距離
7点差でツーアウト満塁。打席は五明。
否が応でもでもフルスイングできる場面だ。
さて…どんな気概で打席に入るのやら。
2塁上で五明を俺は見る。
静かだった。
力むとか大きいのを打ちたいだとか、たいがい「欲」が垣間見えるもののはずだ。
それが、今この時。
五明はただ静かに投球を待っている。
明らかに異質だ。人生経験の乏しい俺では尺度は俺自身しかない。
それを踏まえて推察するなら…。
五明のモチベーションとはなんなのだろうか。
他人に勝ちたいとか優れた点を誇示したいだとか、およそスポーツの原初的な衝動が感じられなかった。
うん。
そういう人間もいるのだ、と。
そうありのまま飲み込むのが、せいぜい俺ができることだろう。
美也子は…。
実は大変なやつに恋をしたのではないか。
・・・
本塁へ実に楽に帰れた。
主役はやはり四番…そんな日本的な打順のイメージも明治に正岡子規が喝破していたかは文献に当たらなければ分からないだろう。
右中間をはるかに越える満塁ホームラン。
五明は打った瞬間に軽く右腕を上げ、場内にアピールをした。
それは美也子に対するものであったのか、はたまたベンチに対してなのか。
五明に対してベンチでどう声をかけるべきか俺は迷った。
やつ自身も積極的に話しかけてくるタイプではない。
背中を向けた瞬間にまるで狙ったかのようなタイミングで五明から声をかけられた。
「幸平さん、しんどくないですか?」
何を言うんだ、こいつ。
「どういう?」
意味だ、とばかり返答してみる。意図の分からない質問だ。
「4打席連続満塁ホームランで満足できない相手なら」
もう俺にできることはないですよ、と。
ああ…美也子か。
あいつの欲しがっているものは、自身の男への業績なんかじゃないだろうな。
「傍にいて安心させてやれ」
本人じゃないからそんなの分かるわけないじゃないですか…と、五明が反論を試みようとしたところで、場内に歓声が上がった。
ふとグラウンドに目をやると…。
光太郎が2本目の本塁打をライトに突き刺していた。
今度はトラックに当たることもないだろう。
五明は気勢が削がれたように汗を拭う。
「夏が終わったら」
幸平さん、あいつを交えて出かけてください。そう望まれてるんですよ、と呟いた。
構わないっちゃ構わないが…。
ひとつ頼めるなら千種が同席すること。
それを美也子に伝えてほしい。
「…なんか特別な関係なんですかね、あの二人」
二千年お互いが近くで眠ってただけだ。見ていた夢は違うらしいが。
声には出さないで俺は五明に心の中で答える。
「俺と五明くらいの関係じゃないか」
幸平さんの言葉ってたまに分からないんすよ、と五明は顔をしかめた。
そして決勝までフルイニングショートを守り続けた後藤に代打が出る。




