37.決戦・5
先程まで、活気に満ちていた身体から力が抜けていくのを感じた。
焦り、不安、空虚、無念、嫌悪、困惑……様々な感情が渦巻き、身体を支配する。
やるせない気持ちが駆け巡り、張りつめた緊張の糸が「プツリ」と音をたて、身体中を巡る神経の糸も同時に引き千切った。
(あぁ……どうしよう?さっきまで、あんなにも軽かった体が鉛のように重い)
集中が途切れ、忘れていた疲労が波のように一気に押し寄せて来て、億劫な倦怠感を生み出していき体の自由を奪った。
力が抜け「ガックン」と膝が地に着く。跪き首を垂れて地に伏した。その姿は、誰の目にも何もかもを諦めた様に映る。
「……ユウヤ……悪いけど、俺は行くよ」
その言葉を残し、友は戦場に赴くため、この場から去っていく。
周囲ではまだ戦闘が続いており、戦闘の余波が大地を揺らし、辺りを喧々と争乱の渦が広がっていく。その渦中に、たった一人「ポツンと」置物の様に独りで鎮座する。
戦意は失ってはいない。けど、心を奮い立たせるには至らない。
ほんのわずかな時間の流れが、永遠に続く悠久の一時を感じさせた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
……どれだけの時間、項垂れていただろう。
燻る想いを胸中に抱え、石像のように体を強張らせた僕の前に一つの影が近づいた。
「ボット」と鈍い音を立て、眼前に何かが落とされた。ちょっとした小物が入りそうな麻袋だ。落ちた衝撃で封が解かれ、麻袋から幾つかの回復薬と食料の姿が覗けた。
「…………ノワール」
頭を上げて、落とし主を視認する。
掻き消えそうな小さな声で、戦地に舞い戻った相棒の名を呟いた。
膝を着いている僕の視線の位置は、彼の眼の位置とちょうど等しく、真正面に向き合った。その眼差しの前では、瞬きをすることさえも恐れ多い。そんな畏敬の念を抱かせる眼だ。
数瞬の間、見つめ合う。
やがて、ノワールが咥えていた巻物を地に置く。地に置かれた巻物は、不自然なほど自然に広がった。広がった巻物の内容に反射的に目が往く。
『ユウヤさんへ ノワールを貸して頂いてありがとうございました』
『おかげさまで助かりました。ロザリーも少し休めば大丈夫だそうです』
『私は、戦線に戻れませんがユウヤさんは、頑張って下さい。 イヴより』
『PS:僅かですけど、回復薬と食料も供えて送ります』
簡素な文章が綴られていた。
僕の意識は、最後の一文に向けられていた。「頑張って下さい」という言葉にだ。
その言葉は、他人に対する応援の言葉。そう僕は、頑張った。
この戦場で戦い続けた。無謀な作戦でカノン砲を落とし、慣れない呪文を詠唱して魔法を放ち、他者のため戦力を削ぎ、岩石の雨の中で剣戟を重ね続けた。けれど、目的を達成出来ないかも知れない可能性の前に、諦めという鎖に囚われて膝を屈した。これが僕の頑張った結果だ。
―――――ここで僕は、自身に問いかける―――――
この成果で、自分を「頑張った」と慰めることが出来るだろうか?
ただ純粋に、後悔は無かったと胸を張って言えるだろうか?
僕はこの戦いにおいて、全力を尽くしたと言い切れるだろうか?
自身に幾つもの疑問を投げかけた。
そこで、気づいた胸中に燻る想いに。
身体が言う事を聞かないのは、鉛のように重たくなったからだ。
HPは?MPは?武器の状態は?装備の状態は?他は問題ない。
どうにでもなりそうな事ばかり。鉛の重さは、疲労から来ている。
表層意識が休息を求め、訴えている。想いが一致していない。
なら、自らの意志で想いを一致させろ!身体を奮い立たせろ!
熱い想いに呼応して、全身を駆け巡る血潮が熱を帯びる。
けれど、足りない………全身を囚わる鎖を断ち切るには、まだ、足りない‼
(もっと、もっと、もっと…………滾れ‼奮わせろ‼)
記憶を掘り起し、過去の情景を思い出す。自身の根幹を……
「ピシッ、ピシッ」と亀裂が入る音が響く。
そして、根幹にあったのは、鮮やかさや雄大さなどからは、ほど遠い黒一色。
他に映える色彩が存在するなか、地味な色が背景の景色が僕の根幹だった。
「何故?」と疑問を抱くよりも先に「やっぱり」と思った。
黒は何色にも染まらず、すべてを受け入れる優しい色。
どんな色も色褪せていき、最後は黒に還っていく。黒は色彩が行き着く果ての色姿。そこは、何もかもあって何もない虚空。
そんな色姿に……雄大さも鮮やかも内包していると感じていた。
僕は、すべてを持っていたい。綺麗も汚いも全部抱えていたい。
そんな、傲った想いを体現する色は、黒一色で事が足りた。
自身の内面に触れ、すべてを理解し終えると、身体に力を込め始めた。
「ピキッ、ピキッ」と亀裂が更に裂ける音が響く。
赤が紅に変わり、熱を帯びた血潮の濃度が深まる。身体の炉に火が燈った。
心と体が同じ想いを抱いたとき、僕は鎖から解放された。
(……悔いを残すことない道を歩みたい)
そう思うと同時に、麻袋を拾い上げながら、青年は再び起ち上がった。
次回の更新は、また次の土日になると思います。




