第十七話 王太子は天才魔法使いに呆れられる。
「一体、何の用なんだい?」
ラファエルは眉をひそめて問いかける。
シルヴェストルがここを根城としていることを知っている者は、仲間内以外にはいない。もし知られていれば、今頃は生徒会本部に人が溢れかえっていることだろう。そうならないためにも、側近候補たちはこの場所の存在を全力で隠している。テオドールのように、気が付かなくても偶然ここの存在を知ってしまうならいざ知らず、部外者が最初からこの場所を知って訪ねてくるとなると、些か不味い。
誰かに話していたりはしないだろうか、とラファエルの頭に疑問が過ぎる。しかし、その問いに答えられる人物は、生憎と用事でここにはいない。平日のこの時間に全員が揃うことはあまりないのだ。かくいうラファエルも、つい先程ここへ来たばかりで、今まさに出て行こうとしていたところだった。
「王太子殿下がお持ちの魔術具について、少し確認したいことがあるのです」
だから通せ、という目をアドリアンはラファエルへ向けた。その不遜な態度にラファエルは少し悩み、チラリと後ろを見る。シルヴェストルの判断を仰ぐためだ。
シルヴェストルもまた、僅かに視線をマエルへ向ける。その視線に、マエルは小さく頷いた。
今のところ、アドリアンの思考に怪しいものはない。「確認する」という言葉も思考と一致している。このまま追い払うよりも、中に入れたほうが良いとマエルは判断した。
「通せ」
シルヴェストルの許可により、扉の前から退いたラファエルの横を、アドリアンがするりと通り抜ける。そのまま何の躊躇もなく部屋の中へ入ってきた。
「それで、何を確認したいのだ?」
「連絡用の魔術具です」
「連絡の……これか?」
「ええ」
アドリアンは短く返し、差し出された魔術具を受け取る。
「魔法陣を確認してもいいですか」
「構わぬが、其方は一体何をするつもりだ?」
「確認です」
それ以上の説明はしない。だから何の確認なんだ、と周囲が困惑するのも構わず、アドリアンは自身の後方へ手をやった。
すると、何もなかった空間が裂ける。そこから現れたのは、一台の魔法の箒だった。
シルヴェストルの表情が、僅かに不可解なものを見る顔になる。
「魔法の箒まで出すのか」
「この魔術具の魔法陣は複雑ですから」
シルヴェストルの声に端的に答えながら、今度はペンも取り出す。
この国において、魔法の箒は単なる移動手段ではない。魔力を扱う際の補助具としても広く使われており、魔法を使う者ならば、自身の側に箒を侍らせていることも珍しくなかった。これは箒に内蔵された魔法陣の効果であり、魔力の操作を補助してくれるのだ。
とはいえ、魔術具を作成する時まで箒を使う者は少ない。魔術具の製作に必要なのは、魔法陣を描き、組み上げる技術だ。魔法の箒そのものが必要になることなど、普通ならばない。
だからこそ、マエルはふと首を傾げた。
「魔法でもないのに、箒っているのか?」
あくまで独り言のつもりだった。小さく、それこそ口の中で呟くだけの音量だった。
しかし、アドリアンは魔術具に向けていた視線を、キッと鋭くしてマエルへ移した。
「お前、箒のことをちゃんと分かってるの? 魔法の箒っていうのは、魔法じゃなくて魔力を使うこと全部を補助してくれるものだけど?」
「あ、いや……」
まさか聞かれているとは思っていなかった。マエルは歯切れ悪く返してしまう。その反応に、アドリアンはますます訝しげに眉を寄せた。
「じゃあ、魔法と魔術の違いは?」
「え? えっと……」
急に言われても、すぐに答えられるわけがない。困ったように眉を下げるマエルに、アドリアンは信じられないものを見るような顔をした。
「はぁ? 二つの違いも分からないの? 魔法には想像が、魔術には魔法陣が必要だっていうことくらい分かるよね。二つの共通点は魔力を使うことだけで、全く別の方法で現象を起こすんだよ。魔法の利点はすぐに発現させられて、かなり自由度があること。難点は頭の中で具体的に想像しなくちゃダメで、物凄く魔力を喰うこと。魔術の利点は安定して発現させられて、魔力の消費量が少ないことで、難点は事前に用意しなくちゃダメなのと、魔法陣が壊れないように色々対策しないと効果がないってこと。そもそも元は血統魔法しか使えなかったところを、初代賢者様が誰でも様々な魔法が使えるように造ったのが今の魔法と魔術なわけで……」
「ま、待て、アドリアン。今は二つの違いについての話に来たわけではあるまい。私の魔術具について何か確認したいことがあったのだろう?」
このままだと、流れるように魔法と魔術の歴史を語り始めてしまう。そう危惧したシルヴェストルは、慌てて話を遮った。
魔法と魔術の歴史なんぞ、学園での中等部三年間をかけて、ようやく概要を学べるほどに長いのだ。少しの時間で語りきれる内容ではない。
「ああ、そうだった……ですね」
アドリアンは舌打ちしそうな勢いだったが、流石にシルヴェストルの方へ体を向き直した。
「最近、この端末でメッセージを送っても、相手に届くまでに時間差が出来てしまうでしょう?」
「え、そうなのか?」
シルヴェストルは思わず目を瞬いた。
「そうなんです。他にもちょくちょく不具合があるみたいだから、直してあげようと思ったんです。他の生徒の端末にも同じような不具合が起こっていますが、誰よりも殿下が一番最優先なので、今、僕がこうして来たんです」
「待て。何故そのようなことを? それにどうやって私にも分からない不具合を知って……」
眉を寄せるシルヴェストルに対して、アドリアンは同じような顔をする。
「何故も何も……もしかして殿下、学園からこの端末を配られた時に利用規約を読んでいないんですか?」
「利用規約?」
何だそれは、とシルヴェストルは困惑した。
前世のスマホなどなら分かる。だが、この連絡用の魔術具に、そのようなものがあるとは全く知らなかった。
この連絡用の魔術具は最近出来たもので、シルヴェストルが学園に入学する一年ほど前までは、国王などの国の上層部しか使っていなかった。しかし、その便利さに目を付けた上層部は、この魔術具を世間へ普及させたいと考えている。その第一歩として、まずは学園の生徒に一人一台配布されたのだ。
「とにかく、利用規約に則って、僕は壊れたその魔術具を直す……つまり、そのために中身を弄る権利があるんです。そのまま壊れるまで使うなら別に良いんですけど、修理に出すとなると一ヶ月はかかりますよ。これって宮廷魔法師団の管轄ですから」
「だから、何故其方が直すの……あっ」
言っている途中で、シルヴェストルは思い出す。この目の前の少年が、一体誰であるのかを。
若き身でありながら、世に送り出した新しい魔法や魔術具は本職顔負けの質と量。彼が発明したあらゆるものが、人々の今の生活を支えている。しかも、学園に入学すると同時に教師にならないかと誘われるほどの才覚を持つほどに、魔法と魔術に好かれ、そして好いている。
そんな彼を、人々は『天才』だと呼んだ。
「確か、この連絡用の魔術具を造ったのって……」
「ええ、僕ですけど」
アドリアンの眼差しには、隠しようのない呆れが含まれていた。
【魔法と魔術の違い】
魔法:魔力という燃料を大量に消費する代わりに、きちんとイメージすることができれば、基本的には何でも出来る。
例えるなら、素手を包丁へと変化させ、その包丁で具材を切るようなもの。
魔術:魔法陣さえ用意しておけば、壊れるまで少量の魔力で何度でも使用できる。基本的に、魔法陣は何重にも重ねて描く。
例えるなら、あらかじめ用意しておいた包丁で具材を切るようなもの。
要するに、魔法はその場で作り出すもので、魔術はあらかじめ作っておいたものを使う、という認識で大丈夫です。




