後悔など
「目が…」
次の言葉にふさわしいものが見つけられなかった。
病気でと、玲先生は続けた。
そしてそこから先は説明できないのよ、わたしも教えていただいていないのだから。
分からなかったと思うけど…片目は義眼なのよ、と。
知らなかったし、気づかなかった。
ここからはわたしの推測だけれども、と先生は前置きした上で
「おそらくは遠くない将来に見えなくなると知って、家族を選んだんじゃないかしら」
だから…ね。
マリーの提案は必ずなにか意味があるはずなの。
過去も心もあなたの一部なのだけど、マリーだから見えている道筋をあなたが選ぶことは、たぶん大杉さん、あなたにとってなにか意味があるはず。
一息に告げ、先生は沈黙した。
混乱したわたしがやはり黙り込んだとしてもそれは仕方がないことだろう。
「もう具体的ななにかが?」
やっと絞り出した言葉。
オーストラリア。
先生はそう国名を口にした。それが出てくると言うことは、おそらく段取りなどがそれなり進んでいることを意味する。賢くないわたしでも、それくらいのことを推測する余地はある。
そしてマリーさんはおそらく純粋な善意からこの提案をしてくれていることも。
「最後の教え子。マリーはあなたをそう呼んだわ」
たった一言でも揺さぶられることはある。
もし…。もしぞんざいな表現が許されるのなら。
北玲と同じ存在になりたい。
だから。
玲先生。わたしはあなたと…。
「さっさと来てほしいの。1人はもう飽きたわ」
友達のように親しげに玲先生は微笑む。
この人と同じステージに登ることを望むのは分不相応なのだろうか…。答えはすぐに出せそうな気がした。
・・・
なにやらいろんな思いが交錯しているらしい。
結菜は母の料理を口に詰めたままあたりを見渡す。
「行儀の悪い」
母薫からはそんな注意がとぶ。
「なあちゃん、いつもあたしにうるさいのに」
シルバーアッシュヘアの妹、由麻。
「(ゆ)なあ。光太郎くんに飽きたの?じゃあわたしが…」
何を言うか、この異父姉は。
姉妹が揃ってもどちらもあたしの味方じゃないってか。
「結菜さん。光太郎はおしとやかな人が理想なの」
ほー…。光太郎の母さんの元さんまでそんなことを言いますか。
なぜこんなにもアウェイなんだ、ここは。
仕方ない。こんなときは…。
「幸平、ちょっと!」
彼を呼んでみる。当然千種ちゃんも付いてきて…。光太郎と付き合うようになり、2人から少し距離を置くようになってから、幸平くんへの見方が少しだけ変わった。
あれだけ千種ちゃんがべったりだと言うのに、ストレスを溜めず自然体で彼女と向き合っている。
器が大きいんだ。千種ちゃんも相当な器量なのにね。
来るなりすぐに話の中心になり、千種ちゃんに怒られ、すぐに引っ付かれる。
…もともとわたしには過ぎた人だった。
かの有名な野球選手の引退時の言葉を思い出す。
後悔などあろうはずがない。
あたしは少しの間、彼に恋をした。




