身のはずだよね?
私、知らないうちに奥さんいる人とカフェ巡りしてる人になってないよね?
手紙に書かれていた住所からすると、この家で間違いない……のだが、どう見ても借家ではない。これは持ち家で間違いない。
私が思ってたより、稼いでる……?
ロッティが言ってた『デキる騎士』ってそういう意味!?
毎回カフェで奢ってくれるのも納得しかない……
穏やかな雰囲気の家々が立ち並び、静けさを好むベルナールに合った立地だ。隣家は玄関先に鉢植えを置いて花を育てていたり、外装をオシャレにしていたりするのに対し、ベルナールの家は何もしていない素のままという印象だ。
以前、遠征があるから植物は育てられないと言っていたことを思い出しながら、扉をノックする。少し遅れて扉が開くと、ベルナールが出てきた。家を間違えていなかったという安堵と、これが本当にベルナールの家なのかという驚きとで半々だった。
「今日は招待してくれてありがとうございます!」
「こちらこそ、来てくれてありがとう。中に入ってくれ」
「では、お邪魔しますー……」
今更ぶり返した緊張を抱きながら、ラシェルはなぜか音を立てないようにそろそろと中に入った。内装は白壁と木材で重厚な雰囲気の造りになっており、ほとんど余計なものが置かれていない。良く言えばスッキリ、悪く言えば殺風景という感じだった。
「ここに座ってくれ」
ベルナールが案内してくれた小さな一室には、ソファが横長のテーブルを挟んで置かれていた。そのうちの片側に腰を下ろし、買ってきたお菓子を置いた。
「裏庭でとも考えたが、見ての通り草抜きしかしてなくてな。眺めても面白いものはないが、風通しは良いからここにした」
ベルナールの言う通り、それなりの裏庭があるのにそこには花一本植わっていない。ギリギリ何かよくわからない大きな木が一本、申し訳なさそうに生えているだけだった。けれど、開けた窓からは秋の爽やかな風が入ってくる。暑くも寒くもなく、お菓子を楽しむ場所としては申し分ない。
「窓が大きいから、空が綺麗に見えますね。最高ですね……」
秋晴れの青空に、羊のように気ままな白い雲が群れている。それをぼんやり眺めながら、お菓子と紅茶を楽しむ。こんな贅沢なひとときはなかなかない。
「そう言ってもらえて良かった」
ベルナールは自身が買ってきたお菓子をテーブルへと置き、紅茶の準備を始める。その間に、ラシェルも買ってきたお菓子を用意されていた小皿へと乗せた。
ベルナールは茶器を置き、紅茶を注いでいく。真っ白なティーカップとソーサーには絵付けがされていないが、レースのような模様が彫られている。遠目で見ればただの白いティーカップでしかないのに、近くで見るとその繊細さがわかる。レースっぽさも相まって、手芸が好きなベルナール本人のようでもあった。
「見てください。いちごを花びらに見立てて、花みたいに飾りつけられてるケーキを買ってきました! この中にナッツのクリームが使われるのは収穫祭限定なんです」
「あぁ、おいしそうだと思ったのを覚えてる。けど、店構えといい、並んでいる客層といい、勇気が出なくてな……」
「なら、私の見立ては間違ってなかったみたいですね!」
ベルナールのお菓子の好みは、これまでのカフェ巡りである程度は掴んできたつもりだ。まず、果物に目がない。色鮮やかで目を引くものに興味を唆られるが、店側も当然綺麗にかわいらしく盛るせいで買いにくい。
その中でも特にベリー系を好む。赤い色が目立つからなのか、酸味のある味が好きなのかまではわかっていないが、選択肢があるときはベリー系のものを選ぶ傾向だ。そして最後に、珍しいものが好き。この三点を押さえれば、ベルナールは手堅く陥落させられる。
「俺の一品目はこれだ」
ベルナールが箱から取り出して小皿に乗せたのは、手乗りするくらいの大きさのフルーツタルトだ。一つは生のぶどうが山のように積まれており、もう片方は生のいちじくが貴婦人のスカートのようだ。
「瑞々しくておいしそうですねぇ!」
「そうだろう? 収穫祭前に任務が終わってくれて本当に良かった。毎年恒例の後悔を、また一年引きずるところだった」
「毎年見送ってたんですか……」
「昨年までは一人で行けなかった。今年買いに行けたのは、少しずつ……君が大丈夫だと教えてくれたおかげだな」
そう呟くと、ベルナールはタルトから視線を外して顔を上げる。不意に視線が合うと一瞬だけ息が詰まり、鼓動が一つ高鳴る。ベルナールに何かを教えたという感覚はないが、そんなふうに改まって言われると少し照れ臭い気がした。
「念願のタルト、買えて良かったですね」
「あぁ、本当に」
ベルナールはごく自然に、少し照れ臭そうにはにかんで笑った。ずっと無表情で、どこかぎこちない印象だったのに。それはまるで、抑えきれない思いがそのままあふれたようにも見えた。
きっと今、二人してほんの少し照れ臭い思いを抱きしめているのだろう。そんなふうに感じていた。




