15嘘とプリンの味
◇
「ジャス。何があった?」
帰りの馬車でエル様が口を開きます。
「殿下?」
と、ソル先生。
「ええっと、そうですね……」
私は皆さんに説明することにしました。
「その、確信はないのですが、ターフ子爵は、どこか嘘をついているのではないかと思いまして……」
「嘘を?」
「はい。元婚約者の話をしている時、ターフ子爵の心拍数が上がったので、もしかしたらと。
ですが、勝手なことを言ってしまって申し訳ありません」
「いや、いい。しかしどの部分だ?」
「すみません、そこまでは……」
心音で嘘をついていることはわかりますが、どの部分について嘘をついているかまではわかりませんからね……。
「おや、ジャス様は特異魔法をお持ちで?」
「は、はい……」
あら? 危険思想持ちのソル先生にバレるのは、マズイでしょうか?
ただ微笑んでいるだけなのに、なぜか背筋がひんやりします……。
「ああ、詳しくは語らなくて結構。言いたくないこともあるでしょうし」
「ありがとうございます……」
「しかし、ターフ子爵が元婚約者に恨まれていたとしても、『崩壊病』が発症したのは夫人の方なんですよね?」
「女性は浮気した男性より、浮気相手の女の方を恨むともいいますし──。
あ、でも、婚約者の方はもう、亡くなっているんですよね?」
「それなら、その家族や親しかった人物の犯行という可能性もある。
まあ、ターフ子爵の浮気していた場合だが。いや、逆恨みという場合もあるか。
それにしては復讐がやりすぎな気もするが……。
とにかくピエリス子爵の事は、調べる必要がありそうだな」
その後、私たちはソル先生を医療院に送り届けました。
ソル先生はこの後も、診察があるそうです。
過労で倒れないか心配ですね……。
「さて、城に帰るにはまだ早いな。どこかで食事でもしよう」
「え? ですが……」
「ロナルドに怒られますよ?」
「いいじゃないか、この近くに新しいカフェができたらしい、行くぞ!」
「ええ……」
私は、パーシーさんをチラリと見ます。
「はあ、こうなるとロナルドにしか止められないんで、諦めてください……」
「わかりました……」
正直、色々な意味で食欲がないのですが……。
私たちの心配をよそに、馬車は行き先を変更したのでした。
◇
「ほう、結構いい感じの店だな」
やってきたのは東部第二翼区に新しくできた『夕暮れカフェ』。
どうやら午後から夜にかけて営業しているから、そんな名前が付いたそうです。個室や半個室もあるので、貴族の方々にも人気だとか。
席は奥の半個室にさせていただきました。個室は予約制で、すでに埋まっているそうです。空きがあれば、予約無しでも利用できるとか。
「何にする?」
「えーと、赤いもの以外のものなら何でも……」
「肉系も、ちょっと遠慮したいっすね……」
失礼だとは思うのですが、どうしても先ほど見たノーリーン夫人の姿がチラついてしまって……。
やはり、人と魔獣は違いますよね……。
メニューを見るとこのお店は、軽食なども提供していますね。夜までやっているからか、お酒の提供もあるみたいです。
ん? これ普通の飲食店では?
「でしたら、こちらはいかがです?」
そこに声をかけてきたのは、一人の男性でした。
クリーム色の髪に茶色の瞳をした、優しげな青年です。
「貴方は?」
「オレはカール。この店の従業員です! メニューに迷っていたみたいなので、アドバイスを、と思いまして!」
「あ、ありがとうございます」
私はチラリと二人を見ます。
パーシーさんは頷いてくれました。どうやら、このまま話を合わせていいみたいです。
一応、お忍びという体なので、不自然な事はしない方がいいでしょう。
エル様はというと……。
「おお! それならおすすめを教えてくれ。できれば甘いものを頼む!」
乗り気です。いいのでしょうか?
「かしこまりました! では、赤くないものがいいとのことでしたので、こちらなんかはいかがです?」
カールさんは、タルトやシフォンケーキ、チョコレートパフェなどの赤くないものをおすすめしてくれます。それ以外には、クリームを使ったパスタなども。
「じゃあ、僕はたまごサンドで。飲み物は紅茶。砂糖とかはいらない」
「私はレアチーズケーキで、飲み物はミルクティーでお願いします。エル様はどうします?」
「俺は、スペシャルチョコレートパフェに、チョコタルトとプリン。それとホットコーヒーだ! ブラックで頼む!」
「かしこまりました〜」
カールさんは注文を受けると、厨房へ戻っていきました。
エル様結構、結構食べますわね。スペシャルパフェはメッチャ大きなやつなんですが……。
あ、でも、コーヒーでバランスが取れているのでしょうか?
「エル様、それ夕食、食べられなくなるやつですよ?」
「い、いいじゃないか、こんな時でないと、甘いモノなんてたくさん食べられないだろ!」
「ロナルドに怒られても、知らないっすよ?」
「う……。チョコタルトは、持ち帰りでもいいか……」
エル様、ロナルド様に弱いのですね……。
その後、頼んだものが到着したので、美味しくいただきました。
「お、このプリン美味いぞ! ジャスも食べてみろよ!」
「え? え?」
エル様がキラキラした目で、プリンを進めてくださいます。
ええと、王子様と食べ物をシェアしていいのでしょうか?
私はチラリとパーシーさんをみます。
パーシーさんからは、「付き合ってあげてください」というオーラがでていました。
「ありがとうございます」
私はエル様のプリンを、一口いただきます。
「ええ、確かに美味しいですね〜」
正直、味なんてわかりません!
なぜか、顔が熱い気がします〜!!
「だろ!」
「お返しに、私のチーズケーキもいかがです?」
って、何勧めているの、私〜!
でも、お返ししないと、悪いじゃないですか〜! 他意はないんです〜!!
「いいのか!? ありがとう!」
エル様は躊躇なく、私のチーズケーキを一口、口に運びました。
「お、コレもおいしいな!」
「ですね〜」
「パフェの方も食べるか?」
「い、いえ〜、もう十分です〜」
そうして何とか食事がおわりました。
後半は殆ど味が分かりませんでしたけど。
エル様は、チョコタルトを持ち帰り用に包んでもらうことにしました。
そうして、落ち着いたところで、お仕事のお話を少々。
「──しかし、罹患者達の繋がりは、やっぱりよくわからんな」
と、エル様が食後のコーヒーを飲みながら語ります。
「そうっすね。でも、イーモンとターフ子爵は友人なんですよね?」
「だが、罹患しているのは、ターフ子爵の妻だ。
ミック・サプリングの奥方は、ターフ子爵達やティモシーのことは知らないらしいしな」
ミック・サプリングの奥様は、あの手紙の存在を知らなかったので、ミックさんがしていた〝何か〟には気づいていなかったみたいですね。
「でも、そのあたりに繋がりがある気がしますね……」
「だな、その辺を炙り出すために……」
「出すために?」
「ザンの主催する夜会に参加しようと思う!」
「え? それって……」
「いや、無理っしょ? というか、どうしてそこに繋がるんです?
そもそも、ザンの主催する夜会は、招待状を確保するのがかなり難しいですし、エル様が仮面つけてもすぐバレますよ? そんな黄緑の髪、他にいませんから」
「いやいや、こんな髪色、他にもいるだろ?」
「同年代の貴族の男に、黄緑色の髪は他にいないっす」
「マジで!?」
「マジっす」
そういえば、若い男性で黄緑色の髪の方って、見た事ないかもしれません。
貴族以外には、いるかもしれませんが……。
つまり、『エル』と名乗っていても、エルドレッド殿下と普通にバレていた、ということですね〜。あらら〜。
「ぐぬぬ……。だったら、髪色を変えて……」
「お持ち帰り用のタルト、おまちどうさんで〜っす」
その時、カールさんがチョコタルトを持ち帰り用に包んで、持ってきてくれました。
「おわ!? あ、ありがとう……」
「それじゃ、お会計の時は呼んでくださいね〜」
そう言って、カールさんは厨房に引っ込みました。
「そもそも、一国の王子様を怪しげな夜会になんて、放り込めるわけないじゃないですか」
「し、しかしだな。俺は特殊調査部隊『梟』のリーダーとして……」
「普通、リーダーってあまり現場に出ませんけどね?」
「ぐぬ……」
「そんなに参加したいのですか? 仮面舞踏会……」
「うむ、どれだけいかがわしいのか、見てみたい!」
「ダメっすよ? ロナルドに報告しますね」
「そ、それは、やめろよ……!」
「そもそも、招待状を手に入れるのが難しいですけどね」
「それはそう」
その後、ささやかな食事会は、お開きとなりました。
エル様とパーシーさんは私を邸宅に送り届けた後、馬車で帰っていきました。
明日は、午後から王宮に登城予定です。
◆???視点◆
「はあ? 何だよ、これ……」
男は自身の身に起きた出来事を、信じられないといった面持ちで見つめていた。
数日前から黒ずみ始めた左手の人差し指が、今朝起きた時には真っ黒になっていた。
しかし、痛みはないし指も普通に動く。だから放置していたのだが、机に置いてあったグラスを手に取った瞬間、黒ずんだ指がグシャリと潰れたのだ。
潰れた指先は、腐ったトマトのように、机の上へと落ちた。
しかし、痛みは感じない。血もほとんど出ていない。
それが恐ろしさに拍車をかける。
「あ……ああ……。だ、誰か、誰かいないかっ!!」
「どうしました?」
「ゆ、指が……。ち、治療師、治療師を呼んでくれ……!」
男は貴族であったため、すぐに治療師が呼ばれた。
だが、治癒魔法は全く効果がなく、傷口が塞がる事はなかった。
次の日には手だけでなく、足の指にも黒ずみが発生していた。
男はもっと専門的な治療ができる治療院へと自ら向かったが、原因も治療法も結局はわからなかった。
男は治療院に入院することになった。
その情報は、すぐさま特殊調査部隊『梟』へと送られた。
◆おまけ◆
「エルドレッド様、おかえりなさいませ。……大丈夫でしたか?」
エルドレッドが執務室に戻ると、ロナルドが出迎える。
彼はエルドレッドに頼まれ、別のことを調べていたのだ。
「ああ、問題ない。あとで調査資料をまとめる。それとこれ、お土産だ」
「お土産、ですか?」
エルドレッドは帰りに寄ったカフェで購入した、チョコタルトが入った箱をロナルドに渡す。
「おや、チョコレートタルトがふたつ。どういう風の吹き回しです?」
「まあ、いつも世話になってるからな」
「そうですか、ありがとうございます」
ロナルドは嬉しそうに受け取った。
(よし、これで何かあっても、多少は大目に見てもらえるかもしれん!)
そんな打算で、ロナルドに土産を渡した、エルドレッドだった。
しかし、のちほどパーシーが告げ口したので普通に叱られたし、その日の夕飯もあまり食べられなかったので、それも怒られた。




