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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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第74話 この季節は異世界でもストベリ最高

「あ!」


 思わず声が出た。


「クリーム!」


「クリーム?」


 アーリが首を傾げる。


「うん! パパ、クリームある?」


「あるぞ」


 パパが奥から器を出してくれた。


 乳から取った、濃厚なクリーム。


 この世界でも、乳からバターやチーズを作るから、クリーム自体は珍しくない。


「これ、混ぜていい?」


「混ぜる?」


「うん。いっぱい!」


 パパが不思議そうな顔をした。


「何にするんだ?」


「ふわふわにする!」


「……クリームを?」


「うん!」


 パパはよく分からないという顔をしながらも、「好きにしてみろ」と器を渡してくれた。


「やった!」


 私は大きめの器にクリームを入れる。


「これをね、いっぱい混ぜるの!」


「どれくらい?」


「ふわふわになるまで!」


「ふわふわ?」


 アーリとシイが顔を見合わせる。


「やったら分かる!」


 私は道具を握って、勢いよく混ぜ始めた。


 しゃかしゃか。


 しゃかしゃか。


 しゃかしゃか。


「……」


 しゃかしゃか。


「……まだ?」


 アーリが聞く。


「まだ!」


 しゃかしゃか。


 しゃかしゃか。


「……腕いたい」


「もう?」


 シイが呆れた顔をする。


「じゃあシイやって!」


「俺!?」


「交代!」


「なんで俺が……」


 文句を言いながらも、シイが道具を受け取った。


「もっと速く!」


「こうか?」


 しゃかしゃかしゃかしゃか。


「もっと!」


「これ以上!?」


 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか。


「腕痛い!」


「まだ!」


「もう無理!」


「早いよ!」


「ルマだってすぐ交代しただろ!」


 その横でアーリが笑っている。


「アーリもやるの!」


「えー!」


「三人で作るんでしょ!」


 今度はアーリ。


 しゃかしゃか。


「重くなってきた!」


「頑張って!」


「ルマも手伝ってよ!」


「さっきやった!」


「ちょっとしかやってない!」


 三人で器を囲んで、わあわあ騒ぐ。


「何してるんだ?」


 背後から声がした。


「あ、トータ!」


 振り返ると、トータが呆れた顔で立っていた。


「厨房までうるさいんだけど」


「クリームをふわふわにしてるの!」


「……何それ」


「新しいおやつ作ってるの!」


 トータが器の中を覗き込む。


「これを混ぜ続けるのか?」


「うん!」


「どれくらい?」


「ふわふわになるまで!」


「だから、どれくらいだよ」


「分かんない!」


「……」


 トータが私を見る。


 私はにっこり笑った。


「お兄ちゃん」


「嫌だ」


「まだ何も言ってない!」


「その顔したときは、だいたい俺にやらせるだろ」


 ばれている。


「トータぁ」


「嫌だって」


「腕いたい」


「俺も!」


「私も!」


 三人で一斉に腕を押さえる。


「……はあ」


 トータが大きなため息をついた。


「貸して」


「やったー!」


「最初からこれ狙ってただろ!」


「違うよ!」


 たぶん。


 トータが道具を受け取る。


「こうやって混ぜればいいんだな?」


「うん! 空気をいっぱい入れる感じ!」


「空気?」


「こう、ぐるぐるじゃなくて、しゃかしゃか!」


「分かりにくい」


 そう言いながら、トータが混ぜ始めた。


 しゃかしゃかしゃかしゃか。


「速っ」


 シイが目を丸くする。


「トータすごい!」


 アーリも覗き込む。


「さっきより速い!」


「お前らが遅いだけだろ」


 しゃかしゃかしゃかしゃか。


 しかも、ただ速いだけじゃない。


 最初は私の言うとおりに動かしていたのに、途中から少しずつ混ぜ方が変わっていく。


 器を傾けたり。


 動かす幅を変えたり。


「……こうしたほうが空気が入るんじゃないか?」


「たぶん!」


「たぶんって……」


 料理が好きなだけあって、こういうところは本当に勘がいい。


 しばらくすると――。


「あ!」


 アーリが声を上げた。


「ふわふわしてきた!」


 さっきまでとろりとしていたクリームが、少しずつ形を保つようになっている。


「トータ、止めて!」


「もういいのか?」


「うん!」


 私はクリームを覗き込んだ。


(おお……!)


 ちゃんと泡立っている。


 前世で知っていたものより少し緩いけれど、十分それらしい。


「これがふわふわ?」


「そう!」


 トータが指先にほんの少し取って味を見る。


「……味は普通のクリームだな」


「そうなんだよね」


 私も少し味見する。


 濃厚な乳の味。


 ほんのりとした自然な甘さ。


 おいしい。


 でも――。


(甘くない……!)


 前世で食べていた生クリームを思い出すと、どうしても物足りない。


 砂糖があればなあ。


 この世界では、少なくともForest亭で気軽に使えるような砂糖は見たことがない。


「失敗?」


 アーリが心配そうに聞く。


「ううん!」


 私はストベリを一つ持ち上げた。


「これと一緒なら、絶対おいしい!」


 今年のストベリは甘い。


 だったら、その甘さを使えばいい。


 パンを切って、泡立てたクリームをたっぷり塗る。


「俺が混ぜたクリーム」


 トータがぼそっと言った。


「みんなで作ったクリーム!」


「最後ほとんど俺だったけど」


「細かいこと気にしない!」


「細かくないだろ」


 半分に切ったストベリを並べていく。


「いっぱい入れよう!」


 アーリが楽しそうにストベリを置く。


「もっと」


 シイも横から追加する。


「待って! そんなに入れたら閉まらない!」


「いっぱい入ってるほうがうまい」


「シイは全部それ!」


 トータが横からストベリを一つ取った。


「並べ方、こうしたほうが切ったとききれいなんじゃない?」


「あ」


 ストベリの向きをそろえて、真ん中に断面が来るように並べ直してくれる。


 さすがトータ。


 料理になると頼りになる。


 もう一枚のパンで挟んで、少し押さえる。


 そして真ん中を切った。


「わあ!」


 アーリが声を上げた。


 白いパン。


 ふわっとした白いクリーム。


 その真ん中に並ぶ、真っ赤なストベリ。


(……完全にいちごサンド)


 ストベリだけど。


「食べよう!」


 三人で一つずつ持つ。


「あれ?」


 トータが言った。


「俺のは?」


「……」


 三人で顔を見合わせる。


「あるよ!」


「今作る!」


「クリーム混ぜてくれたし!」


「最初から作っとけよ!」


 結局、四人分を作り直した。


「せーの!」


 ぱくっ。


 最初に、柔らかなパン。


 次に、ふわっと軽くなった濃厚なクリーム。


 そしてストベリを噛んだ瞬間、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がった。


「んー!」


 アーリが頬を押さえる。


「おいしい!」


「うまっ!」


 シイはもう二口目を食べている。


「うまぁ……!」


 クリームだけなら足りなかった甘さを、ストベリが補ってくれる。


 やっぱり、もう少し甘ければ完璧。


 でもこれはこれで、ストベリそのものの甘さと酸っぱさがよく分かる。


「トータは?」


 私が聞くと、トータは断面を眺めながらもう一口食べた。


「うまい」


「ほんと!?」


「うん。クリームを泡立てたからなのか、見た目より重くない」


「でしょ!」


「ただ……」


 トータがストベリを見る。


「もう少し甘くてもいいかもな」


「やっぱり!?」


 思わず大きな声が出た。


「なんでルマがそんなに嬉しそうなんだよ」


「同じこと思ったから!」


 やっぱり砂糖が欲しい。


 いつか甘いものを作れる何かが見つかったら、絶対もう一度試そう。


 でも今は。


 春の甘いストベリがあれば、これで十分。


「パパにも食べてもらお!」


「ママにも!」


「俺、もう一個!」


「シイは食べすぎ!」


 厨房に、また笑い声が響いた。


 アーリが持ってきてくれた春のストベリ。


 三人で考えて。


 結局、一番大変なところはトータにやってもらって。


 Forest亭に、春の新しいおやつが一つ生まれた。

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