第十二話 王太子は新たな仲間を迎える。
「というわけで、私はきちんと許可を貰ってきたぞ!」
ドンッと、シルヴェストルは父に書いてもらった書面を側近候補達へ見せつけた。つい数時間前まで父に頭をなでなでしてもらっていたなど微塵も感じさせない、どこか得意げな表情である。
「よく頑張られました、殿下」
「あのめちゃくちゃ厳しそうな国王陛下と交渉できるだなんて、殿下は本当に素晴らしいです!」
「良かったですね、ルシファー様。無事に殿下の側近候補になれるだなんて」
「いやまあ、良かったけどさ。なんかマエル君、僕に当たり強すぎない?」
「気の所為では?」
無駄にニコッと笑うマエルが気になりはするものの、シルヴェストルはそれよりもジュードの発言に引っ掛かった。
「其方、情報収集は得意ではなかったのか?」
「え? いやいや、流石に学園内だけですよ。それより外は流石に魔力が保ちません。王宮も勿論範囲外です」
こちとら上位貴族の馬鹿でか魔力量を容赦なく喰う魔法でやってるんですよ、と言うジュードに、シルヴェストルは首を傾げた。
「そういえば聞いていなかったが、ジュードは一体何の魔法を使っているのだ?」
「お、気になっちゃいます?」
ジュードはしたり顔で、両手を胸の前へ持ち上げる。
すると、まるで彼の呼び声に応じるかのように、部屋のあちこちから小さな黄色い光がふわりと浮かび上がった。淡い光を放ちながら宙を漂うそれは、どこか蛍のようにも見える。
綺麗だな、と一瞬だけ思ったシルヴェストルだったが、そんな呑気な感想を抱いている場合ではなかった。
「魔力の塊に魔法をかけて作ったこれが、この魔法の『核』となるものです。これを学園中に飛ばして、俺の目となり、耳となるんです」
やる気を出せば幾つもの視界を同時に見ることだってできますよ、とジュードは自信満々に胸を張る。
それを聞いたシルヴェストルは、しばし無言になった。
「……つまり、個人所有の非合法な監視カメラ?」
「カメラ?」
ジュードはきょとんと首を傾げたが、すぐに慌てて言葉を続ける。
「いや、非合法じゃないですよ。学園公認です」
「こんなプライバシーの欠片もないものが?」
「プライ……? えっと、何が無いのかは分からないんですけど、この魔法は歴代委員長が受け継いできたものなんです。これのおかげで、素早く正確な情報を新聞に書けますから。しかもこれ、それこそ認識阻害の結界とかやられたら途端に見えなくなりますし」
「なるほど……?」
説明を聞けば聞くほど、シルヴェストルは納得できなくなっていった。
確かに学園公認ではあるらしい。学園新聞委員会の活動に役立っているというのも理解できる。万能ではなく、認識阻害の結界によって妨害されるという弱点もある。それでも、一個人が学園中の様子を自由に見聞きできる魔法を持っていること自体が、どう考えても危険ではないだろうか。
「殿下、ジュードの魔法は禁止させましょう」
「私もそう思う」
「ちょっ、殿下もラファエルも、そんな辛辣なこと言わないでくださいよ!」
プリプリと怒るジュードへ、シルヴェストルはビシッと指を突きつけた。
「其方の魔法が悪質すぎるのだ!」
「でも、これがないと殿下へ情報を渡せないし、新聞が書けないし、殿下の一挙一動を知ることが出来なくなるではありませんか!」
「其方、最後が本音だな!?」
「当たり前ですぅ! 俺がこんな面倒くさい委員長なんかになったのは、殿下の情報を合法的に集められるからですよ!!」
「そんな考え、どこから出てきたのだ!?」
「兄上や姉上が言ってました! 実際に集められるって知って、皆悔しがってましたよ!」
「くっ、恐るべしダジルヴァ家……」
流石は王冠派筆頭……と納得しかけたが、それはそれとして。
「いいかジュード、今後は私の許可なく私の姿を覗くのは禁止だ」
「えっ、そんな殺生な……」
ガーンと露骨に落ち込むジュードに対し、今度はルシファーが問いかける。
「それ、学園のどこにいても学園内のことは全て分かるんだろう?」
「そうですけど」
「……怖くない?」
「なんで俺に聞くんですか?」
もー、皆して俺をいじめるー、とジュードは嘆いた。その姿を他の全員が揃って冷めた目で眺めると、自身の立場がすっかり悪くなっていることを悟ったのか、ジュードは露骨に話題を変えようと口を開いた。
「そういえば俺、殿下に聞きたいことがあったんですよ!」
「話を変えるな……と言いたいところだが、何だ?」
「俺、ルシファー様みたいに殿下のことを『シル様』って呼びたいです!」
あまりにも唐突な申し出に、シルヴェストルはぱちぱちと瞬きをした。
「随分と話が変わるな。何故だ?」
「だって、ルシファー様だけ『シル』って呼ぶの、ずるくないですか?」
「ずるいって何だ!?」
思わず声を上げる。
「いやいや、だって俺達だって側近候補じゃないですか。なのにルシファー様だけ殿下のことを呼び捨てにしてるんですよ? 俺ももっと親しく呼びたいです!」
「それで『シル様』なのか?」
「はい!」
「……まあ、別に構わないが」
「やった!」
ジュードが嬉しそうに笑う。
「じゃあ、ラファエルもマエルも『シル様』でいいよね?」
「私は構わないよ」
「俺も別に……」
二人があっさり頷く。
「では、これからは『シル様』とお呼びしますね」
「うむ。好きにするがいい」
シルヴェストルが頷いたところで、ふと何かに気付いたようにルシファーへ視線を向けた。
「……ところで、ルシ兄もそうするんですか?」
「え? 僕も?」
突然話を振られ、ルシファーが目を瞬かせる。
「だって、ルシ兄だけ『シル』と呼ぶのは、なんかおかしい気がして」
「いや、僕は別に今まで通りでいいけど」
「……?」
シルヴェストルは首を傾げた。
「皆が『シル様』と呼ぶのであれば、ルシ兄も合わせた方が良いのでは?」
「えー……でも、シルに『様』付けするの?」
ルシファーは、あからさまに嫌そうな顔をした。
「それこそなんか変じゃない?」
「…………」
シルヴェストルも想像してみる。ルシファーが、自分のことを『シル様』と呼ぶところを。
……確かに、変だ。何というか、非常に変な感じがする。
「……そうですね」
しばし考えた末、シルヴェストルはゆっくりと首を横に振った。
「ルシ兄は今まで通りでいいです」
「ほら!」
途端に、ルシファーが嬉しそうな顔をする。
「やっぱりそうだよね。僕もその方がいいと思ってた!」
「ルシ兄が勝手に喜ばないでください。私が『シル様』と呼ばれるのが嫌なだけです」
「ふーん、なんで?」
「何故かは分からないけど……ルシ兄に『様』を付けられるのは、どうにも違和感があって」
「そんなに?」
「そんなに」
きっぱりと言い切ると、ジュードがくすくすと笑った。
「じゃあ、決まりですね。俺とラファエルとマエルは『シル様』。ルシファー様だけ今まで通り『シル』」
「……僕だけ違うの?」
「ルシ兄がそれで良いと言ったのでしょう?」
「いや、そうなんだけどね……なんか、いざそう言われると僕だけ特別扱いみたいな……」
ルシファーは少し不満そうに頬を膨らませたものの、結局は諦めたらしい。
「まあ、シルがそう言うならいいけど」
「では、それでいきましょうか」
「でも、なんか納得いかない……」
「何故ですか!?」
ルシファーのぼやきに、シルヴェストルが思わず声を上げた。
そんな二人を眺めていたラファエルが、ふと何かを思い出したように口を開く。
「……ああ、そういえば。シル様と呼ぶことが決まったのなら、もう一つ決めておいた方がいいことがあるんじゃないかな」
その言葉に、ジュードとマエルが顔を見合わせた。
「もう一つ?」
「何の話?」
ルシファーまで興味深そうに聞き返す。ラファエルは三人を見回したあと、穏やかな笑みを浮かべた。
「私たちの話し方についてだよ」
「……あ」
最初に声を漏らしたのはマエルだった。
「そういえば、ルシファー様とは今までずっと敬語でしたね」
それは当然のことだった。ルシファーは国で一番の権力を持つ東方公爵家の三男であり、自分たちよりも遥かに身分が高い。たとえ同じ学園に通う生徒であっても、これまでの三人にとって、彼はあくまで『公爵家の御子息』であり、気軽に口を利くような相手ではなかったのだ。ジュードも公爵家の子息ではあるが、リリスがいる東方の方が権力が強いのは言うまでもない。
だからこそ、ジュードもラファエルもマエルも、ルシファーに対してはずっと敬語を使っていた。
しかし、今は違う。ルシファーもまた、シルヴェストルの側近候補となった。
「側近候補になったんだから、俺達も普通に話していいんじゃない?」
ジュードが、何でもないことのように言った。
「俺とラファエルとマエルは元々こんな感じで話してるし、ルシファー様だけ敬語っていうのもなんか変だし」
「そういうこと」
ラファエルも頷く。
「これからシル様を支えるために意見を交わすのなら、身分を気にして遠慮するより、自然に話せる方が良い。私たちは皆、シル様の側近候補なのだから」
その言葉にマエルも迷わず頷いた。数日前に自分が同じことを言われたときには、身分の差を意識してなかなか受け入れられなかった。しかし今となっては、その理屈がよく分かる。
側近候補という立場にある以上、互いに遠慮していては意味がない。自分の意見を言い、相手の意見を聞き、時には間違いを指摘し合う。そのためには、身分の差によって生まれる余計な壁など出来る限り取り払ってしまった方がいい。
「……それって、君達と僕が対等だということを、態度にも表そうってこと?」
「そういうことです」
ジュードが笑う。
「というわけで、改めてよろしくね、ルシファー」
「……うん。よろしく、ジュード」
ルシファーは少しだけ目を丸くしたものの、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「ラファエルも、マエルもよろしくね」
「こちらこそ、よろしく。ルシファー」
「よろしく、ルシファー」
今まで『ルシファー様』と呼んでいた三人から、立て続けに敬称が消える。たったそれだけのことなのに、どこか不思議な感じがした。
ルシファー自身も少しばかり気恥ずかしそうにしながら、それでも嬉しそうに笑っている。
そんな四人のやり取りを、シルヴェストルは少し離れたところから眺めていた。
自分の側近候補たちが距離を縮めている。それが何となく嬉しく感じた。
「……では、これで決まりだな」
「何がですか?」
ジュードが振り返る。
「私のことは『シル様』と呼び、ルシ兄は今まで通り『シル』。そして、其方ら側近候補同士はこれから身分を気にせず自然に話す」
「はい、そうなりますね!」
ジュードが元気よく返事をする。
「それじゃあ、これからもよろしくお願いします、シル様!」
「うむ。こちらこそよろしく頼む」
シルヴェストルが満足げに頷く。
こうして、シルヴェストルの側近候補は四人となった。それと同時に、これまで一歩距離を置かれていたルシファーもまた、ようやく彼らと同じ『側近候補』として、その輪の中へ加わったのである。




