第79話 浮遊魔法で補助
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翌朝。
私は厨房の台の上に置かれたものを、じっと見つめていた。
「…………」
黄色い。
やわらかい。
そして。
隣には、真っ白なふわふわクリーム。
「ルマ」
「ん?」
「さっきから何見てるの?」
アーリが横から覗き込んでくる。
「ボナナ」
「それは分かるよ」
「と、クリーム」
「それも分かる」
「これをね」
私は両方を指さした。
「一緒にする」
「昨日からずっとそれ言ってるよ?」
そうだった。
昨日、ナオネが持ってきてくれたボナナ。
あのあとすぐに試してみたかったけれど、ストベリのフォレストパンを販売する準備で、それどころではなくなってしまった。
だから。
今日こそ。
「お兄ちゃん!」
「嫌だ」
「まだ何も言ってない!」
「クリームだろ」
「なんで分かったの!?」
「昨日から何回聞いたと思ってるんだよ」
トータがげんなりした顔で言う。
その前には、大きな器。
そして泡立てるための道具。
「昨日もいっぱい作ったんだからな」
「でもなくなったじゃん」
「誰のせいだよ」
「お客さん!」
「そうだけど!」
そう。
昨日。
販売を始めたストベリのフォレストパンは。
売れた。
ものすごく売れた。
試供品を食べてくれていた人たちが買いに来てくれたのもある。
でも、それ以上に。
「ねえ、ルマ」
「ん?」
「昨日のお姉さん、また来てるよ」
「え?」
アーリが食堂のほうを指さした。
見ると。
昨日フォレストパンを買ってくれた女の人が、入口のところに立っていた。
「あ!」
私は厨房から飛び出した。
「こんにちは!」
「こんにちは」
「昨日のフォレストパンですか?」
「そうなの」
やっぱり!
「おいしかったですか?」
「すっごくおいしかったわ」
「やった!」
「それでね」
女の人が少し声を落とす。
「昨日の……白いやつ」
「クリーム?」
「そう。それ」
女の人の目が、少しだけ真剣になる。
「増やせない?」
「…………」
「パンからはみ出すくらい」
「…………」
そこ?
「追加でお金払うから」
「えっ」
「できれば倍」
「倍!?」
「ルマ、どうしたの?」
ママが奥から出てくる。
「ママ」
「なに?」
「クリーム倍ってできる?」
「倍?」
女の人がすぐにママを見る。
「あのクリーム、とってもおいしかったんです」
「あら」
「果実もおいしいんですけど」
「はい」
「私はクリームをもっと食べたくて」
「まあ」
ママが嬉しそうに笑う。
「トータ!」
「嫌な予感しかしない!」
厨房から声が返ってきた。
「クリーム追加できる!?」
「どれくらい!?」
「倍!」
「無理!」
即答だった。
「なんで!?」
「作るの俺なんだぞ!」
「頑張って!」
「簡単に言うな!」
すると。
「あの」
今度は別のお客さんが振り返った。
「私も昨日食べたんだけど」
「はい?」
「私もクリーム多めがいいわ」
「え」
「私も」
「え?」
さらにもう一人。
「できるなら私も追加したい」
「…………」
私はママを見る。
ママも私を見る。
そして。
二人で厨房を見る。
「トータ」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないわよ」
「分かるよ!」
最初に声をかけてくれた女の人が、少し申し訳なさそうに笑った。
「無理なら、昨日と同じので大丈夫よ?」
「あ……」
「昨日のでも十分おいしかったから」
そう言われて。
私は厨房を見る。
トータはもう、大きな器の前に立っていた。
しゃかしゃか。
しゃかしゃか。
今日の分のクリームを作っている。
昨日も。
何回も作ってくれた。
今日も。
朝からこれだ。
それなのに私は。
倍!
とか。
頑張って!
とか。
簡単に言ってしまった。
(……さすがに申し訳ないな)
「ママ」
「なに?」
「ちょっとだけ待ってもらっていい?」
「え?」
私は女の人を見る。
「あの!」
「はい?」
「ちょっとだけ待ってもらえますか?」
「いいけど……」
「もしかしたら、できるかもしれない!」
「本当?」
「まだ分かんない!」
「ルマ?」
ママが首を傾げる。
私はそのまま厨房へ走った。
「お兄ちゃん」
「なに」
しゃかしゃか。
「ごめんね」
ぴた。
トータの手が止まった。
「……何が?」
「クリーム」
「…………」
「いっぱい作ってもらってるから」
トータが私を見る。
「急にどうしたんだよ」
「だって大変そうだから」
「大変だよ」
「やっぱり!」
「だからずっと言ってるだろ!」
ごもっともです。
「私もやったほうがいい?」
「やってくれるなら助かるけど」
「でも私だと、うまくふわふわにならないし……」
「練習すればいいだろ」
「うーん……」
それはそうなんだけど。
トータの腕を見る。
しゃかしゃか。
しゃかしゃか。
同じ動きを。
何度も。
何度も。
「…………」
これ。
なんとかできないかな。
私が全部代わるんじゃなくて。
お兄ちゃんに全部やってもらうんでもなくて。
半分だけ。
手伝う。
「……あ」
「ん?」
「お兄ちゃん」
「今度は何?」
「魔法で手伝ったらいいんじゃない?」
「魔法?」
トータの手が止まる。
「うん!」
私は泡立てる道具を見る。
これを浮遊魔法で動かして。
しゃかしゃか。
しゃかしゃか。
「…………」
いや。
無理だ。
「なんだよ」
「私一人じゃ無理」
「早いな!」
だって。
物を浮かせることはできる。
動かすこともできる。
でも。
こんな細かく。
こんな速く。
しかも、クリームの重さに合わせながら動かし続けるなんて。
今の私には無理だ。
でも。
「お兄ちゃんが動かすなら……」
「俺?」
「うん!」
トータが動かして。
私は。
その力を少し手伝うだけ。
「ちょっとやってみて!」
「何を?」
「いつもみたいに!」
「?」
トータが首を傾げながら。
また道具を持つ。
しゃか。
しゃか。
「ゆっくり!」
「こう?」
「うん!」
私はトータの腕を見る。
前。
後ろ。
前。
後ろ。
動かすのは。
トータに任せる。
私は。
その腕の重さを。
少しだけ。
支える。
浮遊魔法。
「……え?」
トータが止まった。
「どうしたの?」
「今、何した?」
「浮遊魔法」
「俺に?」
「うん」
トータが腕を上げる。
下げる。
「なんか……軽い」
「ほんと!?」
「うん」
「じゃあもう一回!」
「お、おう」
しゃか。
私は腕を支える。
しゃか。
戻る。
しゃか。
支える。
「どう!?」
「楽」
「ほんと!?」
「ああ。全然違う」
「やった!」
「待て待て」
「なに?」
「もうちょっとできる?」
「もっと?」
「うん」
「やってみる!」
魔法を少し強くする。
ふわっ。
「うわっ!」
トータの腕が持ち上がった。
「上げすぎ!」
「ごめん!」
「俺の腕で遊ぶな!」
「遊んでない!」
少し弱くする。
「これ?」
しゃかしゃか。
「もうちょっと」
「これ?」
しゃかしゃかしゃか。
「あ、それ!」
「これ!?」
「それ!」
しゃかしゃかしゃかしゃか。
「おお!」
速い。
明らかに速い。
トータが動かす。
私がその動きを補助する。
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか。
「速っ!」
「ルマ!」
「なに!?」
「ちょっと強い!」
「ごめん!」
「弱く!」
「はい!」
しゃかしゃかしゃかしゃか。
なんだこれ。
楽しい。
「ちょっと二人とも!」
ママが厨房を覗いた。
「何してるの!?」
「クリーム!」
「それは見れば分かるわよ!」
「魔法で手伝ってる!」
「魔法?」
「ルマが俺の腕を軽くしてる!」
「そんなことできるの?」
「今できた!」
私も知らなかった。
でも。
考えてみれば。
物を浮かせられるなら。
腕を少し支えるくらい。
できてもおかしくない。
私一人では。
こんなに速く道具を動かせない。
でも。
動かすのはトータ。
私は。
その力を少し手伝うだけ。
そして。
しばらくすると。
「……できた」
「え?」
トータが手を止めた。
器を覗く。
「わあ!」
ふわふわだ。
ちゃんと。
いつものクリームになっている。
しかも。
「早くない!?」
「早い」
トータが自分の腕をぶらぶらさせる。
「どう?」
「いつもより全然楽」
「痛くない?」
「うん」
「やった!」
これなら。
お兄ちゃんに全部やらせなくていい。
そして。
「……あ!」
私は食堂を見る。
待ってる。
あのお姉さん。
「倍できる!」
「……そこに戻るのかよ」
「だって待ってるもん!」
「ルマ」
「なに?」
「次からお前も絶対いるんだからな」
「うん!」
「途中で遊びに行くなよ」
「行かない!」
「本当か?」
「……たぶん!」
「おい!」
◇
「お待たせしました!」
私は出来上がったフォレストパンを持って。
さっきの女の人のところへ走った。
いつものフォレストパン。
だけど。
今日は。
白いクリームが。
たっぷり。
「まあ!」
女の人の顔が一気に明るくなった。
「本当に増やしてくれたの?」
「はい!」
「嬉しい!」
女の人が受け取る。
そして。
その場で一口。
ぱく。
「…………」
どう?
私はじっと顔を見る。
女の人の目が。
ぱっと輝いた。
「これ!」
「え?」
「これよ!」
「これ?」
「私が食べたかったの!」
「やった!」
女の人が嬉しそうにフォレストパンを見る。
「これ、次からもお願いできる?」
「できます!」
「ルマ!」
厨房から声が飛んできた。
「大丈夫!」
「何がだよ!」
すると。
「じゃあ私も」
後ろから声がした。
「私もクリーム多め!」
「私も!」
「えっ」
さっきまで。
三人だったのに。
増えてる。
「ルマ」
ママが私を呼ぶ。
「なに?」
「これは追加分を決めたほうがよさそうね」
「追加分?」
「クリームを増やすなら、その分の値段よ」
「あ」
そうか。
クリームだって。
ただじゃない。
「今日は試しだからいいとして、明日からはちゃんと決めましょう」
「うん!」
「母さん!」
厨房から。
トータの声。
「なに?」
「明日もやるの!?」
「当たり前でしょう?」
「…………」
トータが私を見る。
「ルマ」
「なに?」
「明日も絶対手伝えよ」
「分かってるって!」
「朝からだぞ」
「うん!」
「途中でいなくなるなよ」
「うん!」
「本当に?」
「……うん!」
「今ちょっと間があったぞ!」
失礼な。
でも。
これで。
クリームを増やしてほしい人にも応えられる。
お兄ちゃんの腕も。
たぶん。
大丈夫。
「よし!」
「何がよ」
「次!」
「え?」
私は厨房へ戻る。
そして。
ずっと置いたままになっていた。
黄色い果実を見る。
「ボナナ!」
「忘れてたの?」
アーリに言われた。
「忘れてない!」
ちょっとだけ。
忘れてた。
◇
私はボナナの皮をむく。
やっぱり。
どう見てもバナナだ。
食べてみても。
「甘い!」
バナナだ。
「ルマ!」
「ごめん!」
ママに怒られた。
商品になるかもしれないものを勝手に食べてはいけない。
ボナナを薄く切って。
フォレストパンに挟む。
そこへ。
トータが作った、ふわふわのクリーム。
たっぷり。
「できた……!」
ストベリとは違う。
黄色と白。
見た目は少し地味だけど。
問題は味だ。
「食べよう!」
「待て」
「なんで!?」
「切るから」
トータがフォレストパンを切り分ける。
私。
アーリ。
トータ。
ママ。
それから今日はパパもいる。
ちょうどストベリを届けに来ていたナオネも呼んだ。
「いただきます!」
ぱく。
「…………」
うん。
知ってた。
「うまぁ……」
「出た」
アーリが笑う。
でも。
本当においしい。
ストベリは、少し酸っぱくて。
クリームのやさしい甘さと合う。
でもボナナは違う。
「甘い……!」
果実そのものが甘い。
そこにクリームが加わる。
「こっちのほうが甘いね」
アーリも目を丸くしている。
「子どもはこっちのほうが好きかもしれないな」
パパが言った。
「俺はストベリのほうが好きだけど」
トータはそう言いながら、もう一口食べている。
「私はこっちも好き」
ナオネが言った。
「ほんと!?」
「うん。ストベリとは全然違うね」
「でしょ!」
なぜか私が得意になる。
「これなら一年中仕入れられるよ」
ナオネが言う。
「本当に?」
ママが聞く。
「はい。ただ、値段は少し変わります。南から入ってくる量が少ない時期もあるので」
「なるほどね」
ママの顔が、商売の顔になる。
「安定して仕入れられる量は?」
「それも母さんに聞いてきました」
「まあ」
ナオネが持ってきた紙を取り出した。
そこには簡単に数字が書いてある。
「毎日これくらいなら、今のところ大丈夫です。もっと必要になるなら、早めに言ってもらえたら仕入れ先に確認するって」
「ナオネちゃん」
「はい?」
「本当にしっかりしてきたわねえ」
「えっ」
「助かるわ」
「……はい」
ナオネが嬉しそうに笑った。
その横で。
トータが紙を見る。
「これなら最初は十分じゃない?」
「私もそう思う」
「売れる量を見ながら増やすか」
「うん」
二人で普通に話している。
普通に。
本当に普通に。
「ね?」
アーリが小声で言った。
「なに?」
「お姉ちゃん、最近楽しそうでしょ?」
「うん」
「……もういい」
「なんで?」
アーリがため息をついた。
なんなの。
◇
その日の昼。
店の前に二種類のフォレストパンが並んだ。
ストベリ。
そして。
試しに少しだけ作ったボナナ。
最初は。
ストベリのほうが人気だった。
赤くて。
白いクリームと並ぶと、すごくきれいだからだ。
でも。
子どもが一人。
ボナナを食べた。
「甘い!」
その声を聞いた別の子が買った。
またその子が。
「おいしい!」
と言った。
そして。
気がつけば。
「ボナナください!」
「こっちも!」
「僕も!」
子どもたちが集まっていた。
「すごい……」
私が呟く。
「ルマ!」
ママが呼ぶ。
「ボナナ追加!」
「はーい!」
「クリーム多めも二つ!」
「はーい!」
「トータ!」
「聞こえてる!」
厨房から声が返ってくる。
私は急いで厨房へ走った。
「お兄ちゃん!」
「分かってる!」
「魔法いる!?」
「いる!」
「はい!」
トータが道具を持つ。
私が横に立つ。
「いくぞ」
「うん!」
しゃかしゃかしゃかしゃか。
「もうちょっと弱く!」
「はい!」
しゃかしゃかしゃかしゃか。
「今度は少し強く!」
「注文多い!」
「俺の腕だぞ!」
「分かってる!」
昨日までなら。
トータ一人で。
ずっとやっていた。
でも今日は。
二人。
動かすのはトータ。
支えるのは私。
「ルマ!」
食堂からアーリの声。
「ボナナあと三つ!」
「今行く!」
「おい!」
トータが私を見る。
「途中でいなくなるなって言っただろ!」
「あ」
「忘れるの早すぎる!」
「ごめん!」
忙しい。
ものすごく忙しい。
でも。
楽しい。
ストベリを切って。
ボナナを切って。
パンを用意して。
クリームを挟んで。
包んで。
渡す。
またクリームを作って。
また売る。
そして。
夕方。
最後の一つが売れた。
「…………」
私は空になった籠を見る。
「売れた」
「売れたね」
アーリが言う。
「全部?」
「全部」
「すごい!」
二人で喜ぶ。
その横で。
トータが自分の腕をぶらぶらさせていた。
「お兄ちゃん?」
「ん?」
「腕どう?」
「昨日より全然まし」
「ほんと!?」
「ああ」
よかった。
私はちょっとだけ胸を張る。
「魔法すごい!」
「いや」
トータが私を見る。
「俺もすごいだろ」
「…………」
「あれ?」
「…………」
「ルマ?」
「あ」
「『あ』じゃない!」
アーリが吹き出した。
私も笑う。
「お兄ちゃんもすごい!」
「ついでみたいに言うな!」
でも。
本当に。
一人じゃできなかった。
私だけじゃ。
あんなに速く混ぜられない。
トータだけじゃ。
たくさん作れば腕が疲れる。
でも。
二人なら。
できる。
「明日もよろしくね!」
「……ほどほどにな」
「クリーム多めもあるよ!」
「ほどほどって言っただろ!」
今日一日で。
フォレストパンは。
少しだけ変わった。
ストベリだけだったものに。
ボナナが増えて。
クリームを多めにする人も出てきた。
そして。
私の魔法にも。
また一つ。
使い道が増えた。




