動くベンチ
わずかに息を切らせて黄田はベンチに戻ってきた。
それと同時に大前監督は3塁コーチャーの児島訓を菅と交代させた。
暴走指示としかられても仕方のない黄田のホーム突入だったからな。
あまり無理なしかり方は慎んでください、監督…。
「どういう判断だ?」
シンプルに監督は児島に問う。
児島は深々と頭を下げ
「すみません。ファンになってしまいました」
ふーん、と監督は児島を見遣ると
「まっ、肯定も否定もできるわな、あのタイミング」
そしてそのまま
「この試合出すからな。田所とイニング毎に打ち合わせしておけ」
入れ替わりに黄田を呼ぶ。
「プロ志望だっけ?」
唐突で不躾な質問にも黄田はあっさりと、はい、とだけ答える。
「…駿足、堅守。ドラフト下位の社会人なら2軍にゴロゴロしてる」
無言の黄田。
「俺なんかそいつらにも及ばなかったがな」
「なあ?」
「はい?」
「常に3塁打を打て。それができたならいい人生だったと思える」
いきなり重たい話を試合中に…。
「俺のプロでの自慢はな」
なんとはなしに横で聞いていた部員も少し緊張感に包まれる。
「遊佐晶をクジで引き当てたことだ」
クジ運かよ!
だけど…。強運だとか、スカウトとしての眼力とか、今の話を聞いていた者にとって思い起こさせることは多い。
「黄田くん」
不意に千種が話しかけた。
「監督は間違ってないと思うわ」
「ああ…」
打席に入る前と同じ無骨な返事。
おそらくは監督との短い会話を記憶に留めようとしているんだろう。
黄田は下を向き座った。
・・・
「幸平、ネクスト」
沢村から声がかかる。
山形が華麗に三振する時間が経ってたのか。
悪びれずに山形は帰ってきた。
「あんなピッチャーから3本もホームランとかおまえら化け物かよ」
俺は出会い頭だし、黄田はランニングホームランだ。ほんとの化け物は…。
ベンチ前で児島とキャッチボールをしていた。
俺の視線を追った山形は
「芯食ったって場外なんか無理だな」
光太郎はいまだに無表情だ。
・・・
田所が打席に入る前に相手チームは動いた。
投手交代である。
右のアンダースロー。前夜のミーティングで要注意とされた投手だ。エースと違い打者によって投げる球を変えてくる軟投派だ。
「ロゼ」
監督がロゼ太郎に声をかける。
「代打だ」
待ちくたびれたようにロゼ太郎はベンチを出る。
右の五明、左のロゼ。
うちの表看板の一枚を監督は代打に指名した。




