24調査の進展
◆◇◆
「ジャス様、昨日は休めましたか?」
翌々日、出勤のために登城すると、出迎えてくれたパーシーさんに労われました。
「はい。お休みをいただいてしまい、申し訳ありません」
「夜会の翌日の休日は仕事の一環っすから、気にしないでください。
今日は午後から、ターフ子爵の邸宅で改めて話を聞く予定なので……」
とても和やかに話ながらエル様の執務室に行くと──。
「えぐっ、えぐっ……」
エル様が泣きながら、お仕事をしていました……。
机には、山の様に書類が積み上がっています。
その横ではロナルド様が教鞭を片手に、エル様を見張っていました。
「おや、ジャス様。おはようございます!」
「ロナルド様、おはようございます……。えーと、これは……」
何事もないようにいつもの笑顔を向けてくるロナルド様が、少し怖いです……。
「我々の静止を押し切って、ザンの仮面舞踏会に勝手に乱入したので、そのお仕置きですね。
主に、国王陛下や王太子殿下の仕事を意図的に回してもらっています」
「な、なるほど……」
私は助けてもらった身ですので、とても心苦しいのですが……。
しかし、一国の王子である彼が、無謀なことをしたのも事実。
ここは、心を鬼にするべきでしょうか?
でも、涙目で必死に書類を捌くエル様が、不憫でもあります……。手際は、いいですね。
「あ、あの。一応、私はエル様に助けられましたので……」
私が進言すると、エル様は顔を上げてパァッと明るい笑顔を浮かべます。
「それを加味した上でのお仕置きです。仕事は多いですが、外出などは制限されていませんので」
笑顔で話していますが、ロナルド様の言葉の端々には怒りが滲んでいます。
「あ、お手伝いするのは禁止ですよ!」
「!?」
無慈悲に告げられた言葉に、エル様はショックを受けていました。
「それでは、パーシーはジャス様にピエリス子爵家の調査結果について説明してください。
私はエル様の仕事が終わるまで、見張りますので!」
「ぴえっ!?」
悲鳴を上げたエル様が、助けを求める子犬の眼差しを向けてきましたが、気付かないことにしました。
私は隣の資料室で、パーシーさんに話を聞きます。
ここは、エン様が仕事で使う資料や、本などが収まっている、専用の資料室です。
テーブルや椅子、ソファーなども設置されているので、ここで調べ物もできます。
エル様はもっぱら、昼寝をするのに使っているそうですが……。
「さて、こちらが今まで調べた、ピエリス子爵家の資料っすね。一日でまとめたので、抜けている部分はあるとは思いますが」
「ありがとうございます」
私は、資料内容に目を通します。
ピエリス子爵家は、今から約三年前に没落し、貴族籍を返上している。
没落当時の家族構成は、当主である父親と、長女・次女・長男の三人の子供だった。母親は没落より数年前に病で亡くなっている。
没落後、父親は過労によって持病が悪化し、貴族籍返上後に死亡。
長女もその少し前に亡くなっているが、死因は不明である。
次女と長男の二人は現在、行方不明となっている。
領地は王都の東に位置しており、家柄としては裕福ではないものの、生活に困るほどではない、ごく一般的な貴族だった。
没落理由は、一年ほど前、領地で病が発生。
ピエリス子爵家はそれを払拭すべく私財を投じ、原因の調査を行った。その結果、何者かが水源に毒を撒いたことが判明する。
ところがなぜか、領主であるピエリス家が支援金を着服するために自ら毒を撒いたという噂が蔓延した。
さらに、提出した書類もその内容に沿うよう改竄された状態で受理されてしまう。
ピエリス子爵はこれに抗議したが認められず、疑惑を覆すには弁護人を雇い、裁判を起こすしかなかった。
この際、多額の保証金を支払う必要があった。
この金は国に一時的に預けるもので、裁判の結果によって返還額が変わる。
結果が覆ればほぼ全額が戻るが、そうでなければ罰金などが差し引かれ、場合によってはマイナスになることもあった。
しかし、その保証金を用意する資金がピエリス子爵家にはなかった。
そのため、彼らはやむを得ず、よくない所から金を借りる。
最終的に提出書類の件は手違いと認められ、疑惑自体は覆された。
だが今度は、背負った借金を返済しなければならなかった。
借りた相手は違法な利子を課し、ピエリス子爵家を徹底的に追い詰める。
そして、ついに首が回らなくなった子爵家は没落することとなった──。
「これは、何だか繋がりが見えてきたような気がしますね……。というか、調査資料改竄されていますよね?」
「はい。確定では無いですが、提出書類の改竄は、財務監査官補佐だったミック・サプリングが、悪徳の金貸し、ティモシー・サップが関与していると見て間違い無いでしょう。
一応、行政庁はこの後、体制を一新したみたいっすけどね」
「それで、ミックさんは、誰かに脅されていたのでしょうか?
……後は、ターフ子爵とダニー・モス、そしてイーモン・ファーンですね。ただなんとなく、こちらは予想がつきます」
「へえ、どんなんですか?」
「おそらく、ターフ子爵はノーリーン夫人と浮気をしていたのでしょう。そして、彼女と結婚したかった。
だから、邪魔なピエリス子爵令嬢と婚約を解消したかった。だけど、このままだと、自分有責となります」
「それで、ピエリス子爵家を没落させた、と?」
「明らかに、ターフ子爵にとって都合よく、ことが運び良すぎていますからね」
夜会とかでよくこう言った話題は聞きましたからね。そこからの推測ですけど。
「確かに。ということは、術者あるいは犯人はピエリス子爵家次女か長男でしょうか? 現在、行方不明ですが……」
「可能性は高いかと」
ただ、復讐するにしても、少々やりすぎかとも思いますね。
「なるほど。俺たちの見解と一緒だな!」
「エル様?」
そこへエル様が、やってきました。
「お仕事はどうですか?」
「半分終わった。や、休ませて、くれ……」
「え? もう!?」
あんなに山積みの書類を?
エル様は、そのまま資料室のソファーに倒れ込みました。
ロナルド様が、ブランケットを持ってきて、エル様にかけます。
「朝から頑張っていましたからね。少しくらいは良いでしょう。午後までには終わらせるって、息巻いていましたから。
あまり消耗させても良くありませんしね……」
「エル様って、一応、仕事も勉強もできるんですよね〜。変な王子だけど」
「そうですね〜」
「誰が、変な王子だ!」
「おや、起きてましたか」
「ふんだっ!」
エル様はそう言ってふて寝してしまいました。
「せっかくですし、お茶にしましょう」
その後、お茶とお茶菓子が運ばれてくると、エル様も起きてきたので、ささやかなお茶会となりました。
◇
そうして、エル様はなんとか午前中で仕事を終わらせたのでした。
本当に仕事はできるんですね……。
そして午後は予定通り、ターフ子爵の邸宅に向かったのですが……。
「申し訳ないが、今、妻が大変なんです……。帰ってください……」
門前払いとなってしまいました。
「ふむ、昨日、先触れを出した時は、特に断られなかったんだかな……」
「まあ、容体が変わったのでしょう」
というわけで、トンボ帰りです。
「それもあるだろうが、やっぱり後ろ暗いことがあるのだろうな!」
「そもそも、体が崩れる様な呪いをかけられるほどの所業ってなんでしょうね?」
「わからん。だが相当酷いことをしたのは確かだろう」
そのあたりの詳しいことは、パーシーさんが調べているとか。
そのため今回は同行していません。
「そういえば、ザンの夜会会場は翌日には元の廃墟に戻っていたらしい」
と、エル様。
ザン主催の仮面舞踏会の会場は、決まった場所で行われることはなく、いつも変わるそうです。
大抵は、どこかの廃墟を利用するそうですが、直前まで場所はわかりません。しかし、当日になると、その廃墟は立派な邸宅に変わり、室内もちゃんとしているのだとか。そして、夜会が終わると次の日には元の廃墟に戻るのだといいます。
エル様がいうには、別の場所にある建物にテクスチャを廃墟の上に一時的に上書きしていたのだろうとのことです。
なんとも大掛かりな魔法のようです。
「ザンの口ぶりから、彼も関わっているのでしょうか?」
「正体不明の人物の手も借りないとならないとは、ターフ子爵は相当なことをやらかしたようだ」
馬車が王城に着きます。
「ぴえ──っ!?」
そして、エル様を待っていたのは、午後の分の書類の山でした。
さすがに不憫なので、私が行って良い範囲を手伝ったのですが、特に何も言われませんでした。
◆◆
それから七日後、ノーリーン夫人は息を引き取りました。
葬儀は身内のみで行われ、遺体は火葬にされたとのことでした。
一応、王宮からもお悔やみのメッセージは送ったのですが、特に返信はありませんでした……。
窓の外を激しい雨が打ち付けています。
この日は朝から天気が悪く、気が滅入ります。
「これで終わりか……?」
エン様が窓の外を見ながら呟きました。
私は、手元の書類から顔を上げます。
今日でエル様のお仕置きは終わったので、通常通りの仕事量となりました。
「……いいえ、まだターフ子爵本人が残っています。もし、怨恨が理由なら──」
「ターフ子爵を護衛した方がいいか……。騎士団にも話を通そう」
この事件は、本当に解決するのでしょうか?
天気のせいか、少し弱気になってしまった私なのでした。
◆ベンジャミン・ターフ子爵視点◆
「ベンさん、大丈夫ですか?」
妻を亡くしたベンジャミン・ターフの元を訪れたのは、ダニー・モスの弟、ジミー・モスだった。
ベンジャミンは、酒で濁った目で彼を見つめた。
年下の彼はベンジャミン達と連むことはなかったが、まれに無理矢理連れ出すこともあった。
要は、良いように使われていたのだ。
あの時も、ジミーは彼らの仕事を無理矢理手伝わされたが、本人には内容を教えていないので、何を手伝わされたのかはわかっていない。
「……ああ。ジミー、お前は何か変なことは起きてないか?」
「変なこと?」
「いや、なんでもない。すまないが帰ってくれ。一人になりたいんだ……」
「はあ、気を落とさないでくださいね!」
「……」
何も知らないジミーは、彼を心配しながら帰って行った。
自分の兄がノーリーンと同じ病で死んだとは、知らないらしい。
無理もないと、ベンジャミンは思った。
あんな悲惨な最後を、わざわざ知る必要はないだろう。
ベンジャミンは、自分の妻の最後を思い出し、それを振り払うように酒を煽る。
彼の妻は最後、ベッドから落ちて死んだ。
その衝撃で、かろうじて人の形を保っていた体は完全に崩れ、床に体の中身をぶちまけた。
(何故、こんなことになったのか?)
その答えは明白だ。
ダニー・モスとイーモン・ファーン、それに彼に協力した平民の二人がノーリーンと同じ状態で亡くなっている。
(ピエリス子爵家か……)
彼は元婚約者の家を、浮気の有責になりたくないと言う一心で、没落させた。
今にして思えば、なぜあのような非道なことができたのか自分でもわからないが、あの時はそれが最善だと思ったのだ。
そして、あまりにも上手くいきすぎたため、彼らは若者らしく調子づいていた。
(それだけではない。オレは、オレ達は〝エミリー〟に……)
当時の記憶が蘇り、ベンジャミンはグラスを呷る。
その後、ジミー・モスが行方不明になったのを知った。




