第14話 真夏に舞い降りた綿雪のような
夏真っ盛りの王都は、ラシェルの故郷の高原とは違い、空気は乾いているもののしっかり暑い。風が冷たくないせいか、陽射しまで焼きつけるような熱を伴う……と感じるのは、自分が暑さに弱いせいだろうか。
「わ……これが『夏を夢見た雪の精』? 顔が描いてあってかわいいですね」
「スプーンで削るのが躊躇われるな……」
陽射しを避け、カフェの一番奥にひっそりと座るラシェルとベルナールのもとに、『夏を夢見た雪の精』という名前の飲み物が運ばれてくる。
果物から作られたシロップを炭酸水で割ったものを大きなグラスに注ぎ、氷の魔術で作られた氷を入れてキンキンに冷やす。その上に、牛乳からできた滑らかな氷菓を丸くしたものを乗せてあるのだが、この氷菓にチョコレートソースでかわいらしい目と口が描かれていた。
ベルナールが注文したのはクランベリーシロップで透き通った鮮やかな赤色をしているが、ラシェルのものは蜂蜜レモンシロップだからか少し濁りのある淡い黄色に色づいていた。
氷菓を一匙掬って口に入れると、滑らかな口当たりで氷菓がとろける。同時に、まろやかな牛乳の甘さと蜂蜜レモンの爽やかな香りが広がった。それに加えて、炭酸水のシュワシュワとした刺激を舌先に感じる。ひんやり感と爽快感が夏の暑さによく合っていて、少しクセになりそうな味わいだ。
「体の火照りが抜けて、ホッとしますね」
「夏に人気だと言われるのも納得だな」
二人して肩の力を抜き、暑い夏の午後を穏やかにやり過ごしている。ベルナールとこうしてカフェを巡るようになる前のラシェルなら、きっと日が沈むまで家の中に引きこもり、窓の外を眺めながら寝台の上でぐだぐだと寝転がっていたことだろう。
収集したお菓子の話題を中心に「次はどこへ行こう」「あの店は、なんとか一人で買って帰れそう」「もうすぐ季節限定のお菓子が始まるらしい」なんて、糸を紡ぐように会話が続いていく。飲み物はゆっくりと量を減らし、半分くらいになった頃、ベルナールは持ってきていた紙袋を自身の膝の上へと乗せた。
「ラシェルさん、実は今日……渡したい物があって」
「なんですか?」
ガサガサと紙袋の擦れる音がし、そこからひょっこりと手乗りするくらいの大きさの丸い何かがテーブルの中央に置かれた。
「いつも世話になっているお礼に作ってみた。受け取ってもらえると嬉しい」
「羊……!?」
えぇっ!?
いつも奢ってもらってるのに、その上お礼なんて。
いや、そんな余計なことは言わない……言わない。
そこにいたのは、小さな羊のぬいぐるみだった。手芸が趣味のベルナールが渡してくるということは、恐らく一からの手作りなのだろう。かわいらしい小さな手編みのセーターを着せられて、艶々の綺麗なボタンの瞳がラシェルをじっと見つめている。
「すごくかわいいですね! もしかして、前に好きな動物を聞いたのって、このためだったりします?」
「あぁ。君のおかげで本物の羊に触れられたから、生地選びも捗った」
羊のぬいぐるみを手元に寄せ、顔の中央……鼻のあたりを撫でると、きめ細かくもふわふわとした感触が伝わってくる。それがなんとなく顔を撫でたときの短い毛に似ていて、思わず口元が緩んでしまった。
「それから、そのセーターを脱がせると毛刈りした羊のようになるようにしてある」
「えっ? あ、ホントだ! 面白いことしますね」
「あのもこもこの毛を再現するのが難しくて、代わりにセーターを着せようと決めたときに思いついた」
そんなところまで再現したのかと驚きながら、ぬいぐるみをひっくり返す。セーターはお腹の方でボタンで留められており、それを外すと、羊の肌の色が露わになる。思わずセーターの隙間から、ふかふかのお腹を指先で撫でてみた。
「ふふっ……すべすべな感じが、実家の羊たちを思い出しますね」
「……それと、角つきも作ってある。邪魔でなければ、もらってやってくれると嬉しい」
え、角つき!?
「あはは! もう一匹出てきた!」
テーブルの上に出てきたもう一匹もかわいらしいセーターを着せられて、頭には布でできたくるんとした小さな角が生えていた。そのつぶらなボタンの瞳が「僕も連れて帰って」と訴えかけてくる。かわいすぎる。
「この大きさなら、枕元に置こうかな~」
「ま、くら……元?」
「はい。変、ですかね?」
「いや、変というほどでは。俺が棚の上あたりを想定してただけで」
「実家の羊たちとはさすがに一緒に寝られないし、夢が叶ったって感じです。なでなでして、毎日おやすみって言ってあげられますね」
ラシェルは実家の羊たちを家族のように大切に思っている。それでもさすがに羊と同じ場所で寝食を共にすることはできない。けれどこのぬいぐるみの姿なら、それができる。
「そんな夢があったとは知らなかった。叶えられて良かった、でいいのか?」
「もちろんですよ! 二匹とも大切にします。私のために、ありがとうございます!」
二匹を並べて眺めていると、自然と笑顔があふれてしまう。好きな動物で、ベルナールが作ってくれた。この羊たちは、彼の感謝として形になっただけではない。彼の優しさや、これまで一緒に過ごしてきた時間の温もりごと見える形になったように思えて、胸の奥がじんと痺れて震えていた。
「あ、そうだ。一緒にこの子たちの名前考えてくれませんか?」
「名前、か……君が好きなものをつけたら良いと思うが」
「ふーん、協力してくれないんですね。じゃあ、ベルとナールにしよ──」
「わかった、考えよう。考えるから、ベルとナールだけは勘弁してくれ」
さすがに自分の名前を分割されて命名されるのは嫌だったのか、急激に角度を変えて一気に協力的になってくれた。もちろん自分一人でつけたって良いのだが、せっかく作ってくれた本人と相談できるのだから二人で決めたかった。
「うーん、どうしようかなぁ。実家の羊は、見た目とか性格とかで決めてますけど……」
実家での羊の命名は、少し大きくなってからその子に合わせてつけてあげていた。ぬいぐるみの羊は成長せず、性格というものもない。見た目からつけるなら、着ているセーターからだろうか。
「クランベリーと、ハニーレモン……」
あれこれと頭を悩ませていると、じっと考え込んでいたベルナールがぽつりと呟く。それは自信がなさそうな、小さな囁きのような声だった。
「今日注文したシロップを名前にするのはどうかと思ったんだが、安直すぎただろうか」
「そんなことない、すごく良いと思います。名前から、今日のことも思い出せますね!」
ベルナールの考えを聞いて、名案だと思った。今日、この日に贈られた記念に、名前として記憶に残る。忘れられないくらい、嬉しい気持ちと一緒に。
「けど長いから少しいじって、角つきの子がクラン、角なしの子がレモニーかな! どう思います?」
「食材名から名前っぽくなって、良くなったんじゃないか?」
「じゃあ、決定ですね。ベルナールさんのおかげで、かわいい名前がもらえたね。良かったねぇ」
テーブルの上で並ぶ二匹の羊たちの頭を、実家の羊たちにしていたように指先で撫でる。ぬいぐるみの羊たちは「めぇ」とは鳴かないけれど、心なしか嬉しそうに見えた。
そうしてラシェルは、ベルナールと次の約束をして別れた。しかしその約束は、現実という抗えない波に呑まれて、遠ざかっていくことになる。




