20圧がすごい仕立て屋さん
◆◇◆
「こちらなんていかがです?」
「え、えーと……」
翌日の午後、私は潜入用のドレスを選ぶため、エル様とパーシーさんに同行して、街の仕立屋を訪れていました。
王宮に呼ぶのは憚られるので、お店の方に見に来た形です。
「何があるか、わからないからな。動きやすいドレスがいいだろう」
というエル様の意見で、最近流行っているパニエを使わないドレスを主に選んでいます。選んでいるのですが……。
「マーメイドライン? ああ、確かにそれっぽいシルエットかもしれんな」
「でも、動きやすくはなさそうっすよね?」
「だな〜」
「では、こちらはいかがです?」
女性店主が次のドレスを見せてくれます。
ちなみに色はネイビーにしてもらいました。少しでも目立たないようにするための、ささやかな抵抗です!
「ドレスの裾が短いっすね」
「動きやすそうではあるが、足を見せすぎではないか?」
「最近はこういったドレスも、人気なんですよ〜」
らしいですね。正式な場ではまだまだ認められてはいませんけど、特に学園生や平民の方々に人気らしいです。
「こういったものもありますね〜」
次に店主が持ってきたのは、一見するとシンプルなマーメイドラインのシルエットですが、裾が足首丈で、左側に膝くらいまでの、スリットが入っています。
「おお、これなら良いのではないか?」
「ええ、いざという時は動きやすそうっすね!」
「では、試着してみましょう!」
「え? あ、あの……」
「さあさあ、どうぞどうぞ!」
こ、この店主、圧がすごすぎます!
こうして押し切られるまま、ドレスの試着をすることになりました。
「あら、お客様とても肌が綺麗ですね!」
「恐縮です……」
「それにとてもメリハリのある体! 絶対に似合いますわ!!」
「ちょ、大声でそう言うのは〜!」
どんなにダイエットしても、胸と腰回りにどうしてもお肉がついてしまう体質なんです〜。
普段は着痩せして見える服を選んで着ているので、目立たないんですけどね〜。
うちの家訓で、ダイエットは運動してやせろと言うものがあります。なので食事制限禁止というのも原因かもしれません〜。
「さあ、完成しました。鏡で確認してください!」
「は、はあ……」
鏡に映った私は、自分でも驚くほど体のラインがはっきり出ていました。
上はショールかストールでも羽織れば大丈夫そう? 下はまあ、動きやすいのは確かです。恥ずかしさに目を瞑ればね!
あ、でも仮面舞踏会だから、仮面してしまえばなんとかなります? むしろこのくらいの方が丁度いい?
「さあ、お連れの方にも見せて差し上げましょう!」
「え? 流石にそれは……。え? ──ちょっ!」
この店主、なぜか逆らえない凄みがありますっ!?
「さあ、どうですか?」
「……」
「……」
エル様とパーシーさんの視線が集中して、とても居心地が悪いです。
というか、無言はやめていただきたい!
「あ、あの……」
「さあ、お二人とも、見惚れていないで、感想をお願いします!」
店主の言葉にハッとするお二人。
「あ、ああ、とても似合うと思うっすよ?」
「うん。とてもセクシーで、エロい! 綺麗だ!」
「エル様、語彙力が死んでますよ。でもジャス様、本当に良くお似合いっす」
「ありがとうございます?」
まあ、好評なら良いのでしょうか?
「では、こちらをベースにできる限り、手を加えさせてもらいますね〜」
「ああ、頼む」
こうして、ドレス選びは完了ですね。早く着替えたいです……。
「あとは靴と、アクセサリーですね!」
「あ、イヤリングやペンダント、扇子はこちらで準備するから、それ以外の装飾品を頼む」
あ、まだ着替えることは、できないみたいです……。
◇
というわけで、お買い物は終了。
ドレスは後ほど届けてくれるそうです。
空が茜色に染まってきているので、結構な時間がかかってしまいました。
「今日はこのまま送っていこう」
「ありがとうございます」
馬車に揺られていると、ふと違和感に気づきます。
今日はエル様が、なんだかおとなしいです。
あと、いつもは対面に座るのに、隣に座っています。
「──やっぱり、俺がジャスと一緒に舞踏会に出たかった」
「え? ど、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。ジャスが美人でスタイルが良くて、仕事ができる女性だって事は、俺だけが知っていれば良かったんだ……」
そういって、私の髪を一房、手に取るのです。
「え? え?」
そういったことに免疫のない私は、何も言うことができません。
っていうか、顔が熱いです。絶対真っ赤になっています! 火を吹きそうです!!
「ん? 照れてる? かわいいなぁ!」
「〜〜〜〜っ」
な、なんなんです? 冗談!?
「あの〜、そういうのは、二人きりの時にやってください」
「──っ!」
そういえば、パーシーさんもいたのでした。
助かりましたわ……。
「ん? いたのか、パーシー」
「ずっといましたよね?」
「こういう時は、気を遣って気配を消すものだ」
「婚約者でない男女が親しくしているのは、ダメでしょう」
「え? エル様婚約者いないのですか?」
意外です。
公爵家や王族は、今でも幼い頃から婚約者がいるものだと思っていました。
「ああ、アンブローズが結婚するまでは、作らないつもりだった」
「なんて言っていますけど、立場が微妙でモテないだけですけどね。あと中身が残念で……」
「パーシー、余計なことを言うんじゃない! 中身が残念ってそう言う意味だ!?」
「そのままの意味っすね〜」
「なんだと!?」
確かに、エル様はちょっと残念な方ですね〜。
夜会で出会った時は、猫をかぶっていたのですね〜。
「あれ? でも昔は婚約者いませんでしたっけ?」
「いたこともあったが、俺が王太子にならないと知ったら、向こうから断ってきた。
まあ、権力目当てだったんだろ? 相手からも嫌われていたし。それ以降はいないな!」
「そうなんですね……」
確かに昔、そんな話を聞いた事があります。
相手は確か、パトリス・ペスカ様。
ペスカ公爵家のご令嬢ですね。私と違って、正真正銘の淑女です。
王位継承権問題で王家が揉めた時に、婚約が解消されたということでしょうか。だとすると、確かに五〜六年ほど前ですね。
でも、パトリス様も確か、つい最近まで婚約者がいなかったような?
これ、実はパトリス様はエル様のことが好きだったけど、家の方針に逆らえず的な悲恋のやつでは?
ちょっと、興味ありますね。
今度、調べてみましょう! ワクワクですわ〜。
「だからって、婚約者でもない男女がいちゃつくのはくないですよ?」
「ふむ、だったら、婚約してしまうか!」
……ん? なにか、不穏な言葉が聞こえましたね。気のせいでしょうか?
「ジャスティーナ、俺と婚約しよう!」
「は!? なんでそうなったんです!?」
本当に、なんでっ!?
「俺は、ジャスとイチャイチャしたい!」
「で、でしたら、恋人でも作ってはいかが?」
「恋人は別れるかもしれない」
「婚約しても、別れる時は別れますけど?」
現に私は、ナイジェル様とは別れましたしね!
「でも、書類上は俺のものだ!」
「書類上だけですわね?」
「し、しかし……」
あ、捨てられた狼モードはやめてくださいね!?
断れなくなるんで!
「あ〜、そろそろジャス様の邸宅に着きますので、話はその辺で。そういう話は後日しましょう」
「え〜? 仕方がないな……」
「ですね」
助かりましたわ〜。
「ジャス、婚約の事は事件が落ち着いたら、また話し合おう! 逃げるんじゃあないぞ!」
そう言って、エル様は去っていきました。
……婚約の話し合いに関して、ですよね?
まあ、私とエル様では釣り合いが取れないですし、どうせ有耶無耶になるでしょう。
あら? でも、アンブローズ殿下よりも権力を持たないという意味では、我が家は悪くないのでは?
アンブローズ殿下の婚約者は公爵家の方ですし。
我が家は中立、経済的にも歴史的にも問題はありません……。
いや、もし本当に婚約となったら、パトリス様に睨まれそうですし、そもそもわたしにエル様を制御するような気概はありませんわ……。
側から見ていると、楽しい方ではあるんですけどね〜。顔も良いですし。
なんて、ありえないことを考えていても仕方がないですね。
今は、どうやって仮面舞踏会を乗り切るかを考えましょう。
何事もなければ良いのですが……。
◆パーシー視点◆
「……で? どこまで本気なんです?」
「何がだ?」
ジャスティーナを送り届けたあと、二人になった馬車内でパーシーは、自分の主に問いかけた。
「ジャス様の事ですよ。婚約したいとか言っていましたが?」
「本気だぞ! 俺はジャスのことが好きだ!!」
「……珍獣的な意味で?」
「パーシー、失礼なことを言うんじゃない」
「すみませんっす。じゃあ、その、本気で? 恋愛的な意味で?」
「もちろんだ。一目惚れってやつだな!」
「へぇ〜」
ジト目になるパーシー。
「パーシー信じていないな?」
「はいはい。明日も仕事ですから、頑張りましょうね〜」
「お前、絶対信じてないだろ……? まあ良いけど!」
窓の外に目をやると、見知った街並みが流れていく。
すっかり日が暮れ、街灯の明かりが道を照らしていた。
(一目惚れは本当なんだが……)
ふと、昔を思い出す。
久しぶりに会った彼女は、以前にも増して美しくなっていた。
果たして自分は、それに釣り合いが取れる男になっているのだろうか?
それを確かめるためにも──。
「なあ、やっぱり仮面舞踏会は、俺が……」
「ダメです」
ダメだった。




