第六話龍
東京が核攻撃を受けると、ブラックノヴァがその力を発動させたのだ。後日、それは日本政府がブラックノヴァに要請したものではなく、完全にブラックノヴァの自発的な意志によるものであると日本政府は主張したが、なにせ相手はブラックノヴァ、真偽を確かめようもないのだ。
東京が核攻撃を受けると、ブラックノヴァの天井になにかの射出口のような穴が開いた。衛星写真では、ドーム球場が何十個も入るブラックノヴァの天井に、針で突いたほどにしか見えないが、実際は直径が十メートルもあって、そこから一個の飛翔体の飛び出した。真っ黒でゴツゴツしたフォルムのソレは、さながら闇の巣より羽ばたき出た一匹の黒龍。画像から推定される大きさは、全長三十メートル。胴回りは大型コンテナぐらい。ブラックノヴァを飛び出して、百メートルぐらい上空で静止した。ロケットを吹かすわけでもなく、背中にはアニメの龍のように翼はあったが、その体に比べて小さく、人類の科学的知見では、なんら飛翔に役に立つ物ではない。つまりこの龍は、人類の知らない飛行のメカニズムを備えているのだ。龍は静止の後、数秒で超音速まで加速して、積乱雲を突き破って飛び去った。
数十分後、龍が現れたのは、東京に核攻撃を行った有志連合の加盟国の中でも最大の軍事力を保有する国の、首都に次ぐ第二の都市の上空であった。あらゆる防空システムが作動して、何百発とミサイルが発射され、何十機もの戦闘機がスクランブル発進した。ミサイルは、命中するも龍にまったくダメージを与えられず、戦闘機は龍からのビーム攻撃で、ことごとく撃墜された。そして黒龍はとてつもない熱線で都市を焼き払った。龍の口から吐かれ、何キロにも渡って伸びる熱線がビル街を薙ぎ払う、鉄筋コンクリートのビルが砂糖で作ったデコレーションのように砕け散る。この熱線はどれだけの高温だったろうか。後に行われた科学的な検証では、およそ八万度とのことだった。一時間もしないうちに大都市のあらかたを焦土と化せしめて、龍は飛び去り、数十分後にはブラックノヴァに帰投したのである。一時間ほど前までは美しい大都市が、まるで美人の焼死体のように無惨な有り様となり、実に百万余の市民が炭化させられたのである。
龍がブラックノヴァに帰投してのち、各国の放送局の電波がジャックされて、日本への侵攻を中止しないと、有志連合を構成するいずれかこ国のいずれかの都市に、龍が現れるであとうとブラックノヴァのメッセージを伝えた。有志連合を構成する国々の立法府に、十万か十数万か、一帯を埋め尽くすかの如き群衆の押し寄せた。あの怪物に焼き殺されたくない。恐怖にとらわれた群衆は、国会になだれ込み、指導者たちに、有志連合からの脱退と撤兵を迫った。破壊の規模は東京に対する核攻撃が大きいが、人々に与えた恐怖においては、龍のほうがずっと深い爪痕を残している。抗うすべの無い怪物に焼き殺されるのは、核ミサイルよりも耐え難い恐怖を人々の心に掻き立てたのだ。各国の首脳は押し寄せる群衆を前に、有志連合からの脱退を宣言して、派遣していた部隊に撤収を命じた。有志連合は解体し、日本への侵攻計画は阻止されたが、東京の壊滅は大きすぎる犠牲だった。東京がニュー東京として本格的に復興を始めるのは、核攻撃後、実に一世紀近く経ってのことである。
人類に、その科学の限界を超えた数々の技術を提供して、また、龍のような恐るべき存在も内に潜ませるブラックノヴァ。このオーバーテクノロジーの宝島は、さらに、人類の想像を絶したプレゼントを用意していたのである。




