14罹患者②
◇
ターフ子爵の邸宅は、東部第二翼区の特に貴族の邸宅が集まる区域にありました。
庭も建物も広く、とても裕福な貴族の家といった感じです。
ちなみに、第一翼区と第二翼区の違いは、土地代です。
第一翼区は土地代が高いですが、その分、警備が強化されています。
そのため、上級貴族が多く邸宅を構える様になりました。
「ようこそいらっしゃいました。ベンジャミン・ターフです」
我々を出迎えてくれたのは、ターフ子爵ご本人でした。
焦茶の髪と、橙の瞳の男前さんです。
確か、三年ほど前にご結婚して、お父上から爵位を継いだとか。
「特殊調査部隊『梟』のエルだ。こちらは部下のジャスとパーシー。そして、同行してもらったソル・ツイッグ先生だ。
本日はノーリーン夫人の件で伺った」
「はい、存じ上げております。こちらへ……」
私たちは豪華な応接室に通されました。ターフ子爵は随分と羽振りがいい様ですね。
それぞれソファに座ると、侍女たちがお茶を用意してくれます。
だけど、みなさんの表情が暗いのが、気になります……。
「では、話を聞かせて欲しい」
「わかりました。治療院やソル先生に話した事と重複してしまうのは、ご了承ください」
「構わない」
「では──」
ターフ子爵によれば、ノーリーン夫人が発症したのも、三ヶ月ほど前らしく、その時の状態もミックさんや、イーモン様たちと、ほぼ同じ症状です。
指先が黒くなり、治療師による治癒魔法も効かず、溶ける様に崩壊が始まったそうです。
治癒魔法が効かないので、今は医療師のソル先生が診ているとのこと。
「発症した時に、何か変わったことは?」
「い、いえ、特には……」
「ご友人のイーモン殿と貴方は、ザンの主催する仮面舞踏会に参加したそうだな?」
「え? ああ、はい。確かに参加しました。ですが、妻はそれには参加しておりませんので……」
「そうか。ところで、イーモン・ファーン男爵子息とダニー・モス男爵子息とは友人なのか?」
「はい。二人とも、領地が隣なのと、年が近いので幼い頃からの付き合いです」
「仮面舞踏会には、よく参加するのか?」
「え? いえ、付き合いがあれば、その、断りきれずに……」
既婚者で仮面舞踏会に参加するということは、浮気相手を探している様なものなので、答えづらいでしょうね〜。
仮面舞踏会は基本的に、一夜限りの出会いを楽しむ場ですからね〜。
「では、ザンの主催する夜会には?」
「抽選に当たれば友人達と共に参加していました。大体、年に三〜四回程度でしょうか? ザンの夜会は。招待状一つで四人まで参加できますので……」
「なるほど。ノーリーン夫人は、その頃に何か普段と違うことはしていたか?」
「さあ……? いつもの様に友人のお茶会などに、参加していたと思いますが……」
「夫婦なのに、把握していないのか?」
「い、いえ、その、お恥ずかしい話なのですが、妻が病になる前あたりから、夫婦仲があまり良くなくてですね……。お互いの生活について、知らないことも多くなっていまして……」
「では、ノーリーン夫人にお話を伺うことは──」
その時、何かが割れる様な凄まじい音が、廊下の方から聞こえてきました。
「──っ!」
パーシーさんとソル先生が、エル様を守る様に音の方を警戒します。
私は特異魔法で、音の出所を探ります。
『あああああ──っ、顔が、わたくしの顔がぁ──っ!!』
『奥様、落ち着いてください!』
『なんで、なんで、治らないのよぉ──っ!!』
そんな声と共に、何かを壊す様な音が響きます。
どうやら、ノーリーン夫人が乱心している様です。
その時、応接室のドアがノックされました。
「どうした?」
「失礼します。旦那様、奥様が……」
「わかった。すぐ向かう」
執事の言葉に、ターフ子爵が頷きます。
「ソル先生、よろしいですか?」
「わかりました」
「我々も、ついていっても?」
「話ができるかどうかは、わかりませんが……」
「構わない」
「では──」
◇
『〜〜〜〜っ!!』
ノーリーン夫人の寝室の前までくると、何かが壊れる音と悲鳴が、部屋の外にまで聞こえてきます。
「では、まずは私とターフ子爵で部屋の中に入りましょう」
「……わかりました」
「ノーリーン、私だ。ソル先生が来てくれた。入ってもいいかい?」
ターフ子爵が部屋のドアをノックして、声をかけます。
少ししてドアが開き、侍女の方が顔を出しました。
そして、ターフ子爵とソル先生が、部屋の中へと入ります。
そこから少し経って再び扉が開き、ソル先生が顔を出します。
「大丈夫です、中に入ってください」
「わかった」
そうして、ソル先生とパーシーさん、私はノーリーン夫人の寝室へと入りました。
「失礼する」
寝室は綺麗に片付けられていました。
室内は消毒液と花の匂いが混じり合った、奇妙な匂いが漂っていました。
至る所に飾られた百合の花が、その花の香りの正体みたいです。
部屋から響いていた音は、おそらく花瓶が割れた音だったのでしょう。
ノーリーン夫人は、天蓋カーテンに囲われたベッドの上にいる様です。
天蓋カーテン越しなので、その姿ははっきりとは見えません。
「特殊調査部隊『梟』のエルと申します。こちらは部下のジャスとパーシー。私の部下です。
夫人には話を聞かせてもらいたいのですが、よろしいですか?」
「……はい。お見苦しい状態ですが、ご了承ください」
ノーリーン夫人は、少し痰が絡んだ様な話し方をしていますが、今は落ち着いている様です。
「夫人の症状が出始めた時、何か変わったことはございませんでしたか?」
「変わったこと、ですか?」
「ええ。些細なことでも構いません」
「……そう、ですね。その頃は仲夏の頃でしたので、例年通り暑気払いの会を連日楽しんでいました」
暑気払いの会は、夏によく行われる涼をとるためのお茶会です。
この国は夏の暑さがかなりキツイので、涼むことを目的としたお茶会がよく催されます。
そういった理由で、貴族の邸宅には水路や池、噴水などが多かったりします。
「お客様を呼ぶこともあれば、友人宅の暑気払いに毎日の様に参加していました。
変わった事といっても、特に思い当たるものは無いですね……」
「そうですか」
「ああ、でも──」
ふと、ノーリーン夫人の言葉の端に、笑っているかのような響きが混じりました。
「わたくし達を恨んでいる人は、確実にいるんじゃないかしら? ねえ、ベンジャミン?」
「ノーリーン?」
「ああ、なんで貴方なんかと結婚してしまったのかしら?
初めから知っていたら、わたくしはこんな目には遭わなかったのに……!!」
ノーリーン夫人の言葉がどんどん、荒々しくなっていきます。
「みなさん、一旦、外に出ましょう」
ソル先生に促され、私たちはノーリーン夫人の部屋を出ることにしました。
「逃げるんじゃないわよ、ベンジャミン!!」
その時──。
「うっ!?」
ターフ子爵に枕が投げつけられます。
「──っ!?」
その拍子に天蓋カーテンが捲れ、一瞬ノーリーン夫人の姿が見えてしまいました。
肌は赤黒く爛れ、顔はほぼ筋繊維が露出しており、元の顔がわからない状態でした。
天蓋カーテンが閉まり、再び私たちとノーリーン夫人を遮ります。
「──お、お引き取りください」
ノーリーン夫人はそう言ってゴボゴボと、咳き込んでしまいました。
ソル先生に後を任せて、ノーリーン夫人の部屋を後にします。
「……先ほどの夫人の言葉は、どういう意味だ?」
応接室に戻ってくると、エル様が口を開きます。
「そ、それは、その……」
「言えない話か?」
「──その、私には、幼い頃からの婚約者がいました」
腹を括ったのか、ターフ子爵が話し始めます。
「しかし、成長した私はノーリーンに心を奪われており、彼女との結婚を望んでいました。
そのため、婚約解消を申し出ようとした時に、相手の家が没落して婚約の話自体がなくなり、ピエリス家は一家離散に追い込まれました。婚約者の行方も分かりません。
それで私はノーリーンと結婚することができました……」
「その相手は?」
「……ピエリス子爵です」
「なるほど、確かに三年ほど前に爵位を返上しているな。その元婚約者が恨んでいるかもしれないと?」
「わ、わかりません。──その、すでに彼女は、亡くなっているので……」
あら? この方……。
「……本当に、わかりませんか?」
「え?」
「本当に、元婚約者の方に何もしていませんか?」
「な、何を言いたいのですか?」
「いえ、何もないのならいいのです」
「なにも、なにも、ありませんよ……!」
「そう、ですか……」
「ジャス?」
その後、ソル先生も処置が終わり、応接室に戻ってきました。
これ以上の聞き取りは無理そうなので、ターフ子爵の邸宅は後にしました。




