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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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第80話 リトの才能

翌朝。


しゃかしゃかしゃかしゃか。


「ルマ、もうちょい弱く」


「これくらい?」


「そう、それ」


しゃかしゃかしゃかしゃか。


今日も朝から。


私とお兄ちゃんは、クリームを作っていた。


お兄ちゃんが泡立てる道具を動かして。


私が浮遊魔法で、その腕を少し支える。


昨日見つけた方法だ。


「……よし」


「できた?」


「ああ」


器の中には。


真っ白なふわふわクリーム。


「早い!」


昨日よりもさらに早い。


お兄ちゃんも慣れてきたし。


私も、どれくらいの力で支えればいいのか分かってきた。


でも。


「…………」


「何?」


「お兄ちゃん」


「ん?」


「これ、私がいないとダメじゃない?」


「そうだな」


「…………」


それは困る。


クリームを作るたびに。


お兄ちゃんと私。


二人必要になる。


「もっとこう……勝手にぐるぐるしてくれたらいいのに」


「そんなの無理だろ」


「…………」


勝手に。


ぐるぐる。


前の世界なら。


あった。


持って。


ボタンを押したら。


ぶいーん。


「……ミキサー」


「みきさ?」


「なんでもない」


そう。


あれがあればいい。


問題は。


「電気がない……」


「でんき?」


「なんでもない」


でも。


待って。


私は厨房を見る。


火をつける魔道具。


水を出す魔道具。


明かりをつける魔道具。


この世界には。


魔石を使って動く道具がある。


だったら。


回すくらい。


できるんじゃない?


「よし!」


「何が?」


「魔道具にしよう!」


「は?」


私は泡立てる道具を指さした。


「これ! 勝手にぐるぐるする魔道具にする!」


「……できるのか?」


「分かんない!」


「おい」


「だから聞きに行く!」


思いついたら。


確かめればいい。


「ママー!」


私は厨房から飛び出した。


「モルトさんのところ行ってくる!」


「急に何!?」


◇


事情を説明すると。


ママは少し考えてから。


「まあ、聞いてみるくらいならいいんじゃない?」


と言った。


「やった!」


「でも、お仕事の邪魔はしちゃだめよ」


「分かってる!」


「本当に?」


「分かってるって!」


「ルマは思いつくと周りが見えなくなるから言ってるの」


失礼な。


……ちょっとだけ。


心当たりはあるけど。


「まどーぐ?」


足元から声がした。


見ると。


リトがいた。


「うん。魔道具屋さん行くの」


「ぼくもいく」


「え?」


「ぼくも!」


珍しい。


「リトも行きたいの?」


「うん!」


「なんで?」


リトは厨房を見る。


そして。


お兄ちゃんが持っている泡立てる道具を指さした。


「くるくる、つくるんでしょ?」


「うん」


「みたい」


「作るところ?」


「うん!」


いつもなら。


出来上がったものに興味を持つことはある。


お菓子とか。


おもちゃとか。


でも。


作るところを見たい。


なんて言うのは珍しい。


「ママ」


「リトも?」


「うん!」


リトが大きく頷く。


ママは少し迷ったあと。


「ルマ。ちゃんと見ててあげるのよ?」


「分かってる!」


「手を離しちゃだめよ」


「うん!」


こうして。


私とリトは。


二人でモルトさんの店へ向かうことになった。


◇


カラン。


「こんにちはー!」


「……ん」


奥から返ってきたのは。


それだけだった。


作業台に座ったモルトさんが、一度だけこっちを見る。


「…………」


「…………」


終わり?


ママが来たとき。


もうちょっと喋ってなかった?


「モルトさん」


「なんだ」


「作ってほしいものがあるの!」


「……何を」


ほら。


やっぱり。


ママと話すときより。


言葉が短い。


別に怒ってるわけじゃない。


たぶん。


こういう人なのだ。


「これ!」


私は持ってきた泡立てる道具を見せた。


「これをね、勝手にぐるぐるするようにしたい!」


「…………」


モルトさんが。


泡立てる道具を見る。


私を見る。


もう一度。


泡立てる道具を見る。


「……詳しく話せ」


「はい!」


私は説明した。


クリームを作るには。


これを何度も。


何度も。


動かさないといけないこと。


今はお兄ちゃんが動かして。


私が浮遊魔法で腕を支えていること。


でも。


それだと二人必要になること。


だから。


「これが勝手に動いたら、お兄ちゃん一人でもできる!」


「なるほど」


モルトさんが。


泡立て器を手に取る。


「回せばいいのか」


「うん!」


「どれくらい」


「え?」


「速さだ」


「…………」


どれくらい?


「こう!」


私は手を動かす。


しゃかしゃかしゃかしゃか。


「…………」


「これくらい!」


「分からん」


「なんで!?」


「それを見て同じ速さにしろと言うのか」


「…………」


確かに。


「最初はゆっくりで、あとから速くできたらいい!」


「……なるほど」


よかった。


通じた。


「できる?」


「やってみる」


「やった!」


私は喜んだ。


その横で。


リトは。


何も言わなかった。


「…………」


じーっ。


作業台を見ている。


そこには。


小さな魔石。


細い棒。


輪っか。


歯のついた丸い部品。


何に使うのか分からないものが。


たくさん並んでいた。


「リト?」


「ん?」


「何見てるの?」


「これ」


リトが指さしたのは。


魔石ではなく。


小さな丸い部品。


「それ?」


「うん」


「面白い?」


「うん」


……そうなんだ。


私なら。


その横にある。


青く光ってる魔石の方が気になるけど。


「触るな」


モルトさんが言った。


「うん」


リトは頷く。


でも。


そこから離れない。


じーっ。


モルトさんが一度だけ。


リトを見る。


それから。


何も言わず。


作業を始めた。


◇


「まず」


モルトさんが。


小さな魔石を取り出した。


「回すだけなら、難しくない」


「ほんと?」


「ああ」


魔石。


細い棒。


小さな部品。


次々に。


モルトさんの手の中で組み合わさっていく。


「それ何?」


「軸」


「これは?」


「固定具」


「これは?」


「……ルマ」


「なに?」


「少し黙れ」


「はい」


怒られた。


私は黙る。


隣を見る。


リトは。


最初から黙っている。


「…………」


じーっ。


モルトさんの手。


部品。


また。


モルトさんの手。


ものすごく真剣だ。


しばらくして。


「よし」


モルトさんが顔を上げた。


「試すぞ」


「もう!?」


「回すだけだ」


泡立て器につながった棒。


その先に。


小さな魔石と。


いくつかの部品。


モルトさんが魔石に触れる。


ぐるん!


「わっ!」


ぐるぐるぐる。


「回った!」


すごい!


これ!


これだ!


「モルトさん、これ――」


ガガッ。


「え?」


ガッ。


ガガガッ。


ぴた。


止まった。


「…………」


「…………」


モルトさんが。


眉を寄せる。


「だめ?」


「噛み合わせが悪い」


「かみあわせ?」


モルトさんが。


二つの丸い部品を外す。


「ここだ」


「…………」


私は見る。


分からない。


どっちも。


丸い。


「別のを――」


「これ」


小さな声。


リトだった。


「ん?」


リトが。


作業台を指さしている。


「これ」


そこには。


似たような丸い部品。


でも。


さっき使っていたものより。


少しだけ小さい。


「それがどうした」


モルトさんが聞く。


「こっち」


「なぜ?」


「…………」


リトが。


首を傾げる。


「わかんない」


「分からないの?」


私が聞く。


「うん」


「じゃあなんで?」


「んー……」


リトは考えて。


「なんとなく」


なんとなく。


らしい。


モルトさんが。


リトを見る。


部品を見る。


また。


リトを見る。


「……貸せ」


リトが指した部品を手に取る。


「使うの?」


「ああ」


「なんで?」


「試すだけだ」


さっきの部品を外して。


リトが選んだものに替える。


そして。


もう一度。


魔石に触れた。


ぐる。


ぐるぐる。


ぐるぐるぐるぐる。


「…………」


止まらない。


変な音もしない。


「回ってる!」


「……ああ」


モルトさんは。


回っている泡立て器より。


リトを見ていた。


「リト!」


「ん?」


「すごい!」


「?」


「なんで分かったの!?」


「わかんない」


「なんとなく?」


「うん!」


にこっ。


本人は。


何も分かっていないらしい。


「…………」


モルトさんが。


小さく息を吐いた。


「面白いな」


「え?」


「いや」


それだけ言って。


また作業に戻った。


◇


そこからは。


モルトさんが速かった。


「最初はゆっくりだったな」


「うん!」


「途中から速く」


「うん!」


大きさの違う部品を組み合わせて。


魔石から流れる力を調整する。


一つ。


二つ。


三つ。


「試せ」


「私が!?」


「ああ」


渡された魔道具を。


両手で持つ。


ちょっと重い。


でも。


持てる。


「ここ?」


「ああ」


魔石の横についた。


小さな出っ張りを押す。


カチ。


ぐるぐる。


「おお!」


もう一つ。


カチ。


ぐるぐるぐるぐる。


「速くなった!」


さらに。


カチ。


ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。


「速っ!」


「これ以上はいらんだろ」


「うん!」


もう一度押す。


ぴた。


止まった。


「すごい……」


完全に。


ミキサーだ。


「でも」


モルトさんが言う。


「このままじゃ使えん」


「なんで?」


「洗えない」


「あ」


そうだった。


クリームがつく。


「ここを外せるようにする」


先の泡立て器だけ。


取り外せるように。


金具を付け直す。


さらに。


持ちやすいように。


木で持ち手を作る。


魔石の周りにも。


覆いをつける。


「…………」


私は。


その手元を見る。


リトも。


見る。


でも。


私が見ているのは。


だんだん出来上がっていく形。


リトが見ているのは。


モルトさんの指先。


部品と部品が。


どうやってつながるのか。


外した部品を。


どこに置くのか。


「…………」


なんか。


見てるところが違う。


「できた」


モルトさんが言った。


「ほんと!?」


作業台の上に。


完成した魔道具が置かれる。


木の持ち手。


小さな魔石。


その先に。


泡立て器。


前の世界で見ていたものとは。


全然違う。


でも。


「ミキサー……!」


「みきさー?」


リトが聞く。


「うん!」


「それが名前か」


モルトさんが聞く。


「うん!」


「……変な名前だ」


いいの。


私には。


これが一番分かりやすい。


私は。


出来上がったミキサーを持つ。


「ありがとう、モルトさん!」


「ああ」


「これでお兄ちゃんの腕、痛くならない!」


「ああ」


「いっぱいクリーム作れる!」


「……ほどほどにしろ」


「なんで?」


「壊すなよ」


「壊さない!」


たぶん。


「リト、帰ろ!」


「うん」


リトの手を握る。


店を出ようとして。


「あ」


振り返る。


「モルトさん!」


「なんだ」


「ほんとにありがとう!」


「……ああ」


今度こそ。


扉を開ける。


カラン。


その直前。


リトが。


一度だけ。


振り返った。


完成したミキサーじゃない。


作業台の上。


そこに残っている。


たくさんの部品を。


じっと。


見ていた。


◇


「お兄ちゃーん!」


Forest亭に戻るなり。


私は厨房へ走った。


「できた!」


「何が?」


「ミキサー!」


「……みきさ?」


「これ!」


お兄ちゃんに。


完成した魔道具を見せる。


「これが勝手にぐるぐるする!」


「……本当に?」


「見てて!」


器に。


クリームを入れる。


ミキサーを持って。


カチ。


ぐるぐる。


「おお」


「まだまだ!」


カチ。


ぐるぐるぐるぐる。


「おお!」


「もっと!」


「待て!」


「え?」


「飛ぶ!」


「あ」


器の外に。


白い点々。


「…………」


「…………」


「ママには内緒で」


「自分で拭け」


「はい」


少しだけ。


速度を落とす。


ぐるぐるぐるぐる。


しばらくして。


カチ。


ぴた。


「…………」


器の中。


真っ白な。


ふわふわのクリーム。


「できた……!」


私は。


指ですくう。


ぺろ。


「うまぁ……」


「おい!」


「確認!」


「何のだよ!」


ちゃんと。


いつものクリーム。


「お兄ちゃん!」


「ん?」


「腕は!?」


「……俺、何もしてないけど」


「ほんとだ!」


「お前が聞いたんだろ!」


そうだった。


でも。


これなら。


お兄ちゃんが何度も腕を動かさなくていい。


私が。


ずっと横で魔法を使わなくてもいい。


一人で。


クリームが作れる。


「これならクリーム倍もいっぱいできるね!」


「待て」


「え?」


「そういうためじゃないだろ」


「え?」


「俺を楽にするためじゃなかったのか?」


「そうだよ?」


「じゃあなんで仕事増やそうとしてるんだよ!」


「…………」


確かに。


「ほどほどにしよう!」


「絶対だぞ」


「うん!」


その少し後ろで。


リトは。


ミキサーを見ていた。


ぐるぐる回る。


泡立て器。


その根元。


魔石。


持ち手。


「リト?」


「ん?」


「使ってみたい?」


「ううん」


「じゃあ何見てるの?」


「…………」


リトは。


少し考えて。


ミキサーの。


部品が隠れているところを指さした。


「なか」


「中?」


「うん」


「中が見たいの?」


「うん!」


「…………」


変なの。


私は。


出来上がったものが動けば。


それで嬉しいのに。


リトは。


どうやって動いているのか。


そっちの方が。


気になるらしい。


「壊したらダメだよ?」


「こわさない!」


そう言いながら。


リトは。


ずっと。


ミキサーの中を見たそうに。


眺めていた。

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