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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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第6話 姉より先に看護師が出ました

 ママのお腹が大きくなるにつれて、家の中には少しずつ赤ちゃんを迎える準備が増えていった。


 小さな服。小さな布団。それから、見覚えのあるおむつ。


(懐かしいな)


 前世では仕事道具みたいなものだったし、今世ではつい最近まで自分がお世話になっていた。


 そんなことを考えているうちに、あっという間にその日はやってきた。


「ヤト、ロウ呼んできて!」


「分かった!」


 朝からお腹が痛いと言っていたママの声に、パパが慌てて家を飛び出していく。


「ママ、だいじょうぶ?」


「大丈夫よ。赤ちゃんが出てきたくなったみたい」


(ついにか)


 分娩なんて前世でも専門外だ。


 小児科で赤ちゃんは散々見てきたけれど、生まれる瞬間に立ち会う機会は実習以来ほとんどなかった。


 だから気になる。


 ものすごく気になる。


 でも私は三歳児である。


「ルマとトータはこっちで待ってようね」


 当然のように別室へ連れていかれた。


(ですよね)


 仕方なくトータと待つ。


「もう生まれるかな?」


「まだじゃない?」


「いつ?」


「わかんない」


「ルマでもわかんないの?」


「わかんないよ」


 私を何だと思っているんだ。


 それからどれくらい経っただろう。


 ママの声が聞こえるたびに、どうしてもそちらが気になった。


(大丈夫かな)


 前世なら患者さんの状態を見て、モニターを見て、何かあればすぐ動けた。


 でも今は何もできない。


 家族として待っているだけ。


(待つ側って、こんなに落ち着かないんだな)


 そんなことを考えていた、そのとき。


「――おぎゃあ! おぎゃあ!」


(泣いた!)


 考えるより先に立ち上がっていた。


 しっかりした泣き声。


 呼吸はしている。


 扉の向こうが気になって仕方なくて、開いた隙間から中を覗き込む。


 赤ちゃんが見えた。


(手足動いてる。筋緊張もありそう)


 顔色は――。


(うん、悪くなさそう)


 そこまで確認して、ようやく息を吐いた。


 完全に職業病だった。


 泣き声を聞いた瞬間、頭の中では勝手にアプガースコアの項目を追っていた。


 心拍数はここからじゃ分からない。刺激への反応もちゃんとは見られない。


 もちろん正式な評価なんてできないけれど。


(呼吸よし。筋緊張よし。色もよさそう……)


「ルマ?」


 隣のトータが不思議そうに私を見る。


「なにしてるの?」


「……げんきそう」


「うん! すっごい泣いてる!」


「そうだね」


 そこで、ふと我に返った。


(あ)


 今の私は看護師じゃない。


 この子の姉だ。



     ◇ ◇ ◇



「トータ、ルマ。おいで」


 しばらくして、ママに呼ばれた。


 疲れた顔で横になっているママの腕の中に、小さな赤ちゃんがいる。


「弟よ。リトっていうの」


「リト!」


 トータが嬉しそうに近づく。


 私もその横から、そっと顔を覗き込んだ。


(……ちっさ)


 小さな顔。小さな鼻。ぎゅっと握られた手。


 前世では小児科看護師として、何人もの赤ちゃんを見てきた。


 新生児だって珍しくない。


 抱っこもしたし、ミルクもあげた。おむつも替えたし、泣き止まない子を抱いて一晩中寝かしつけに奮闘したことだってある。


 だから赤ちゃんなんて、見慣れている。


 そのはずだった。


「ルマも触っていいわよ」


 そっと指を近づける。


 リトの手が私の指をきゅっと握った。


(…………え)


 何これ。


(めちゃくちゃ可愛いんだけど)


 知ってる。


 把握反射だ。


 赤ちゃんが指を握ることくらい、何度も見てきた。


 でも、知識なんてどうでもよかった。


(弟って、こんなに可愛いの?)


 職場で見てきた赤ちゃんとは全然違う。


 これが身内補正というやつだろうか。


「ルマ、顔にやけてる」


 トータに言われた。


「にやけてない」


「にやけてるよ」


「ない!」


 言い返しながら、またリトを見る。


 小さな口が、ふわぁと開いた。


(…………かわい)


 反射的に呼吸と顔色を確認する。


(呼吸も大丈夫そう。色も――)


 そこまで考えて、やめた。


(違う違う)


 今は観察じゃない。


 弟を見てるの。


 何人もの赤ちゃんを見てきたけれど、自分の弟は格別だった。


「かわいい?」


 ママが笑う。


「うん。すっごくかわいい」


「でしょ?」


 もう一度、リトの手を握る。


 今度は看護師としてではなく、姉として。


(これからよろしくね、リト)


 小さな手が、また私の指を握り返した。


 どうやら私は、思っていた以上に弟に弱いらしい。

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