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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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第68話 不労収入バンザイ

あれから、一週間ほど経った。


朝の忙しい時間が終わって、Forest亭の食堂にも少しだけ静かな時間が戻ってきた頃。


私は窓際のテーブルで、布巾をたたんでいた。


正確には。


風の魔法で浮かせた布巾を、空中でぱたぱた折りたたんでいた。


「ルマ。それ終わったらこっちも頼む」


厨房からパパの声がする。


「はーい」


返事をしながら、もう一枚。


角を合わせて。


半分。


さらに半分。


うん。


完璧。


最近、魔法でできるお手伝いが増えてきた。


私としては大変喜ばしい。


働いているのに疲れない。


理想的である。


そんなことを考えていると。


からん。


Forest亭の扉が開いた。


「いらっしゃいませー!」


反射的に声を出す。


けれど、入ってきたのは食事をしに来たお客さんではなかった。


見覚えのある服。


胸元には、商業ギルドの印。


「こんにちは。Forest亭の方はいらっしゃいますか?」


「いる!」


私は布巾を空中に残したまま、椅子から飛び降りた。


商業ギルド。


ということは。


「とっきょ!?」


職員さんが少し驚いたあと、笑った。


「はい。先日申請された件で伺いました」


きた。


結果だ。


「パパー! ママー!」


「聞こえてる」


厨房からパパが顔を出す。


ママも奥からやってきた。


「どうしたの?」


「とっきょ!」


「それは聞こえたわ」


三人で職員さんのところへ集まる。


私が申請したのは三つ。


唐揚げ。


トンカツ。


そして、旅ごはん。


あの日から何度か思い出してはいたけれど、審査には時間がかかると言われていたから、なるべく考えないようにしていた。


だって。


気にしても早くならない。


それなら忘れていた方がいい。


……まあ、一週間しか経ってないけど。


職員さんが鞄から何枚かの書類を取り出した。


「先日申請いただいた三件について、審査結果が出ましたのでお持ちしました」


「はい!」


なぜか私が一番いい返事をした。


パパが隣で笑っている。


「まず一件目。唐揚げについてです」


きた。


私は背筋を伸ばした。


「肉を食べやすい大きさに切り、酒や香味野菜などで下味をつけ、粉をまとわせて油で揚げる調理法。こちらは新しい調理法として認められました」


「……!」


「Forest亭名義で、正式に登録されています」


「やった!」


思わず両手を上げた。


通った。


唐揚げ、特許になった。


「それから、申請時に記載されていた『唐揚げ』という名称についても、Forest亭の商品名として登録が認められています」


「なまえも?」


「はい」


私は一瞬、黙った。


唐揚げ。


前世では、どこにでもあった。


お弁当にも入っていたし、お惣菜売り場にもあった。


居酒屋に行けば、とりあえず頼む人もいた。


そんな当たり前の名前。


それが。


この世界では今日、正式に登録された。


「……からあげになった」


「え?」


「なんでもない!」


なんだろう。


ちょっと変な感じ。


嬉しいような。


懐かしいような。


でも。


これからこの世界でも、あれは唐揚げだ。


「続いて、トンカツです」


私は再び職員さんを見る。


「こちらも、肉に粉、卵、細かくしたパンを順にまとわせて油で揚げる調理法として、登録が認められました」


「おおー!」


二つ目!


「『トンカツ』という名称も、同じくForest亭の商品名として登録されています」


「トンカツも!」


「よかったわね」


ママが笑う。


私はうんうんと何度も頷いた。


唐揚げ。


トンカツ。


どっちも、この世界で正式な名前になった。


前世の私が聞いたらどう思うだろう。


たぶん。


なんで?


って言う。


私もそう思う。


まさか異世界で唐揚げとトンカツの名前を登録する人生になるとは思っていなかった。


いや。


前世ではもう死んでるから、人生二回目だけど。


「それで、最後に旅ごはんについてなのですが」


「はい!」


三つ目。


これもいけるか。


と思ったけれど。


職員さんは、さっきとは少し違う書類を出した。


「こちらは、料理そのものの調理法としては登録されませんでした」


「……え」


三つ全部いけると思ってた。


私の顔に出たのか、職員さんがすぐに続ける。


「ただし、『旅ごはん』という名称については登録が認められています」


「なまえは?」


「はい。Forest亭の商品名として正式に登録されました」


「おお……」


よかった。


全部だめだったわけじゃない。


「旅ごはんは、特定の料理を指すものではありませんからね。パンとおかずを組み合わせたり、中身を変えたりできますよね?」


「できる!」


昨日と今日で中身が違うことだってある。


「ですので、調理法の特許という形には適さない、という判断です」


「なるほど」


それなら分かる。


唐揚げは唐揚げの作り方。


トンカツはトンカツの作り方。


でも旅ごはんは、中に何を入れるかまで決まっていない。


持って行ける一食分のごはん。


そういうものだ。


「でも、たびごはんってなまえは、Forest亭の?」


「はい」


「じゃあ、いい!」


十分だ。


旅ごはんは旅ごはんになった。


これで今日から。


唐揚げ。


トンカツ。


旅ごはん。


全部、この世界でも正式な名前である。


なんだかすごい。


「それから」


職員さんが言った。


「今回、旅ごはんについて確認している中で、ギルドから一つご案内があります」


「?」


まだあるの?


職員さんが視線を動かした。


その先には、旅ごはんを入れるための箱がいくつか置いてある。


「こちらの容器です」


「はこ?」


「はい。旅ごはんに使われている、持ち運び用の容器ですね」


私は一つ手に取った。


中はいくつかに分かれていて、パンとおかずが混ざりにくくなっている。


持ち運びやすくて。


食べる時にも困らない。


前世の感覚でいうと。


お弁当箱。


「こちらも登録しておいた方がよいかもしれません」


「これも?」


「はい。旅ごはんが広まれば、料理だけでなく、この容器を真似して作る方が出てくる可能性があります」


「おべんとうばこも……」


「おべんとうばこ?」


「あ」


また言った。


「このはこのこと!」


最近、油断すると前世の言葉が出る。


まあいい。


お弁当箱。


分かりやすいから、私の中ではもうお弁当箱だ。


「道具として登録できる可能性があります。申請されますか?」


「する!」


そこまで言って。


止まった。


……待てよ。


私はゆっくり横を見る。


右にパパ。


左にママ。


二人とも私を見ている。


「……」


前回、ママに言われた。


Forest亭の名前で申請するんだから、勝手に自分だけで決めてはいけない。


これは私のものじゃない。


Forest亭のもの。


だから。


「……どーする?」


パパが一瞬きょとんとして。


それから笑った。


「ちゃんと聞いたな」


「だって、Forest亭のだもん」


「そうね」


ママもちょっと嬉しそうだ。


よし。


学習している。


私はできる六歳児である。


パパがお弁当箱を手に取った。


「登録できるなら、しておいた方がいいんじゃないか?」


「私もそう思うわ」


ママも頷く。


じゃあ。


「する!」


結局、最初と同じ答えになった。


……が。


パパが箱を見ながら、ふと動きを止めた。


「いや、待て」


「?」


「これ、うちだけで決めていいのか?」


「なんで?」


「作ったのはシイのところだろ」


「あ」


そうだった。


旅ごはんを始める時。


こういう箱が欲しい。


持ち歩けるようにしたい。


中で料理がぐちゃぐちゃにならないようにしたい。


そう相談して。


実際に形にしてくれたのは、シイのところだ。


私はもう一度、箱を見る。


欲しいものを伝えたのはこっち。


でも。


作り方を考えて、実際に作ってくれたのは向こう。


「これ、Forest亭だけの?」


私は職員さんに聞いた。


「そのあたりは、詳しく確認する必要がありますね」


職員さんが箱を受け取り、形を確認する。


「Forest亭から具体的な案を出して、製作者の方がそれを形にされたのであれば、共同で考案したものとして登録できる可能性があります」


「いっしょに?」


「はい。共同名義という形ですね」


共同名義。


なるほど。


そんなのもあるのか。


「では、申請されるのであれば、製作された方にも確認していただくのがよいと思います」


私はパパとママを見る。


今度は迷わない。


「シイのとこに、そうだんする?」


「ああ。それがいいな」


「勝手に決めるわけにはいかないものね」


「うん!」


ということで。


お弁当箱については保留になった。


シイのところに聞いてから。


もし向こうもいいと言ってくれたら、一緒に申請する。


なんだか。


料理を作っていただけなのに。


気づけば名前を登録して。


作り方を登録して。


今度は箱まで登録しようとしている。


商売って、思っていたよりやることが多い。


「以上が今回の審査結果になります」


職員さんが書類をまとめた。


唐揚げ。


登録。


トンカツ。


登録。


旅ごはん。


名前は登録。


お弁当箱。


これから相談。


私は頭の中で整理する。


そして。


ふと気づいた。


唐揚げとトンカツの特許が増えた。


ということは。


誰かが使ってくれたら。


その使用料がForest亭に入る。


そして、そのうち二割は――。


私の預金。


「……ふふ」


「ルマ」


ママに呼ばれた。


「なに?」


「またお金の顔してる」


だから。


お金の顔ってなんだ。


「してないよ!」


「してたぞ」


パパまで言う。


「してない!」


私は頬を両手で押さえた。


普通の顔。


たぶん。


でも。


ちょっとだけ嬉しいのは仕方ない。


一週間前に初めて知った、自分の預金。


作ったばかりのカードは、今日も大事にしまってある。


そこに。


いつか唐揚げとトンカツのお金も入ってくるかもしれない。


「……がんばって、ひろまってね」


「何が?」


「からあげとトンカツ!」


パパが吹き出した。


ママも笑っている。


でも本気だ。


美味しいものは、みんなで食べた方がいい。


そして。


ちょっとだけ。


ほんのちょっとだけ。


私の預金も増えたら嬉しい。


唐揚げとトンカツ。


前世では当たり前だった二つの料理が。


今日。


この世界でも、ちゃんと名前を持った。


私は登録証を眺めながら、なんだかむずむずするような気持ちになった。


さて。


次は――。


私は旅ごはんの箱を見る。


「シイのとこ、いついく?」


「もう次の話か」


パパが呆れたように笑った。


だって。


思いついたら、早い方がいい。


お弁当箱の相談もしなくちゃ。


六歳児。


意外と忙しい。

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