ここに住むか
引退…ってそんな馬鹿な。
「正確にはリハビリにとっても時間がかかりそうだってこと、らしい」
大前先生の見立てじゃな。
日向さんは朝の挨拶くらいあっさりとそんなことを言った。
あー…。
変化球主体の先発投手が去年の夏以降、速球を前面に押し出した救援投手にモデルチェンジしたんだった。
つまりは無理をしたってことですかね。
「いやあ…面白かったぜ。やっとやりたいことできたんだからよ」
出力をわざと上げすぎて故障したってことですよね?なぜそんな無理を。
「やりたかったから、な」
そっか…。それじゃ仕方ありませんね。
「なんで共感できるかなあ」
玲先生は呆れたように俺に言う。
「いとこ以上にいとこ、ね」
「似た者同士以上に…なんて言うか…」
さすがに千種でも、日向さんを前にして明言は避けた。
仕方ないから代わりに俺が言ってやる。
「馬鹿だよね」
日向さんは怒るでもなく柔らかく笑った。
・・・
長いリハビリになる上に復帰できるかも分からないらしい。
それなら1人でも選手枠を空けて若手に道をひとまず譲ることにした、と日向さんは説明してくれた。
「別に金は充分稼いだからな」
野球を愛してたのでは、とは聞けずにいると
「高校の時にこいつが見に来るから頑張ってたのが、いつの間にか今日まできただけのことだ」
玲先生を見る日向さん。
「それはわたしにそれだけの価値があったから」
しれっと言う玲先生に同感の首肯をする千種。
この2人も実は似た者同士なんじゃ…。
「なあ弟」
なんでしょうか、兄貴。
「おまえの嫁さん、怖いか?」
ええ、すごく。兄貴んとこは?
「北、玲だぞ」
あー…。
眼前で分かりあってた美女2人にものすごい目で睨まれた。
にしてもこれからは?
「スポーツのカタルシスと同じものはもういいわ。探さなきゃな」
自分に言い聞かせるように言う日向さん。
引退したらコーチをするもんだって言われたことありますよ。
「おまえ、なんか引退したの?」
ええ、水泳。
「そういや日本チャンプだったな」
…すごく遅いタイムのその年だけの1位ですけど。
「こじらせてんなー、少年」
下手に優勝なんかするもんじゃありませんよ、ほんと。
「甲子園。出るんだろ?」
あ、…はい。
「強いの?」
化物ばっかですよ。ジャージ…かは知りませんけど、あそこにいる光太郎を筆頭に。
「ふーん…。面白そうだな」
あれ。
「暇になりそうだし、玲の傍にはいたいし…。リハビリだけはしなきゃならなし、ってか。この場所はいつまでたっても好きになれないけどな」
ここに住むか、と日向さんはあっさりと決断した。
玲先生は幸せそうに微笑む。




