第7話 今度こそ、出すものを間違えない!
一年が経った。
「うまぁ」
足元から声がして振り返る。
「ん?」
「うまぁ!」
リトが両手を伸ばして、こちらを見上げていた。
(はいはい、ルマね)
どうやら抱っこしてほしいらしい。
「抱っこ?」
「こー!」
「はいはい」
しゃがんで腕を広げると、リトが嬉しそうにしがみついてきた。
私は四歳になり、トータは七歳。そして、あんなに小さかったリトも一歳になった。
最近は少しずつ言葉も出てきたけれど、まだ何を言っているのか分からないことも多い。
「うー! ん!」
抱っこされたまま、リトが棚を指差す。
「お水?」
「ん!」
「ちょっと待ってね」
コップを取って渡すと、満足そうに飲み始めた。
それを見ていたトータが首を傾げる。
「なんで水って分かったの?」
「いつもこれだから」
(まあ、このくらいなら余裕です)
前世では小児科看護師として、まだ喋れない子どもの相手も散々してきた。
泣き方や視線、指差しなんかから何を求めているのか考えるのは、もはや癖みたいなものだ。
「ルマってリトの言ってること、よく分かるわねぇ」
ママまで感心している。
「おねえちゃんだから!」
胸を張っておく。
(前世込みなら、育児初心者とは言い難いけどね)
「うまぁ」
「なに?」
「ん!」
今度は床を指差す。
「降りる?」
「ん!」
下ろしてやると、リトは満足そうに歩き出した。
まだ少し危なっかしい足取りで、よたよたと進んでいく。
「ゆっくりね」
転びそうになった身体を支える。
(ほんと、目が離せない時期だなぁ)
そう思いながら後をついていると、裏庭の方からトータが飛び込んできた。
「ルマ!」
「なに?」
「パパが魔法の練習するって!」
「…………!」
魔法。
その一言で、私の意識は全部そちらへ持っていかれた。
「ママ!」
「はいはい。行ってらっしゃい」
「リトお願い!」
「うまぁ?」
「ごめんリト。これは四年間待ってた」
状況を理解していないリトをママに託し、私はトータと一緒に裏庭へ飛び出した。
◇ ◇ ◇
「パパ!」
裏庭では、パパがトータを待っていた。
「ルマも来たのか」
「私もやる!」
「まだ早い」
即答だった。
「もう四歳!」
「四歳はまだ早い」
(年齢を理由に断られたから、ちゃんと一歳増やしてきたのに)
「やりたい!」
「だめだ」
「やりたい!」
「だめ」
「やりたい!」
「……」
しばらく見つめ合う。
先に折れたのはパパだった。
「……分かった。ただし、今日は魔力を感じるだけだぞ」
「うん!」
(来た!)
ついにこの日が来た。
赤ちゃんの頃、魔力を出そうと全力で力んだ結果、出たのはうんち。
あの日から四年。
毎日欠かさず魔力を探し、集め、身体の中を巡らせてきた。
「まず目を閉じろ」
「はい!」
「身体の中に意識を向けてみろ。すぐには分からないと思うが、温かいものや流れるような感覚があれば、それが魔力だ」
(知ってます)
「最初は何日もかかることがある。焦らなくていい」
(四年やってます)
もちろん言えるわけがない。
私は素直に目を閉じた。
いつもの感覚を探す。
いや、探す必要すらない。
お腹の奥にある魔力を集め、胸から肩へ、腕を通して手のひらまで移動させる。
「これ?」
「……え?」
目を開ける。
パパが固まっていた。
「これが魔力?」
「……もう分かったのか?」
「うん」
「本当に?」
「たぶん」
(間違いなく)
パパが私の手を取る。
「ルマ。今まで魔力を練ったことは?」
「ないよ?」
嘘ではない。
誰かに教えてもらって練ったことはない。
自主練していただけだ。
「……そうか」
パパは何とも言えない顔をしていたけれど、やがて私の手を離した。
「魔力を感じるのが得意なのかもしれないな」
(そういうことにしておこう)
「じゃあ次は?」
「今日はここまで」
「えっ」
「まずは魔力を感じる練習だ」
「もうできたよ?」
「……」
「次は?」
パパがため息をつく。
「少しだけだぞ」
(よし!)
四年間、身体の中だけで動かしていた魔力を、今度は外へ。
手のひらを見つめる。
あの日とは違う。
今なら何を出せばいいのか、ちゃんと分かっている。
(今度こそ)
出すものを間違えないようにしよう。




