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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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第8話 初魔法ですが、ひとまず流水洗浄から。

 身体の中で魔力を動かすことと、身体の外へ出すこと。


 同じようなものだと思っていた。


(全然違うじゃん)


 手のひらに魔力を集めるところまでは簡単だ。四年間、暇さえあれば繰り返してきた。


 問題はここからだった。


「集めた魔力を、身体の外へ押し出すイメージだ」


「そと……」


 言われた通りにやってみる。


 手のひらに集めた魔力を、そのまま外へ。


(出ろ……)


 何も起きない。


「焦らなくていい。最初はそんなものだ」


(なるほど。ここからが本当の初めてか)


 もう一度。


 今度は魔力が手のひらから離れていくところを意識する。


「……あ」


 一瞬だけ、何かが手のひらの上に浮かんだ。


 淡く光ったと思った次の瞬間には消えてしまったけれど、確かに見えた。


「パパ! いまでた!」


「……ああ」


「もういっかいやる!」


「待て。普通はもう少し――」


 聞いている暇はない。


(もう一回……)


 魔力を集め、手のひらへ。


 今度はゆっくり外へ押し出す。


 ぽう、と小さな光が浮かんだ。


「出た!」


「……本当に初日か?」


「うん!」


(正式には)


 自主練期間については黙っておく。



     ◇ ◇ ◇



「次は、その魔力に形を与えてみろ」


「かたち?」


「そうだな。まずは水にしてみるか」


(水!)


 いよいよ魔法らしくなってきた。


「水をよく思い浮かべるんだ。冷たさでも、流れる感覚でもいい」


(なるほど)


 水なら嫌というほど知っている。


 手洗い、清拭、沐浴。


 ……いや。


(それ全部ただの水だな)


 もっと具体的に。


 透明で、さらさらしていて、手のひらから流れ落ちる水を想像する。


 魔力を集め、外へ。


 ぽた。


「…………」


 手のひらから一滴の水が落ちた。


(出た?)


 もう一度集中する。


 ぽた、ぽた。


「出た!」


 水だ。


 ものすごく少ないけれど、間違いなく私の手から水が出ている。


(魔法だ!)


 前世では蛇口をひねればいくらでも出てきたものなのに、今は数滴の水が信じられないくらい嬉しい。


「パパ、見た!?」


「ああ、見てた」


「もういっかい!」


「今日はこれくらいに――」


「火もやりたい!」


「ルマ」


「ちょっとだけ!」


 パパがため息をついた。


「……少しだけだぞ」


「やった!」


 今度は火。


 小さな炎を思い浮かべる。


 魔力を手のひらに集めて――。


 ぽっ。


 指先に、小さな火が灯った。


「おお……!」


 ろうそく程度だけど、火は火だ。


「次、風!」


「待て待て」


 結局、風も試させてもらった。


 結果は、前髪がふわっと揺れただけ。


(地味!)


 それでも楽しい。


 水が出た。


 火も出た。


 風も起こせた。


 赤ちゃんの頃からずっと憧れていた魔法を、ようやく自分で使えたのだ。


(最高じゃん、異世界)


「今日はもう終わりだ」


「えー」


「魔力を使いすぎるのもよくない。続きはまた今度だ」


「……はーい」


 残念だけど仕方ない。


 また明日やればいい。


 そんなことを考えていると、自宅の方から声が聞こえた。


「うまぁー!」


「リト?」


 見ると、リトがこちらへ向かって歩いてきていた。


 私を見つけたのが嬉しいのか、満面の笑みで両手を広げている。


「うまぁー!」


「リト! 見て、魔法できたよ!」


 早く見せたい。


 そう思った瞬間、リトの歩く速度が少し速くなった。


 とて、とて、とて。


「リト、走ったら――」


 べちゃっ。


「……危ないよ」


 一歩遅かった。


 一瞬の沈黙。


 そして。


「うわあああああん!」


「リト!」


 すぐに駆け寄る。


 転んだ場所、姿勢、頭を打っていないか。


 反射的に確認しながらしゃがみ込んだ。


(頭は打ってなさそう)


 両手も動いている。


 膝を見ると、擦りむいたところから少し血が滲んでいた。


(ここか)


「リト、膝痛い?」


「うわぁぁん!」


「痛かったね。見せてね」


 傷は深くなさそうだ。


 ただ、転んだ拍子に土がついている。


(まず洗わないと)


 水を取りに行こうとして――止まった。


(……あ)


 自分の手を見る。


 さっきまで散々練習していた。


 水なら、出せる。


 リトの膝の上に手をかざした。


「ちょっと冷たいよ」


 魔力を集める。


 今度は数滴じゃなく、傷を洗えるくらい。


 ちょろちょろと手のひらから水が流れた。


「うっ……」


「もうちょっとだけね」


 泣いているリトに声をかけながら、膝についた土を少しずつ洗い流す。


(よし、きれいになった)


 傷が消えるわけじゃない。


 この世界に、傷を一瞬で治してくれる便利な治癒魔法はない。


 でも。


(こういう使い方はできるんだ)


 魔法で傷そのものは治せなくても、看護には使える。


 初めて覚えた魔法が、急に前世の自分と繋がった気がした。


「うまぁ……」


「ん?」


 涙でぐしゃぐしゃになったリトが、両手を伸ばしてくる。


「あっこ……」


「はいはい」


 抱き上げると、リトは私の首にぎゅっとしがみついた。


「もう大丈夫だよ」


「うまぁ……」


 背中をぽんぽんしながら、洗ったばかりの膝を見る。


(……魔法、覚えてよかったかも)


 私が初めて覚えた魔法は、弟の擦り傷を洗うための水になった。

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