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堅物騎士様のかわいい秘密を知ったら、延々と二人で会う約束を取り付けてくるのですが?  作者: まな板のいわし


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第15話 英雄の名は、築いた屍の山と本人の死によって刻まれる

 王都から東、ストルマーレ湿原を中心に魔物の大量発生が確認された。周辺地域に被害が出始め、現地の騎士団では対応が間に合わないとのことで救援要請が王都の本部へと届いた。


 先遣隊として第一、第三機動小隊が派遣され、後続で追加の戦力が投入された。その緊急事態は、診療院の治癒術師も例外ではない。ストルマーレ湿原に近い都市に臨時拠点を置き、院長に指名された治癒術師が派遣されていた。


 都市よりも東、ストルマーレ湿原の防衛戦線にはもう一つ拠点がある。第一、第三機動小隊がそちらに駐屯し、昼夜を問わず魔物が侵攻してこないように食い止めてくれていた。


 派遣されてから早一か月、戦線は膠着状態だ。とはいえここに派遣されたばかりの頃のような負傷者地獄は落ち着き、交替で少しずつ体を休める時間も取れるようになってきている。


 ベルナールさん、大丈夫かな……


 ラシェルは毛布に包まって体を横たえると、自身の荷物が入ったカバンの中に手を伸ばす。その中にある、ふわふわの丸い体をそっと撫でながら、少しだけ覗いた。


 つぶらなボタンの瞳で、角つきの羊のぬいぐるみ『クラン』がこちらを見つめている。角つきの方が強いという理由で、心の支えにするために連れてきた。もう一匹のぬいぐるみ『レモニー』は留守番してもらっている。


 最前線のことはわからないけど、私は私のやれることをやろう。


 最前線にいるベルナールの噂は、報告のおまけとして拠点にもたらされる。


『正面を埋め尽くす魔物の群れを、たった一撃で割って退路を拓いた。おかげで避難民に犠牲が出なかった』

『戦場でベルナール隊長を探すのは簡単だ。大体雷撃で光ってるか、死体を辿ればいい。それが今日の彼の足跡だから』


 漏れ聞こえる彼の噂が「俺のことは心配するな」と暗に告げているようだった。しかし、戦場に絶対はないことも知っている。


 なのに『閃雷のベルナール』は、この戦場の希望になっていた。彼がいるから大丈夫。そんな祈りのような、希望のような思いを……一身に背負って戦っている。


 ベルナールが折れたら、それは絶望に変わる。彼の存在はそれほどに危うく、大げさと感じるほどに自身の印象を守ろうとする理由を空気感からひしひしと感じていた。


 ベルナールさんって、騎士としてすら……浮いてるんだ。


 ベルナールは真面目で、誠実で、『閃雷のベルナール』と呼ばれるほど実力もある、騎士らしさを体現した騎士だとラシェルは思っていた。けれど、本当は違う。彼はもう、ただの騎士の一人でもなければ、数多くいる小隊長の一人でもない。


 築いた功績が、実力が、模範たる姿が、彼を『閃雷のベルナール』という個にしてしまった。注目され、期待も希望も向けられる、特別で、唯一で、ただの騎士の枠には到底収まらない人になってしまった。


 だから彼は、誉れとも言える『閃雷のベルナール』という異名を好まず、居心地悪そうにしていたのだろう。それは馴染めているようで、少しだけ浮いている名前だから。


 ベルナールさん。

 あなたがどれだけ浮いても、落胆されても、私は一緒にカフェに行きます。

 だから、英雄にならないで……どんなに恥をかいても命だけは持って帰ってきて。


 ラシェルはカバンからクランを出し、両手で包みこんで胸元に抱きしめた。もふっとした弾力と、ふわふわで手触りのいい毛糸で編まれたセーターの感触が指の隙間に沈む。ラシェルは、彼が贈ってくれたクランに思いを託すことしかできない。


 ラシェルもまた、拠点で待つ有象無象の一人。『閃雷のベルナール』の背中に、祈りを乗せることしかできない人間でしかなかった。

 


* * *



 それから約半月後、教会との協力で魔物の大量発生は収束した。王都の騎士たちは先に帰還し、少し遅れて治癒術師であるラシェルたちも帰還した。


 その後、騎士団と診療院合同でささやかな慰労会が開かれることとなった。正直参加するか迷ったが、立食形式でおいしいものが食べられるとロッティに誘われ、ホイホイと参加を決めた。


「へへ……おいしいね! ロッティの言う通り来て良かった~、食費も浮いたし」

「だから言ったでしょう? 参加しないのはもったいないわよって」


 会場では、数人ずつ固まって談笑しながら食事を楽しんでいる。中には騎士と治癒術師で交流している人たちもいた。


「ね、あんたは誰か騎士に声かけてみないの? 貴重な、負傷してこない優秀な騎士とも交流できる場よ?」

「うーん、私はいいかな。それより料理を全制覇したい」

「ははっ、ラシェルは変わらないわねー」


 カラカラとロッティが笑うと、すぐ近くのまだ食べていなかった料理三種を一口分ずつ取り皿に乗せてくれた。さすがロッティ、もう長い付き合いだから完全にわかってくれている。


 ラシェルは、出会いや会話すること自体に興味がないわけではない。人脈は広いほどに得という言葉は、商家のお嬢様でもあるロッティからよく聞かされているし、自身でもそう思う。が、食欲が勝っているだけだ。


 ただ一つ気になるのは、ベルナールのことだ。彼は今回の任務の一番と言っていいほどの功労者だった。当然負傷もなく、治癒術師にお世話になりに来ることもなかったおかげで、帰還前に遠目で一度チラッと見られたくらいだった。


 きっとベルナールにも、今日の慰労会のことは伝えられているはずだが、彼の姿は会場のどこにもなかった。


 ベルナールさん、やっぱりこういうところには来ないのかな?

 人に囲まれるの苦手って言ってたし、断ったのかも。


 提供されている料理の中には、ベルナールが好きそうなケーキや焼き菓子もある。ここに来ていれば、全制覇とまではいかなくても、一つか二つくらいなら違和感を持たれず食べられただろうに。


 仕方ない。

 私が制覇して、今度会ったときに教えて──待って、今度……?


 今度は、本当に来るのだろうか。緊急の任務で元々の約束は流れてしまった。一か月半、会話どころかまともに会えてもいない。次の約束の保証なんて、どこにもない。


 もしかしたらこの交流も、ここで途絶えたりするのかな?

 

 なんでそんなことを気にしてしまうのだろう。もう一緒に行く必要がなくなって、ベルナールが一人で満喫できるようになれたのなら、それはむしろ喜ばしいことのはずだ。


 それに、もう友達なのだから、別に自分から誘ったって構わない。誘い待ちをする必要だってないはずだ。けれどそれでもなんとなく踏み出せないのは、ベルナールからは友達とすら思われていないかもしれないと感じているからだろうか。


 ベルナールさんにとって、私ってなんなんだろう?


 友達、カフェ巡り仲間……それともただ単に頼みやすいだけの知人か。ベルナールからは贈り物ももらったが、彼は律儀で真面目だからそれを指標にするのも違うような気がした。


「お、英雄様のお出ましね」

「え?」


 ロッティの声に思考が途切れ、つられて顔を上げる。にわかに賑やかな歓声が上がり、その先には入口近くに立つベルナールの姿があった。


 来てないから断ったと思ってた。

 功労者だし、そこも期待に応えなきゃって思ったのかな。


 ベルナールのもとへ、騎士も治癒術師も問わず自然と人が集まる。彼は相変わらずの無表情で、一人一人に丁寧に応対していた。人に囲まれたり、賑やかにされるのが苦手でも、誠実なベルナールのままだった。


 なんだか、ベルナールさんがすごく遠く感じる。

 知らない人みたい。


 むしろあの姿の方がよく知っていたはずなのに、今ではこちらの方が違和感を感じる。それはきっと、英雄の裏側を知りすぎてしまったからに他ならない。


「ねぇ、ベルナール様に話しかけに行ってみる? あの人いつもすぐ帰っちゃうし、なかなかない機会だと思うのよね」

「うーん……私はいいかな。ロッティだけで行ってきなよ」

「そう? じゃ、もう少し人が少なくなってから行こうかしら」


 ラシェルが今のベルナールに近づいたところで、迷惑にしかならない。余計なことが露呈すれば、彼が守ってきたものが壊れてしまう。だから、ここでいい。ここで見ているだけで十分だ。


 ロッティと会話を続けながら、ラシェルは新しい取り皿にまだ食べていなかったケーキを片っ端から一つずつ取り分けて食べてみた。けれど、それまでおいしかったはずのものが急に味気なくなってしまった。


 そこでようやく気づいた。いつの間にか、ベルナールとお菓子を食べるのが当たり前になっていたことを。そして、ベルナールと一緒に過ごす時間が、自分の中でどれほど愛おしく、大切になっていたのかを。

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