19叱られる王子様
◆◇◆
「どいつだ?」
「そうですね……」
私は周りにいる人たちの心音を探ります。
皆さん、いきなりのことで驚いているのは同じですが、その中に一人だけ、他の方とは違う心臓の跳ね方をしている方がいました。
耳をすませば、息遣いも乱れています。
「……あの方です」
私は、少し離れた場所に佇んでいる、ワイン色のローブを纏い、フードを目深に被った人物を見て答えます。
「わかった!」
私が答えると同時に、エル様が疾風のようにその方に迫ります。
おそらく、魔法で移動速度を上げているのでしょう。
その魔法の影響か、辺りに金色の羽根の特殊効果が舞います。
一気に距離が詰まり、そして──。
「──っ!」
後一歩で届くと思ったローブの人物は、闇に包まれて消えてしまいました。
どうやら、転移魔法の一種のようです。
「はあぁっ!?」
しかし、エル様は急には止まれません。
そのまま近くにあったゴミ箱と、院長の銅像に派手に突っ込んでいきました……。
「エル様──っ!! 大丈夫ですか──っ!?」
◇
「まったく、お前は何をやっておるのだ?」
その後、私たちは国王陛下に呼び出されてしまいました……。
「……」
場所は王城の謁見の間。
流石のエル様も、気まずそうな顔をしています。
国王陛下は怒っているというよりは、呆れているといった感じ。
「ふふふ、兄上らしいですね」
第二王子で王太子のアンブローズ殿下もいます。
こちらはとても楽しそうです。
お二人とも鮮やかな金髪と琥珀色の瞳をお持ちです。ああ、でも国王陛下の方が、瞳の色は濃いでしょうか?
「笑い事ではない。アンブローズ」
「失礼しました。……ふふっ」
「申し訳ありません、国王陛下。我々がついていながら……」
ロナウド様の言葉に、私も頭を下げます。
「其方達の責任ではない。普通の王子は、天窓を突き破ったりはせんからな。
まったく、怪我人が出なかったから、良かったものの……。治療院で暴れるなど……」
「あ、暴れたんじゃありません! 『崩壊病』の呪いをかけた犯人を見つけたのです!」
「だが、逃げられたのだろう? そういった場合にはまず、魔封じをかけてから捕らえるのだ」
「うう……。功を焦ってしまいました……」
「まったく、大治療院の修繕費は、お前の王族費から出しておくぞ?」
「はい……」
「後はそうだな。反省文でも提出してくれ」
「わかりました……」
「はぁ、皆の者もご苦労だった。下がって良い」
そんなわけで、なんとか解放されたのでした。
◇
「……」
執務室に戻ってきても、エル様はしょんぼりしていました。
まるで、耳と尻尾がへにょっとした犬……、いえ、狼みたいです。
今回の被害状況は、天窓のガラスとごみ箱、そして大治療院の院長の銅像でしたので、まあ、不幸中の幸いですね。
あの後、一応お掃除を手伝いました。
大治療院の院長は怒ることもなく「気をつけてね?」とおっしゃっていました。
まあ、怒りよりも困惑の方が強いでしょうしね。この国の王子様に怒ることもできないでしょうし。
「エルドレッド様、しょぼくれていないでこちらの書類お願いします。反省文も早く書いてしまいましょう!」
「う、うむ……」
しょんぼりしているエル様にも、ロナルド様は容赦ないですね〜。
「失礼しま〜っす、お説教終わりました〜?」
「パーシーさん」
別のお仕事を受けていたパーシーさんが、執務室にやってきました。
「おお、パーシー、どうだった?」
「まあ、色々話は聞けました。それよりこちらを」
そう言ってパーシーさんは一通の手紙を差し出しました。
「なんだ?」
「ザンの主催する、仮面舞踏会の招待状です」
「何? 手に入れたのか!?」
「手に入れたというか、なんというか……」
パーシーさんは少し言葉を濁します。
「どうした?」
「届いてました」
「どこに?」
「王宮に、です。エル様が大治療院に行っていた間に」
「……なんで?」
「さあ?」
どういうことです?
「本当にザンの?」
「ですね。押されている魔力印も、本人のものですし」
魔力印は、重要な書類などに押す印章ですね。
その個人、または家の登録してある印章と、その人の魔力を込めたインクの組み合わせで魔力印となります。
ザンは正体不明なのに、魔力印を持っています。それなのに捕まったりはしていません。
不思議!
「ま、まあいい! ザンの仮面舞踏会に参加しよう! もしかしたら、『崩壊病』のヒントが掴めるかもしれないしな!!」
「あ、エル様の参加はダメです」
「何故っ!?」
「今回のことで、エル様に対する世間の目は生温かくなっています。これ以上、変なことをしてほしくないそうです」
冷たく、ではないのですね……。
「え〜? 別に、変なことなどしていないが……。一体誰がそんな事を言っているのだ?」
「私が言いました」
「は?」
そこに現れたのは、第二王子で王太子のアンブローズ殿下です!
傍には、専属の護衛騎士クライヴ様もいます。
「アン! なんでそんな事を言うんだ!!」
「兄上のためですよ。もっと王族の自覚を持ってください」
「ぐぬぬ……」
アンブローズ殿下の言葉に、エル様も何も言えなくなっています。
「とはいえ、ザンの仮面舞踏会には、誰かに参加して欲しいんですよね。彼を特定する良い機会にもなるかもしれませんし」
「だとすると、誰がいいですかね」
アンブローズ殿下とロナルド様が相談しています。
どうやら、エル様が参加しないのは決定事項の様です。
エル様は、とても不服そうにしています。
「そうだな。何かあった時のために、場慣れした者がいいかもしれないね」
「騎士団に協力を頼みますか?」
「騎士団はな……。その所作ですぐバレる。そういった場では少し向かないかもしれない。
かといって、魔法師団は捻くれ者が多いからな……。『鴉』がまだあれば、そちらに頼んだんだが……」
「だったら、パーシーが行けばいい!」
と、復活したエル様がいいました。
「え? 僕っすか?」
「うむ。パーシーは特殊諜報部隊『鴉』にも所属していたしな! 戦闘も潜入捜査も得意だ!!」
「まあ、できなくはないですけど、戦闘には期待しないでくださいね? 僕の場合、逃げることに特化しているだけですから」
「十分だろう? しかし、一人では急な出来事に対応できないか? ならもう一人……」
その時、エル様と目が合いました。
何だか嫌な予感がします……!
「よし、ジャスにも行ってもらおう!」
「ええ!?」
ほら、やっぱり〜。
「ジャスティーナ嬢にも? 流石に危険では?」
アンブローズ殿下が心配してくれています。もっと言ってください!
「ジャスの特異能力は、アンも知っているだろう? 大丈夫、何かあっても俺がすぐに駆けつけるからな!」
「兄上は駆けつけてはダメですよ?」
「あ、えーと、頼りになるやつを駆けつけさせる!」
「まあ、ジャスティーナ嬢の特異魔法なら、なんとかなると思いますけどね」
そう言ってアンブローズ殿下は微笑みます。
私の特異魔法も知っている様ですね。
って、あれ? 私がザンの仮面舞踏会に出席するの、決定事項なんですか?
「では、ジャスにはドレスの手配をしよう!」
「え? え? あの……?」
「舞踏会は二週間後ですか。ギリギリですね……」
「既製品に少し手を加えるだけなら、そこまで時間はかからないだろう。追加料金も支払うし。
仮面舞踏会は仮面さえつけていれば、そこまで服装はうるさく言われないらしいからな」
「それなら、まあ……」
ああ〜、もはや断れない雰囲気ですわ〜。
マズいですわ〜……。
◆ミキャエラ(ミカ)視点◆
「え? 仮面舞踏会?」
その日の依頼の帰り、リビーに仕事の相談をされた。
「ああ。ザンという人物は知っているかい?」
「ザン?」
「ああ、夜な夜な、怪しげな仮面舞踏会を開催しているという、謎の貴族だね」
と、ナイジェル。
「知ってんの?」
「私個人は会ったことはないが、社交界ではそこそこ有名だったな。まあ、怪しげな遊びを嗜んでいないと、知る機会は少ないと思うが……」
「あ〜、それでアンタ知ってんのね」
学園時代、女遊び激しかったからね、コイツ。
「い、いや、詳しくは知らないぞ? そういった場には行ったこともないしな!」
「仕事の話をしても、いいかい?」
「あ、はい」
「すみません……」
「実は護衛の依頼が来ている」
「護衛?」
冒険者を初めて、もうすぐ一ヶ月。
ナイジェルの元婚約者への慰謝料も貯まって、今月分をつい昨日送金したところだ。
それくらいには順調。
だけど、護衛の仕事?
「うん。知り合いの商家のお嬢さんが仮面舞踏会に参加したらしいんだが、流石に一人は危ない。だから、何かあった時のために護衛が欲しいんだと」
「ええ? 仮面舞踏会って、その、そういうこと込みで楽しむ場じゃないの?」
みんな、エロ目的でしょう?
「舞踏会に参加できるということは、家は裕福なのか? それなら、そもそも参加するのは良くないのでは?」
「アタシもそう思うんだけどね〜。親御さんが娘さんに甘いらしくて、だけど危ない事はして欲しくないそうなんだ……」
「それって、娘さんかなり遊び人ってこと?」
「みたいだね〜」
「それ、私たちじゃ無理じゃない? コイツ、ヤレそうな女だとわかったら、躊躇なく関係持つわよ?
最近は、遊んでないから、チョロいわよ、きっと!」
「イヤイヤ、流石に依頼主に手は出さない!」
「え? 性欲がピークな時に、妖艶な女性がアンタを求めてきても?」
「……」
「悩んでいる時点で、無理でしょ?」
「まあ、そのあたりは、無欲のチャームでもつけていれば大丈夫だろう」
「無欲のチャーム?」
「人間の欲を制御するお守りだよ。特に性欲に効く。アタシはこの仕事、受けた方がいいと思んだけどね〜」
「なぜ?」
「できる仕事の幅が増えるだろ? それに、依頼料も結構美味しいんだ」
「やります!」
「決断が早い!?」
こうして、わたし達の新しい仕事が決まった。




