第五話 王太子は最後の意見に戸惑う。
「ラファエル。忌憚のない意見、感謝するぞ。……そして、ジュードよ。其方はどうだ?」
ジュードは伏せていた顔をパッと上げた。その顔には、またしても輝かんばかりの笑みが浮かんでいる。
「んーと、俺も大体はラファエルと一緒ですね。なので、俺からは細かいところを幾つか挙げていきましょうか」
ジュードは右手の人差し指を立てる。
「一つ目。ラファエルの改善策は良いと思いますが、やはり長期的なのが難点ですね。身分に囚われず側近候補を集めることとは別に、短期的に効果を出せる策も同時に講じていきたいところです。例えば、フローランなどのまともに仕事をしていない者共を、王太子殿下の権威でもって強制的に働かせるとか。現在学園に通っている上位貴族はすでに全員が生徒会の幹部に収まっていますから、今更彼らを辞めさせて別の者を据えるというのも現実的ではありません。でしたら、今いる人材を活用する方がまだ手っ取り早いかと存じます」
「……それは、私が命じれば本当にどうにかなるものなのか?」
ラファエルに負けず劣らず、淀みなく意見を述べるジュードに感心する一方で、シルヴェストルには一つ疑問が残った。自分が王太子として命じたところで、今まで好き勝手に振る舞ってきた者達が、本当に素直に従うのだろうか。
しかし、ジュードは何故そんなことを訊くのか分からないとでも言いたげに首を傾げる。
「当然ではありませんか。だって、シルヴェストル王太子殿下の御命令ですよ?」
逆に何故、従わないという選択肢が生まれるんですか? と心底不思議そうに言うジュードに、ラファエルが口を挟んだ。
「たとえ王族だとしても、その命令に納得出来なければ多少なりとも不満は溜まるものじゃないかい?」
「たとえどんなに納得出来なくても、〝王太子殿下の〟御命令なら従うのが当然でしょ? まあ、王族全員が正しい訳じゃないってのは知ってるし、確実に殿下が悪いなら、理解出来なくはないけど。飽くまで、今話しているのは仕事もしない怠惰な連中をどう使っていくかってこと。納得出来ないから任された仕事をしませんってのは、流石に通用しないよね?」
そこで、傍らで聞いていたマエルが言葉を挟む。
「勿論、通用はしないと思います。ですがあの方々は、自分の味方が多ければ多いほど自分達が正しいと思い込んで傲慢になっていく性質ですよ。仲間内で結託して殿下の御命令を拒絶し逆にこちら側を非難する、なんてやりそうですよね」
「それに、権威を無闇矢鱈と振り回してしまうと、却って身分の差が激しくなるだろうね。恐怖政治でもやればもう後戻りできない。使うならきちんと計算して、ここぞというときに使わなくては」
二人から立て続けに反論され、ジュードはむぅ、と頬を膨らませた。
「もー、そんな二人して俺を責め立てなくても良いじゃん……はぁ、分かったよ。さっき言ったことは、もう少し考えないとマトモには使えないってね」
降参、とでもいうように両手を上げると、ジュードは次に右手の指を二本立ててみせた。
「二つ目。さっきも言いましたが、ラファエルの案には賛成です。ただ、殿下が側近を選び続けるだけでは少々足りないと思います」
「足りない?」
「はい。殿下が何故その人を選んだのか、周囲に分からなければ意味がありません。例えばマエル。殿下が彼を側近候補にした理由を、俺は知っています。けれど、ラファエルはどうでしょうか?」
ジュードはそこで、チラリとラファエルへ目配せした。その視線を受け、ラファエルはふむ……と、右手を顎に当てる。
「……私みたいに、この光景しか見ていない他者は、何の変哲もない男爵家の三男が王太子の側近候補になった、という事しか知らないね」
返答を受け、ジュードは思い通りの答えにニコリと笑う。
「そう。殿下がどれほど策を練って側近候補を集めても、このままでは『殿下は変わった人を側近にする』で終わってしまうのです。いえ、正確に言うのなら、そもそも何故殿下がマエルのような側近候補を集めるのか、その理由を知れないのですよ」
「では、私はどうすればいいと思うのだ?」
そう問うたシルヴェストルに向けて、ジュードはまた人懐こそうな笑みを浮かべた。
「簡単です。殿下が何を基準に人を選んだのか、皆に知ってもらえばいいんです。そして、その情報発信に我ら学園新聞発行委員会が使えます。俺を使えば、殿下が一体何を大切にしておられるのかについて、余すところなく伝えられますよ」
「……随分と自信があるのだな」
「そりゃあ、俺は学園新聞発行委員会の委員長ですからね。情報を広めることなら、任せてください」
そう言って、ジュードは得意げに胸を張る。先程までの軽薄そうな態度とは裏腹に、その言葉には確かな自負があった。情報を集めるだけではない。集めた情報を、誰に、どのように伝えるのか。そして、その先に何が起こるのかまで、ジュードは考えているらしい。
シルヴェストルは、改めて目の前の少年を見た。教室ではいつも一人でいる、少し変わったクラスメイト。その少年が、昨日の一件を把握していただけでなく、今や自分が進めようとしている改革について具体的な手段まで提示している。
「……分かった。二つ目も十分に検討する価値がありそうだな」
「でしょう?」
ジュードは嬉しそうに笑った。
「あ、でも、これだけじゃ無いですからね」
「……まだあるのか?」
息を詰まらせるようにして、シルヴェストルは思わずそう尋ねてしまった。彼の常識からすれば、これほど質の高い提案が二つも出れば充分過ぎるほどだと思っていたからだ。
しかし、ジュードは不思議そうにきょとんと目を瞬かせる。
「え? だって最初に『細かいところを幾つか挙げる』って言ったじゃないですか」
「……」
言われてみれば、その通りである。最初からジュードは、幾つか挙げると言っていた。シルヴェストルが勝手に二つ程度で終わるものだと思い込んでいただけだ。
「それに、俺が話したのはまだ二つですよ?」
そう言って、ジュードは悪びれもせず笑う。その笑顔を見ると、どうやら本当にまだ幾つか考えているらしい。
「分かった。では、三つ目を聞こう」
「はい。三つ目はですね……」
ジュードは楽しげに笑いながら、今度は右手の指を三本立てた。
「王太子殿下が、全てをお一人で判断する。その行動こそ危険だ、ということです」
「……ん?」
シルヴェストルは、思わず思考を止めた。今、ジュードは何と言った?
「待って、ジュード。君、今自分が何を言ったのか分かっているのかい?」
驚愕しているのはシルヴェストルだけではない。ラファエルもマエルも、揃って目を見開いた。
無理もない。これまで殆ど、王太子殿下の言葉なら何でも肯定してきたジュードが、よりにもよって今、シルヴェストル自身の判断を危険だと断じたのだ。
「……何故、そう考えるのだ?」
ラファエルに続き、シルヴェストルも疑問を口にする。
いや、ジュードの言っている内容自体は正しい。一人で全てを決め続ければ、それこそ独裁だ。側近のように、身近に人を置く意味すらなくなってしまう。
だが三人が驚いているのは、シルヴェストルを批判する言葉を、よりによってジュードが口にしたことだった。
その反応を全て承知した上で、ジュードは問いに答えるべく、話を続ける。
「だって、殿下が間違えた時に誰が止めるんです? 勿論、殿下が身分ではなく能力を重視するのは素晴らしいことです。でも、殿下ご自身の判断が常に正しいとは限らないでしょう?」
「其方、私のことをあれほど褒めていたのに、そこは疑うのか?」
「勿論です! 殿下が間違える可能性と、殿下が素晴らしいお方であることは両立します!」
迷いなく断言するジュードに、シルヴェストルは言葉を失う。そして、またしても輝くような笑みを浮かべる彼に、シルヴェストルは今度こそ押し潰されそうな気がした。
「シルヴェストル王太子殿下」
「何だ?」
「俺は、殿下なら必ず、今までで一番良い国王になられると確信しています」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。シルヴェストルは、思わず目を瞬く。
「だからこそ、殿下が間違えた時に『間違っています』って言える人間が、殿下の側には必要だと思います」
ジュードは屈託無く笑う。
「俺は、殿下が素晴らしいお方だからこそ、誰かが止められるようにしておくべきだと思います」
そこに、矛盾はなかった。
ジュードは、シルヴェストルが必ず賢君になると信じている。そして同時に、人間である以上、どれほど優れた人物であろうと間違えることがあるのだと信じている。だからこそ、その言葉は真っ直ぐにシルヴェストルの胸へ届いた。言葉だけではない。疑いの欠片もない瞳も、心からそう信じていることが伝わってくる笑顔も、その全てが。
「……そうか」
シルヴェストルは、少しだけ言葉に詰まった。
自分を褒める者はいくらでもいる。王太子なのだから当然だ。自分を優秀だ神童だと持ち上げる者も、自分の判断を疑わない者も珍しくない。
そして、自分が間違っていると知りながら進み続ける人間などいない。だからこそ、シルヴェストル自身も、心のどこかでは「自分の判断は正しい」と思っていた。
けれど、『素晴らしいからこそ、間違えた時には止める』なんて言葉を向けられたのは、生まれて初めてだった。
「……其方は、本当に変わった男だな」
「そうですか?」
「褒めているわけではないぞ」
「ええ、分かっています!」
ジュードは嬉しそうに笑った。その無邪気な笑顔を見つめながら、シルヴェストルはふと、その様子の中にどこか深みがあるような気がした。
ずっと自分を褒めて、自分を尊敬していると何の躊躇いもなく口にするくせに、それでも自分を神格化せず、あくまで〝人間〟だと認識している。シルヴェストルには、その在り方が不思議でならなかった。
そして、
「で、四つ目なんですが」
ニコニコしながら、ジュードは右手の指を4本立てた。
「……まだあるのか?」
「そりゃあ、あるに決まってるじゃないですか!」
シルヴェストルは何故か、その元気な返事に嫌な予感がした。ラファエルもマエルも、何故か同時にジュードを訝しげに見つめる。
「四つ目はですね」
ジュードは先程まで浮かべていた笑みを一転し、妙に真剣な顔をした。
「ナディアにも、問題があると思うんです」
当初の想定では、ラファエルとジュードの二人が側近候補になったよ! で終わるつもりだったのですが、思いの外長くなってしまったので、続きは第六話となります。




