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堅物騎士様のかわいい秘密を知ったら、延々と二人で会う約束を取り付けてくるのですが?  作者: まな板のいわし


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第16話 雲間から差す陽光にも似た【ベルナール視点】

「慰労会やるって団長が言ってたぞ。もちろん行くよな、ベルナール!」

「行かない」

「即答かよ」


 王都へと帰還してから少し経った頃、副隊長のリュカから慰労会の話を聞いた。遠征任務があると、時折任務参加者を労うための慰労会を開くことがある。今回は一か月半とそれなりに長い期間となったのが理由だろう。


「お前は今回の功労者なんだ。主役がいないパーティーみたいなもんだぞ?」

「今回の? 俺は大体毎回功労者だと言われるが」

「あー、はいはい。そうでしたねぇ、『閃雷のベルナール』さんよぉ」

「隊長、慰労会なんてなかなかないんですし、来てくださいよ!」


 リュカとベルナールの押し問答を見ていた部下までリュカの肩を持つ。戦場を死体の海にするくらいしか能のないベルナールに対して、この男リュカは人間関係を築くのが上手い。こうしていつの間にか背後に味方がついてベルナールを説得しようとするのも、最早見慣れた光景だった。


「考えておこう」

「あーあ、コレ来ねぇやつじゃん」


 リュカは呆れたようにぼやきながら、心底ガッカリしたように肩を落とした。ベルナールとしては、こんな愛想笑いもできない辛気臭い男が増えてどうする、という思いだ。隊長という名の監視のない場所で、部下が伸び伸びと楽しく羽根を伸ばしてくれた方が余程有益だろう。


 隊長になってなお、副隊長であり先輩でもあるリュカがこの調子で絡み続けている。それを見た部下たちもベルナールに対して萎縮せず、気さくに接してもいいと思えている。もし副隊長がリュカでなければ、皆恐れをなして縮み上がっていたことだろう。自身がそういう性格で、そういう顔をしていることは重々承知していた。


 慰労会。まだ騎士の端くれだった頃は、リュカに巻き込まれる形で参加していた。けれど少しずつ昇進するにつれて参加しなくなり、今となっては全て欠席が当たり前だった。


 しかし、今回に限っては少し事情が違っていた。街にも被害が出たということで多くの治癒術師も任務に参加した結果、慰労会は診療院と合同で行われることになったのだ。


 ラシェルさんは参加するのだろうか?


 真っ先に頭に浮かんだのはそれだった。朗らかなあの性格であれば、余程のことがなければ欠席ということはないだろう。


 ベルナールは当日まで悩みに悩み、途中からひっそりと参加しようと決めてあえて時間を遅らせて行った。行ったのだが──


「ベルナール、来たのか! いつも通り来なさそうな顔しときながら……治癒術師のかわいい女の子目当てか?」


 いきなりリュカに見つかって大声で名前を呼ばれたせいで、一気に注目を集める羽目になった。つまり、時間を遅らせたのは大失敗だったというわけだ。


「そんなわけが……いや、ある意味そうかもしれないな。部下が世話になった分、隊長として治癒術師の方々に礼を言うべきだ」

「相変わらず堅ぇな……」


 リュカといつも通りのやり取りをしているうちに、あっという間に人に囲まれていた。同じ隊の部下から治癒術師まで、このなんの面白みもない死体の海を作ってきただけの存在になぜ人が集まるのか。ベルナールは少しも理解ができなかった。


「戦線を裏から支えてくださり、ありがとうございます。俺たちが安心して戦えるのも、人的被害を最小限に抑えられたのも、治癒術師の皆さんの働きがあってこそです」


 感謝を込めて深く頭を下げると、傍に来ていた治癒術師たちは明るい歓声を上げながら嬉しそうに笑みを零す。


「それはベルナール様が最前線で魔物の侵攻を食い止めてくださったからです!」

「いや、俺だけでなく、騎士の皆の力があってできたことだ」

「ベルナール様はとっても謙虚なんですのね。騎士の鑑のようなお方ですわ」

「そんな大層なものではありません」


 通じない。『閃雷のベルナール』という異名は、まさにその名前の通り閃光のような眩さをもって輝く。戦場にある数多の無名の騎士たちの、星の光のような努力も功績も吸い取って、さらに燦然と輝いて塗り潰すのだ。それがどれほどの居心地の悪さを生むのか、相手に悪意がないからこそその理解の及ばなさに心が沈む。


 こんなんで、よく恨まれず、妬まれずにいられるものだ。

 それともリュカが、影で上手く散らしてくれてるんだろうか。

 いや……本当は殺したいくらい憎くても、武力で勝てないと諦めてるだけかもしれないな。


 否定しても、否定しても、むしろ否定するほどに祀り上げられてしまう。語気を強めて反論しようものなら、気難しいだけと誹られるようになるのがオチだ。


 それでいて高潔、謙虚という言葉で好き勝手に飾りつけることをやめたりもしない。皆の努力と痛みをなかったことにしないでくれと思っても、どれだけこの口で皆を讃えても……届かない。


 やっぱり来るべきじゃなかったな。

 一目、ラシェルさんが元気にしてるとこが見られればと思ったんだが。


 一か月半、ずっと会えていない。最後に交わした約束も任務で流れてしまったままだ。


 名簿から、彼女が任務に参加したことだけは知っていた。治癒術師に負傷者が出たという話も聞いていない。けれどベルナールが先遣隊として拠点の街に入ったときの状況は酷いものだった。あの光景を見たのだと思うと、体は無事でも心は大丈夫なのかと不安になった。いくら彼女が治癒術師として、そういうものを見慣れているとわかっていても。


 ベルナールは話しかけに来てくれた人々に対応しながら、時折視線でラシェルを探した。そうしてふと、彼女の蜂蜜色の髪に目が留まる。料理が供された長いテーブルから少し離れたところで、先ほど話しかけに来た黒髪の女性……ロッティと共に二人の騎士と談笑していた。


──その瞬間、胸の奥にスッと影が差したような気がした。


 見るからに元気で、笑顔で会話ができている。取り皿を持っているということは、食欲だってある。どこからどう見たって、ベルナール自身が望んでいたいつものラシェルの姿だというのに。


 カフェでお菓子を食べながら、面白くもないベルナールの話に耳を傾けて。興味を持って、いろんなことを聞いてくれて。


 けれどそれは、ベルナールだけに向けられた特別ではない。飾らない、ありのままのラシェルで接してくれていただけなのだという、わかっていたはずの現実が目の前にあった。


 ベルナールはラシェルを視界から外し、来てくれた人への対応に集中することにした。皆、自分の時間を割いてわざわざ来てくれている。無駄な時間にさせるわけにもいかない。


 相手が見ている『ベルナール像』に擦り合わせて、印象を壊さないように言葉を重ねて。けれど相手から、ベルナールが望むような反応や言葉が返ることはほとんどない。


 もっと、ラシェルやリュカのように人付き合いが上手なら、相手にきちんと考えや思いが伝わるのだろうか。高潔や謙虚などという虚像を作り上げられずに、誤解なくベルナールという人間を知ってもらえるのだろうか。そんなふうに思いながら言葉を紡ぐたび、薄く、薄く……ベルナールは擦り減らされていく。


「ベルナール様!」


 溺れるように窒息しかけていた心が、一瞬にして息を吹き返す。姿が視界になくとも、それがラシェルの声であることはすぐにわかった。彼女の声は溌剌としていて、大きくて、周囲に集まっていた人々も会話を止めてそちらへと視線を向ける。


「料理、食べてますか?」

「え、いや、まだ……」

「お話でお忙しいと思って良さそうなものを取ってきました。もしよろしければ」


 ラシェルはいつもと変わらない笑みで、料理を乗せた皿とフォークをベルナールへと差し出す。人目のある場所では声をかけてこないと思っていただけに、ベルナールは内心驚いていた。


「気を使わせてすまない。ありがとう」

「いえ。では、失礼いたします」


 ラシェルから料理を受け取ると、ラシェルは軽く会釈して踵を返す。その隣に、そそくさと黒髪の女性が近づいて彼女に話しかけていた。


「なんであんなにケーキばっか盛ったのよ! こんな意味わかんない配分するの、あんたくらいよ!?」

「えー? 普通の料理も盛ったし、汁っぽいものも避けたけどなぁ。ま、全制覇した私の選りすぐりだから、ケーキ多めでも大丈夫だよ。きっと!」

「どこからくるのよ、その自信……」

「人と違うことした方が印象に残るって言ったの、ロッティじゃん」

「それは、そうね……ケーキの女として頭に残るわね」


 ロッティ、ラシェルとの会話でよく出てくるお嬢様の友人の名前だ。ラシェルはロッティに親しげに肩をつつかれながら離れていく。その後ろ姿をぼんやりと見送った。


「ラシェルったら……ベルナール様のために取り分けたのに、甘いものばかりじゃない」

「自分の好きなものを盛ってくるとこがあの子らしくはあるけど、こういう気配りができるとこは素直にすごいわよね」


 ラシェルが手渡してくれた皿の上を見ながら、治癒術師の二人が楽しげに笑う。それは「もう、仕方ないわね」というような呆れと、見守るような温かさの混じったものだった。それだけで、彼女が診療院の仲間たちから好かれているのが伝わってくる。


 そして何より、この皿に取り分けられたものは『ラシェルの好み』ではない。自分では甘いものを積極的に取りに行けないであろうベルナールの代わりに、押しつけのように見せかけてより多く味わえるようにしてくれた彼女なりの工夫なのだとわかった。


「確かにそうだな。では、彼女の“オススメ”を、ありがたくいただくとしよう」

「あら、ベルナール様は甘いものがお好きで?」


 笑われて、ケーキばかりでおかしいと指摘されてもとぼけて笑いに変えて、少しだけ泥を被ってまで気遣ってくれた。それをなんでもないような顔で、恐れずにやってのけてしまう。そういう性格で、それが許されてしまう雰囲気を彼女自身が作ってきたと言ってしまえばそれまでだが、ベルナールはそんな一言で片付ける気にはなれなかった。


「……あぁ、好きだが。意外だろうか?」


 今までの自分であれば、絶対にそうは言わなかった。言えば、一つ見え方が変わってしまうだろうから。それでも彼女の気持ちに報いたくて、ベルナールは一つ、隠し事をやめた。

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