第78話 開発者にはもれなく利益を…
それから数日後。
「ルマー!」
「はーい!」
「商業ギルドから来たわよー!」
「ほんと!?」
ママの声が聞こえて、私は裏から食堂へ飛び出した。
入口の近くに、商業ギルドの人が立っている。
その手には、一枚の紙。
「Forest亭さん。先日申請いただいたフォレストパンについて、審査が終了しました」
「はい!」
私はママの隣に並ぶ。
「既存の登録を確認しましたが、同様の調理法はありませんでした。そのため、今回申請されたクリームの調理法と、それを使用したフォレストパンについて、正式に登録が認められました」
「やった!」
「やったわ!」
ママと二人で喜ぶ。
「登録されたってことは、もう売っていいの?」
「はい。本日から販売していただけますよ」
「今日から!?」
思ったより早い。
「ママ!」
「分かってるわよ!」
ママがすごい勢いで厨房を見る。
「あなたー!」
「聞こえてる!」
奥からパパの声が返ってきた。
「売れるわよー!」
「だから聞こえてる!」
「トータにも言わなきゃ!」
「お兄ちゃーん!」
「ルマまで叫ばなくていい!」
二階からトータの声がした。
みんな聞こえてるらしい。
「よかったですね」
商業ギルドの人が笑う。
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
私とママが頭を下げる。
「それでは、こちらが登録の証明になります。大切に保管してください」
「はい!」
ママが紙を受け取った。
これで。
本当に売れる。
ストベリと、ふわふわクリームのフォレストパン。
試供品を食べてくれた人たちも、待ってくれている。
「何個作る!?」
商業ギルドの人を見送った瞬間、ママが言った。
「え?」
「今日から売れるのよ!」
「今日から作るの!?」
「当たり前でしょう!」
「明日からじゃないの?」
「なんで一日待つのよ!」
相変わらず早い。
「トータ!」
「はいはい」
階段を下りてきたトータが、もう腕まくりをしている。
「クリームお願い!」
「やっぱり俺か」
「お兄ちゃんのが一番ふわふわになるから!」
「そう言えばやると思ってるだろ」
「やってくれないの?」
「やるよ」
「やった!」
「ほら」
ママが笑った。
「ルマ、お兄ちゃんの扱い分かってるじゃない」
「扱いって言うな」
トータがため息をつく。
でも、ちょっと嬉しそうだ。
よし。
今日から販売開始だ!
――と、思ったところで。
からん。
入口の扉が開いた。
「こんにちはー!」
「あ!」
聞き慣れた声。
「アーリ!」
「ルマ!」
入ってきたのはアーリだった。
そして、その後ろにはもう一人。
「こんにちは」
「ナオネ!」
アーリのお姉ちゃんのナオネだ。
二人とも手に籠を持っている。
「あら、二人ともどうしたの?」
ママが聞く。
「お母さんに頼まれてきたの!」
アーリが籠を持ち上げた。
中には赤いストベリがたくさん入っている。
「わあ!」
「Forest亭で使うって言ってたでしょ?」
「うん!」
「今日採れたやつ!」
「ちょうどよかったわ!」
ママが嬉しそうに籠を受け取る。
「今ね、登録が通ったところなのよ!」
「えっ!」
アーリの目が輝いた。
「じゃあ売れるの!?」
「今日から!」
「やった!」
アーリが飛び跳ねる。
「ルマ! 売れるって!」
「うん!」
「いっぱい売れるかな!」
「売れる!」
「なんで二人ともそんな自信あるのよ」
ナオネが笑った。
「だっておいしいもん!」
「ねー!」
「ねー!」
アーリと二人で笑う。
すると。
「あ、そうだわ」
ママが何かを思い出したように言った。
「アーリちゃん」
「なに?」
「このフォレストパンのことなんだけど」
「うん」
「登録はForest亭の名前でしてるの」
「うん?」
アーリが首を傾げる。
たぶん、よく分かっていない。
「だから、これから売ったときのお金は、一度Forest亭に入ることになるんだけど」
「うん」
「でもね」
ママがアーリの前にしゃがんだ。
「これを作ったのは、ルマだけじゃないでしょう?」
「え?」
「アーリちゃんと、シイくんと、トータも一緒に作ったんでしょう?」
「うん!」
「だったら、みんなの分もちゃんと考えないとね」
「……私の?」
「そうよ」
アーリが目をぱちぱちさせる。
「でも私、ストベリ持ってきて、一緒に作っただけだよ?」
「一緒に作ったんでしょう?」
「うん」
「だったら、一緒に作った人よ」
ママは当たり前みたいに言った。
私は、その横顔を見る。
(……え)
そこまで考えてたんだ。
登録したのはForest亭。
これから作るのもForest亭。
材料を仕入れるのも。
売るのも。
全部Forest亭だ。
だから私は。
てっきり。
(全部、Forest亭のお金になるんだと思ってた)
アーリとシイは子どもだ。
遊びに来て。
一緒に作って。
たまたま出来上がったものがおいしかった。
大人から見たら、それくらいの扱いになるんだと思っていた。
少なくとも。
前世の感覚だったら、子どもが「私も一緒に作った!」と言ったところで。
それが売れたときのお金まで、ちゃんと分けようなんて話になるだろうか。
「どれくらいにするかは、まだ決めてないけどね」
ママが続ける。
「勝手に決めるわけにもいかないから、アーリちゃんのお母さんと、シイくんのお家の人とも相談してから決めるわ」
「私、お金もらえるの?」
「売れたらね」
「ほんと!?」
「もちろん」
「やった!」
アーリが嬉しそうに笑う。
「シイにも教えてくる!」
「まだ金額も何も決まってないわよ」
「でも、もらえるんでしょ?」
「それはね」
「じゃあ教える!」
たぶん今日中に伝わるな。
「ママ」
「なに?」
「……ちゃんとしてるね」
「どういう意味よ!」
「痛っ!」
ほっぺをつままれた。
「ママ、痛い!」
「失礼な娘ね!」
「だって!」
本当に。
ちょっとだけ。
いや。
かなり感動したのに。
「てっきり全部Forest亭のお金にするのかと思ってた」
「するわけないでしょう」
ママがあっさり言う。
「ルマのときだって、ちゃんとルマの分を決めたじゃない」
「あ」
そうだった。
唐揚げやトンカツを登録したとき。
Forest亭の名前で登録する代わりに、私にも取り分を作ってくれた。
「それと同じよ」
「……そっか」
「一緒に考えて、一緒に作ったなら、その人の分はその人の分」
ママが言う。
「大人とか子どもとか、関係ないわ」
「…………」
なんだろう。
胸の奥が、少しだけあったかくなった。
この家に生まれて。
こういうとき。
時々、本当にびっくりする。
子どもだからって、適当にされない。
できたことは、できたこととして見てくれる。
私のものは、私のものとして扱ってくれる。
(……いい家に生まれたなあ)
「ルマ?」
「ん?」
「なんで笑ってるの?」
アーリに聞かれた。
「なんでもない!」
「変なの」
「変じゃないよ!」
ママが私を見て、少しだけ笑った。
「じゃあアーリちゃん、帰ったらお母さんに話しておいてくれる?」
「うん!」
「シイくんのお家には、こっちから話しに行くわ」
「私も行く!」
「ルマも?」
「うん!」
だって。
一緒に作ったんだから。
ちゃんとみんなで決めたい。
「あ、それでね!」
アーリが思い出したように、後ろを振り返った。
「今日はそれだけじゃないの!」
「え?」
「お姉ちゃん!」
「はいはい」
ナオネが持っていたもう一つの籠を前に出した。
中に入っていたのは。
黄色くて、細長い果実。
何本かが根元でまとまっている。
「これならどうかなって思って」
「……これ?」
「うん」
ナオネが一本持ち上げる。
「ボナナ」
「…………」
私は籠の中を見る。
黄色い。
細長い。
皮をむいて食べる。
そして名前は。
ボナナ。
(バナナやん)
どう見てもバナナだ。
(いや、ボナナって)
もうちょっと頑張ってほしかった。
異世界に来てから、前世と似ているものには何度も出会ってきたけど。
これはかなり近い。
「ルマ?」
「ん?」
「ボナナ知らないの?」
アーリが不思議そうに聞く。
「知ってるよ!」
「じゃあ、なんでそんな顔してるの?」
「なんでもない!」
危ない。
バナナって言いそうになった。
「この前、フルコさんが母さんに聞いてたでしょう?」
ナオネが言う。
「ストベリ以外にも、フォレストパンに使えそうな果実はないかって」
「ああ!」
「それで家でいろいろ話してたの」
ナオネがボナナを一本持ち上げる。
「ボナナなら甘いし、やわらかいから合うんじゃないかなって」
「甘い!」
思わず声が出た。
「ルマ、やっぱりそこに反応するんだ」
アーリが笑う。
「大事だから!」
とても大事だ。
砂糖がないこの世界で、甘いものは貴重なのだ。
「でも、ボナナって今の時期だけじゃないの?」
「ううん」
アーリが首を振った。
「ずっとあるよ」
「ずっと?」
「一年中」
「一年中!?」
思わずナオネを見る。
ナオネが頷いた。
「この辺りで育ててるものじゃないんだけど、南の暖かいところから一年を通して入ってくるの」
「へえ!」
「季節によって値段や入ってくる量は少し変わるけど、うちの店ではだいたいいつでも置いてるよ」
私はボナナを見る。
甘い。
やわらかい。
一年中ある。
そして。
クリーム。
(絶対合う)
合わないわけがない。
「ママ」
「なに?」
「これ、やろう」
「早いわよ」
「絶対おいしい!」
「まだ食べてもないでしょう?」
「分かる!」
「何がよ」
分かるのだ。
前世の私が。
ものすごく知っている。
バナナとクリーム。
じゃなかった。
ボナナとクリーム。
合う。
絶対に。
「試してみる?」
ナオネが笑う。
「いいの!?」
「そのために持ってきたんだから」
「やった!」
「ただし」
ナオネが少しだけ得意そうな顔をした。
「ちゃんとおいしくできたら、ボナナもうちから買ってね」
「もちろんよ!」
ママが即答した。
「ちょっと、ママ!」
「なによ」
「まだ作ってないよ!」
「ルマが絶対おいしいって言ったじゃない」
「言ったけど!」
「じゃあ大丈夫よ」
信頼が重い。
「それにしても」
ママがナオネを見る。
「ナオネちゃん、最近ずいぶん青果店のお仕事を頑張ってるのね」
「え?」
「前よりお店で見ること増えたでしょう?」
「ああ……」
ナオネが少し照れたように笑った。
「最近、ちゃんと覚えようと思ってるんです」
「青果店の仕事?」
「はい」
意外だった。
もちろん前から手伝っているのは知っていたけど。
ナオネが自分からそんなことを言うのは珍しい。
「どうして?」
私が聞く。
「どうしてって……」
ナオネが少し考える。
それから。
ちらり。
厨房のほうを見た。
そこではトータが、届いたストベリを確認していた。
傷んだものがないか、一つずつ見ている。
「トータ」
「ん?」
「これ、こっちでいい?」
「ああ。ありがとう」
ナオネが空になった籠を渡す。
トータは中を確認して。
「今日のストベリ、きれいだな」
「朝に採れたものだから」
「そっか」
「必要な量が増えたら言って。母さんにも伝えるから」
「分かった。助かる」
「うん」
それだけ。
いつもの二人だ。
小さいころから知っているから、特別な感じもしない。
でも。
ナオネは、少しだけ嬉しそうだった。
「お姉ちゃんね」
アーリが私の耳元で小さな声を出す。
「最近、トータが頑張ってるからって」
「え?」
「アーリ!」
聞こえていたらしい。
「なに?」
「余計なこと言わないの!」
「だって言ってたじゃん」
「言ったけど!」
「なに?」
私が聞く。
「なんでもない!」
ナオネが少し赤くなった。
なんだろう。
「トータがどうしたの?」
「なんでもないってば!」
「俺?」
トータまでこっちを見る。
「トータはいいの!」
「なんだよ」
「なんでもない!」
トータも首を傾げている。
アーリだけが、にやにやしていた。
「?」
まあいいか。
ナオネが咳払いをする。
「と、とにかく」
そして、ボナナの入った籠を指さした。
「トータも宿の仕事をちゃんと覚えてるでしょう?」
「うん」
「料理もするし、仕入れも手伝ってるし、お客さんのことも覚えてるし」
「そうだね」
「だから……」
ナオネが少しだけ視線を落とす。
「私も、家の店のことをもっとちゃんと覚えたいなって思っただけ」
「へえ」
「果実もね、ただ店に並べればいいってわけじゃないの」
「そうなの?」
「どこから来るのかとか、いつたくさん入るのかとか、どれくらい日持ちするのかとか。値段だっていつも同じじゃないし」
「へえ……」
知らなかった。
青果店も大変なんだ。
「今回のボナナも、母さんに聞いて調べたの」
「ナオネが?」
「うん」
「すごい!」
「別にすごくないよ」
そう言いながら。
ナオネはちょっと嬉しそうだった。
トータがForest亭で頑張っているのを見て。
ナオネも、自分の家の仕事を覚えようと思った。
(なんかいいな)
何が、とはうまく言えないけど。
幼馴染同士で。
片方が頑張っているのを見て、もう片方も頑張ろうと思える。
そういうのって、なんだかいい。
――まあ。
本人たちはそんなこと、全然気にしてなさそうだけど。
「じゃあ!」
私はボナナを一本持ち上げた。
「これで作ってみよう!」
「今から?」
「今から!」
「ストベリの分も作るんでしょう?」
「作る!」
「クリーム、誰が混ぜるの?」
「お兄ちゃん!」
「おい」
厨房から声が飛んできた。
「聞こえてるぞ」
「お願い!」
「今日どれだけ混ぜさせる気だよ」
「いっぱい!」
「嫌だよ!」
「トータ頑張って!」
アーリが笑う。
「頑張って」
ナオネも言った。
「……お前らな」
トータがため息をつく。
でも。
「分かったよ」
そう言って、腕まくりをした。
「やった!」
ストベリのフォレストパンは。
今日から販売できる。
そして、その隣には。
一年中手に入るという、甘いボナナ。
春だけじゃなく。
夏も。
秋も。
冬も。
もしかしたら。
ふわふわクリームのフォレストパンは、一年中作れるのかもしれない。
「ルマ」
「ん?」
「その顔」
アーリが私を見る。
「また何か考えてる」
「考えてないよ」
「考えてる顔してる」
「どんな顔!?」
アーリが笑う。
私も笑った。
ただ。
ストベリとクリームがおいしくて。
ボナナとクリームも、きっとおいしくて。
他の果実だって、きっと。
季節の果実と。
一年中あるボナナ。
これなら。
思っていたよりずっと長く、このふわふわのフォレストパンを出せるのかもしれない。
そんなことを考えていただけだ。
……あれ?
やっぱり。
考えてるのかな。




