13罹患者
◆
「さて、今日はイーモン・ファーン男爵子息とノーリーン・ターフ子爵の元へ向かう」
次の日の午後、エル様が馬車で迎えにきました。
馬車には、パーシーさんも乗っています。
「今日はロナルド様はいないのですね」
「アイツは他に仕事があってな。何かあれば魔動通信機で連絡できる」
「なるほど」
私は、エル様とパーシーさんの対面に座りました。
「場所的に、まずはイーモン・ファーンからだな。
昨日説明した通り、ファーン男爵家の三男だ。道楽者で仕事もしないで家の金を食い潰すので、家族には疎まれていたそうだ。
現在はファーン男爵家の持っている別邸で療養しているらしい。ソル先生は先にそちらに向かった」
ソル先生とは、現場で合流ですね。
「その、かなり状態がよくないらしいので、覚悟してくれ。ジャスは特異魔法で周辺を探ってくれればいい」
「わかりました……」
崩壊病とは、一体どんな病なのでしょうか……?
馬車は東部に向かって走ります。
◇
「ここが、ファーン男爵家の別邸らしいが……」
着いた先は、東部第二翼区の外れにある一軒家でした。
二階建てで、昨日伺ったサプリング家と同じ大きさの家ですが、えーと、その、廃墟みたい、ですね……。
庭もありますが、草がボーボーです。
疎まれているとはいえ、本当に病人のご子息を、こんなところに?
とりあえず、私は特異魔法の〝音量調節〟を展開し、周りの音を探っておきます。
「やあ、みなさん。おはようございます」
エル様にエスコートされながら馬車を降りると、ソル先生が出迎えてくれました。
そのお隣には、年配の侍女がいます。
「こちらはニナさん。イーモン様のお世話をしている方です」
「特殊調査部隊『梟』のエルだ。こちらは部下のジャスとパーシー。
早速だが、話を聞かせてほしい」
「かしこまりました。どうぞ」
私たちは、家の中に案内されます。
室内は意外にも綺麗にされており、生活するには問題がなさそうでした。
応接室に通され、まずはニナさんに話を伺います。
「イーモン殿の具合はどうだ?」
「……あまり良くはありません。かろうじて形を保ってはいますが、包帯を交換するだけでも体が崩れてしまうのです」
包帯を巻いて、かろうじて形を保っている状態、ですか……。
「イーモン様には多少の痛みもあるが、それは鎮痛剤で抑えることはできている。
だが、いつまで薬を摂取できるかは、わからないな」
と、ソル先生。
「ニナさんはイーモン殿が発症した時のことは、覚えているか?」
「ええ。大体、三ヶ月ほど前ですね」
エル様の問いに、ニナさんが答えます。
大体みなさん、同じ時期に発症していますね……。
「確か、イーモン様はいつもの様に朝帰りをした筈です。
その時、手の指先が黒ずんでいるのに気がつきました。特に痛みもなかった様で、インクで汚したのかもしれないと仰っていました。
しかし、その黒ずみは消えることなく広がって行き、一週間ほどたちますと、指はどろりと崩れてしまいました。
流石に慌てて、ソル先生に診てもらったのですが、原因は不明。なんらかの原因で壊死したのかもしれないと思われたのですが、その状態でも痛みはなく、肉体自体は、健康そのものだったのです」
初期症状も、ティモシーさんと同じですね。
「その後も、体の黒ずみと崩壊は止まることなく、今ではベッドからほとんど動くこともできません」
「イーモン殿が発症した頃に、なにか不審なことはなかったか?」
「不審なこと、ですか?」
「例えば、普段とは違う何かだ。些細なことでもいい」
「そうですね……。三ヶ月前から、ではないのですが、ここ数年はイーモン様がお金に困っている様子は、なかった事くらいでしょうか?」
「金に困っていなかった?」
「はい。イーモン様は、その、道楽が好きな方なので、そのためのお金をお父上にもらっていました。
ただ、ご長男様が当主になってからは、それも厳しくなり、そのお金に困っていたみたいです。
でも、病を発症した頃はそうではなかったような……? 気のせいかもしれませんが」
「つまり、家族に遊ぶ金を要求していなかったと?」
「はい」
「お仕事を見付けたとかではなく?」
「それは無いかと。イーモン様は、働くことがあまりお好きではないので……」
「そ、そうですか……」
お家が裕福だと、働かなくても済みますからね、羨ましいですね。
私の家で暇そうにしていると、領地の魔の森へ強制的に散歩に行かされます。魔獣の繁殖期は特に地獄でした……。
「そうなると、本人にも話が聞きたいのだが……」
「そうですね。イーモン様の様子を見てきますので少々、お待ちを」
ニナさんが応接室を後にします。
「ジャス」
「はい、エル様。何かありましたか?」
「連れてきておいてなんだが、君は見ない方が……」
「──イーモン様と会うのに、危険はありますか?」
「いや、無いとは思うが……」
「でしたら、問題はありませんね。エル様の部下として同行しますわ」
「そ、そうか。だが、気分が悪くなったら、遠慮なく部屋を出てくれ」
「わかりました」
魔の森が領地にあると、色々と耐性がつくものですからね。
きっと、なんとかなるでしょう。
「大丈夫だそうなので、ご案内します」
ニナさんが戻ってきて、イーモン様の寝室に案内してくれます。
「こちらです」
イーモン様の寝室も、とてもシンプルでした。ただ、なんとなく消毒液のような匂いがしました。
彼の部屋も、ベッドとサイドテーブルしかありません。ただ、掃除は行き届いています。
「す、すみません。こんな姿で……」
イーモン様は、ベッドの上で身を起こしていました。
全身を包帯でぐるぐる巻きにしており、その上にナイトガウンを着ています。
顔の半分は包帯で覆われており、その隙間から金色の髪がはみ出していました。
ベッドに座っている状態で、下半身には掛け布団をかけており、両手にはミトンの様な手袋をしているので、体の状態は良くわかりません。
「いえ、ご無理はなさらず。具合はどうですか?」
ソル先生が尋ねます。
「……はい、相変わらずです。多少の痛みはありますが、両足がなくなっても、のたうち回る様な痛みはありません」
「そうですか。では、いつもの鎮痛剤を出しておきますね」
「ありがとうございます。……それで、オレに話を聞きたいんですよね?」
「ああ。君が病を発症した時、何か変わったことはなかったか?」
「そうですね……。ターフ子爵に誘われて、仮面舞踏会に出席しました。それぐらいでしょうか?」
「仮面舞踏会? 誰の主催だ?」
「ザン・です」
「あいつか……」
ザン・フィーバーヒューは社交界の有名人です。
貴族であることは間違い無いらしいのですが、爵位は不明。顔も正体も不明。
たまに仮面舞踏会などの、大人の夜会を主催したりする謎の人物です。
ちなみに、仮面舞踏会はその名の通り、仮面をつけて行われる夜会です。
仮面をつけ、素性を隠して参加します。
本来はいつもの自分を忘れて羽を伸ばすのがコンセプトだったのですが、素性がわからないのを良い事に、一夜限りの恋を探しに参加する方も多く、主催者もそれを積極的には止めず、たまに犯罪の温床になるので、取締りが行われたりもします。
「そこで、一人の女性と知り合いましたが、友人たちと一緒に食事をしたくらいで、その時は終わりました。女性が体調を崩したので……」
「友人?」
「ベンジャミン・ターフ子爵と、ダニー・モス男爵子息です」
「ベンジャミン・ターフといえば、ノーリーン・ターフの夫だな。ターフ子爵の若き当主だ」
「それでは……」
繋がりが見えてきました!?
「ベンジャミンの奥方様も、オレと同じ病ですよね? だけど、オレと奥様とはあまり関わりはありませんよ?」
あら? 振り出しかしら?
「そうか。仮面舞踏会で知り合った女性については……流石にわからんか」
「そうですね。……すみません、そろそろ」
「ああ、話を聞かせてくれて、ありがとう。何かあったらまた頼む」
「もちろんです」
イーモン様が体調を悪そうにしていましたので、この日の聞き取りはそれで終了となりました。
こうして、私たちは、イーモン様のお宅を後にしました。
ニナさんにお礼を言ってから馬車に乗り込み、次はノーリーン・ターフ夫人の元へと向かいます。
「……意外と落ち着いていましたね、彼」
パーシーさんが口を開きます。
「ああ、発症した当初は泣き叫んでいたと報告書にはあったが……。ジャスは何か気になることはあったか?」
「いいえ、特にはなかったですね」
あの家には、イーモン様と侍女のニナさんしかいなかったですし。
他の使用人は、通いなのかもしれません。
「彼も長くはないでしょうからね。覚悟を決めたのかもしれません」
と、ソル先生。
「医療師がそういうことを言うなよ……」
エル様が呆れつつ、次は馬車はターフ子爵の邸宅へと向かいます。
◆???視点◆
「……」
「へえ、我々の事、話さなかったんすね」
客人が帰った後、イーモンの目の前にゆらりと黒い影が現れる。
いや、黒いローブを着た人物だ。
フードを目深にかぶり、口元にも黒い布を巻いているので、実態を持った影の様に見える。
侍女のニナは食事の支度に入っている。当分、この部屋に人が来ることはないだろう。
「……お前が話すなと言ったんだろ?」
「まあ、そうですが」
「それより、約束のものをよこせよ」
「ずいぶんな口ぶりだ。アンタ、自分の立場わかってる?」
「……」
「まあいいか。どうせアンタも、もう死ぬし。はいこれ」
影は小さな小瓶をイーモンに渡した。
中には透明な液体が入っている。
「お、おお。これで……」
イーモンは指のなくなった手で、必死に小瓶を開け、中身を一気に呷った。
手から、空になった小瓶が落ちる。
イーモンはベッドに倒れ込む。
同時に、激しい痛みが彼を襲った。
「が……!?」
「呪いを無効化しましたんでね。肉体が、本来あるべき自身の状態を正しく認識するようになる。まあ、そうなるよなぁ?」
全身の神経を剥き出しにされたかのような激痛に、イーモンはのたうちまわる。
ほぼ無痛から一気に激痛へと晒された肉体は、ショック状態に陥り、やがて呼吸が止まる。
辛うじて肉体を繋いでいたものがなくなり、肉体の崩壊が一気に進む。
包帯やナイトガウン、シーツに赤黒いシミが広がる。
影はイーモンが汚泥へ変わったのを確認すると、床に転がる小瓶と瓶の蓋を回収した。
「……まったく、最後まで謝罪はなかったな。死の淵にいても、性根はそうそう変わらんか」
そう呟くと、影は霧の様に姿を消したのだった──。




