18五人目の罹患者天窓をぶち破った王子様
◆◇◆
ターフ子爵とイーモン様のお宅を訪問してから五日後、事態は最悪な方向へと進んでしまいました。
残念なことに、その間にイーモン・ファーン男爵子息が亡くなり、そして、新たに『崩壊病』の罹患者が出てしまったのです。
イーモン様の遺体もかなり酷い状態だったらしく、早々に火葬されてしまい、検視することは不可能でした。
そして新たな罹患者は現在、枢機翼区の大治療院に入院しているとのことです。
また、エディくん家から預かったミックさんに宛てられた手紙ですが、魔力鑑定などをしましたが、特に証拠になりそうなものは出ず、使用された紙もインクも、ごく一般的に流通しているものでした。
そちらはパーシーさんが、職場での関係をもう一度洗い直しているそうです。
魔法師団の方で、呪いについては調べているのですが、もしこれが誰かの命を利用して行われた呪いなら、解呪は不可能とのことです……。
ちなみに私はその間、エル様やロナルド様のお仕事をお手伝いしていました。学園やお父様に教えていただいた書類作成に関する知識が、こんなところで生かされたのは僥倖でした。
「新たな罹患者はダニー・モス。モス男爵家の次男だな」
執務室に集まった面々に向けて、エル様が告げます。
ダニー・モスと言えば……。
「ベンジャミン・ターフ子爵の友人、ですね?」
と、ロナルド様。
「ああ。どうやら、ターフ子爵が何か知っているのは確実だな」
ターフ子爵の奥様ノーリーン夫人は、彼が昔婚約していた方が、恨んでいるのでは? と言っていましたが、それだと平民のミックさんとティモシーさんが同じ病に罹患したのがちょっとわからないのですよね……。
ミックさんは脅されていた様ですし。
それに元婚約者は、すでに亡くなっているそうですし。
……まさか本当に死者の呪い?
「今回は俺と、ロナルド。それにジャスを連れて行こうと思う。パーシーは引き続き、ミック・サプリングの方を頼む」
「わかりました」
「了解っす」
「ジャスもいいか?」
「はい」
こうして、私たちは枢機翼区の治療院へと向かいました。
◇
枢機翼区は、王城を含む王都の中心部です。
王城を中心に、神殿や貴族院、魔法師団や騎士団の本部、この国で最も蔵書がある王立図書館などがあります。
そして、大治療院も。
それらが、東部、西部、南部、北部の枢機翼区に分布しています。
「さて、ここか」
大治療院は北部の枢機翼区にあります。
王城からは馬車で十分程度。実は歩いた方が早かったりしますが、エル様も一応王族なので、仕方がないのです。
事前に先触れを出していたため、面会はすんなりと行うことができました。
「失礼する。ダニー・モスだな? 話を聞きたい」
病室は、入院棟の四階の個室でした。貴族向けの上等な部屋です。
「あ、あなたたちは……」
ベッドの上のダニー・モス男爵子息が力無く応答します。
茶髪に青い目の、軽薄そうな男性ですね。
「特殊調査部隊『梟』のものだ。俺はエル。こっちはロナルドとジャス。俺の部下だ」
エル様が紹介してくれたので、私とロナルド様は頭を下げる。
「そういえば、噂で聞いたな。第一王子の道楽で新組織を作ったって」
あら? 随分な言い様ですね。自暴自棄になっているのでしょうか?
「その道楽で国が良い方向に向かえるのなら、良いのではないか?」
「まあ、そうですね……」
「それで、何があった?」
ダニー・モス男爵子息によると、数日前から左手の指先が黒ずみ始め、そして真っ黒になったかと思ったら、グズグスになって崩れ落ちたということです。
「……何か心当たりはあるか?」
「心当たり?」
「誰かに恨みを買ったとか、そういう類のことだ」
「恨み、恨みか……。それなら、オレたち三人はいろんなところで買ってますよ……」
「何?」
「ベンジャミン・ターフとイーモン・ファーン。そしてオレは領地が隣同士位だったということもあり、子供の頃からつるんでいました。
どの家も領地が裕福で金がありましたからね。
貴族学園もさっさと通って卒業したので、時間もあった。しかし、後継ぎというわけでもなく、なりたいものもなかったので、暇を持て余していました。
まあ、ベンジャミンはターフ家の後継でしたけど、他に兄弟がいないので余裕があったみたいです。
そうなると酒と、賭博と、女に溺れるワケです。まあ、そういった各方面で、恨みは買っているんじゃないですかね?
金銭や酒のトラブルも起こしたし、女を無理やりなんてこともありました……」
う〜ん、控えめに言ってクズですね。
人は、お金と時間に余裕があると、ろくなことをしないというのは世の常です。
「お前たちがしたことで、最も業が深いことは?」
「業? ……そりゃぁ、ベンジャミンの──ゴボッ!?」
「おい、どうした?」
突然、ダニー・モス男爵子息が激しく咳き込み、赤黒い血を吐き出しました。
それも、尋常ではない量です。
「──っ、治療師を呼べっ!」
待機していた治療師がすぐに駆けつけ、処置をし始めます。
私たちはその間、病室から出ることになり、別室で待たせてもらうことになりました。
しかしその後、懸命な治療も虚しく、ダニー・モスは息を引き取ってしまいます……。
どうやら、肺や心臓の組織が崩壊し、死に至ったようです。
そもそも、回復魔法が全く作用していなかったとのこと……。
「……馬鹿な、早すぎる!」
「そう、ですね……」
確かに、これまでの罹患者とは状況が違います。
これは、明らかに口封じです。
ということは、私たちの会話をどこかで聞いていた?
私は、自分の特異魔法を発動させ、周りの音を探り始めました。
『なんということだ、肺と心臓がごっそり溶けてしまっている……』
『あーくそ、治療院なのに、なんで入院なんて……』
『──の患者さん、そろそろ薬の時間ね』
『──ギリギリ術が発動しました、危なかったです。助かりました』
「──っ!」
これは、この会話は……。
『多少、不自然になってしまいましたが、後一人、確実に始末したいので、仕方ありません。本当は二人なのですが、最後の一人は、まあ、余裕があれば……。
はい、大丈夫です、リリー様』
この距離感……、まだ院内にいますね。
場所は……。
「ジャス? どうした?」
「……エル様、まだこの院内に、術者がいます」
「何?」
「誰かと会話している声が聞こえました。場所は──」
人々の話し声、足音。何か買い物をしている人が周りにいる?
時計が、時間を知らせている音がする。時刻は正午。
たしか、大治療院のエントランスには庭園があり、そこに花時計があったはず。それが時刻を知らせているのでしょう。
その音は、ここより近い。
次の患者を呼ぶ声──。
ああ、ここは……。
私はその音の方向を見る。
「──あそこです」
私はその場所を指差しました。
部屋の窓から見えるその場所は、大治療院の入院病棟のすぐ隣にある、診察棟。主に外来の患者を診る場所です。
二階建ての吹き抜けになっており、売店やレストランなどもあったはず。つまり、一般人がいても怪しまれない場所です。
私たちのいる四階からは、診察棟の屋根部分が見えます。明かり取りのためか、一部が天窓になっています。
「エル様、すぐに診察棟を封鎖させます!」
と、ロナルド様。魔動通信機でどこかに連絡をとりつつ、部屋を出ていきました。
ちなみに、魔動通信機は基本的に、折りたたみ式のコンパクトミラーの様な形状をしています。折り畳んだ状態でも通話が可能です。
「頼む。俺たちはその術者を追う!」
「え? ですが……」
どうするのですか?
「大丈夫だ。俺は強い! ジャス、詳しい場所はわかるか?」
「は、はい!」
あら? なぜかエル様は窓を開けています。
「ジャス! 来い!!」
「はい!?」
思わずエル様の手を取ると、そのまま引き寄せられ、横抱きにされます。
「え? え? あの!?」
「しっかり、捕まっていてくれ!」
そのまま、エル様は窓から飛び降りました。
ちょっ!? ここ四階なんですけど──っ!?
◆???視点◆
「!」
わずかな魔力の揺らぎを感じて、私は辺りの様子を伺った。
『どうしました?』
「いえ、何か様子がおかしいです。……切りますね」
『わかりました』
「おそらくですが、これが最後の連絡となるでしょう」
『……そうですか。ご武運を』
通話を切り、魔動通信機に魔力を過剰に流して破壊する。
施設の防護壁が働いている? まさか私のことがバレたのか!? いや、一体どこで? そんな隙はなかった筈だ……。
私は壊れた魔動通信機を近くのゴミ箱に捨て、その場を立ち去ろうとした。
その時、派手な音が辺りに響く。
「──っ!?」
思わず足が止まる。
何事かと思い、あたりを見回すと少し離れた場所に、女性を横抱きにしている男性。
その周りにパラパラと降り注ぐ、煌めく金の、羽根──?
彼らが天窓を突き破ったのであり、周りに降っているのが、そのガラス片だと気づくのに数秒かかる。
同時に、男女の話し声。
「エ、エル様、なんて無茶を……」
「防御壁を周りに張ったから、怪我はないぞ?」
「そういう問題では、ありません!」
女を横抱きにしている男が、割れたガラスを踏みしめながら、少し影になっている場所へと進む。
そして気づく、黄緑の髪……。
(エルドレッド第一王子!?)
思ってもみなかった人物の登場に、私は内心慌ててしまう。
不味いと思ったが、突然天窓を突き破ってきた彼らに驚く人間は、他にもいるので不審に思われることはないだろう。
「それでどいつだ?」
「そうですね……」
エルドレッド殿下が、女をおろして何かを聞いている。
女は周りを見回した後、私に目を止めた──。




