第66話 ちりも積もれば、なんとやら
その日の午後。
昼の忙しい時間が少し落ち着いて、Forest亭の食堂にもゆったりとした空気が戻ってきた。
私はいつもの場所に座って、ぼんやりと店の中を眺めていた。
朝、パパから新しく任されたのは、開店前の食堂を綺麗にする仕事だった。
テーブルに床
それから空気の入れ替え。
六歳になって仕事が増えたこと自体はあんまり嬉しくなかったけど、やり方は任せると言われたので、当然のように最初から魔法を使った。
布巾を浮かせて、椅子を浮かせて、箒を動かして。最後は風を使って食堂の空気まで一気に入れ替えた。
ほとんど自分は動いていない。
それなのに手でやるより早くて綺麗で、パパには「大したもんだな」と褒められた。
「……ふふ」
思い出すと、ちょっと嬉しい。
楽をしたかっただけなのに、結果的にはちゃんと仕事として認めてもらえた。
しかも、魔法でできるならこれからもそれでいいらしい。
仕事っていうのは、苦労した時間の長さじゃない。ちゃんと終わればいい。
(うん。やっぱり、パパわかってる)
明日からも遠慮なく楽をしよう。
そんなことを考えていると、入口の近くから声がした。
「旅ごはん、三つお願い」
「はーい!」
ママが返事をして、厨房へ声をかける。
「旅ごはん三つよー!」
「分かった!」
トータ兄ちゃんが答え、少しして包まれた旅ごはんがお客さんへ渡される。
「ありがとな。これ、ほんと便利なんだよ」
「またお願いしますね!」
ママが笑顔で見送るのを眺めながら、私はふと旅ごはんについて考えた。
最初はフォレストパンだけだった。
持ち歩けるパンとして作って、そこからおかずも一緒にしたら便利なんじゃないかという話になり、試して、作って、売り始めた。
今ではすっかりForest亭の商品になっている。
「唐揚げ、もう一皿!」
今度は別のテーブルから声が上がった。
唐揚げもつい最近、スピアバードの肉をどうしたら美味しく食べられるか、トータ兄ちゃんとパパと一緒に考えて作ったものだ。
筋を切るように肉を切って、
パパの提案で酒に漬け、
マヌルニクを使って下味をつける。
それに粉をまとわせて揚げたものが、今ではお客さんの前に並んでいる。
「これ、ほんと酒に合うなあ」
「もう一杯もらおうかな」
「はーい!」
ママが笑顔で酒を運んでいく。
……売れてる。
ちゃんと売れてる。
「ママ、フォレストパン追加!」
「はーい!」
厨房から聞こえた声に、今度はフォレストパンを見る。
あれも、私が開発に関わった。
「黒煮込み二つ!」
「分かった!」
黒煮込みも。
私は頬杖を外して、改めて食堂を見渡した。
旅ごはんに
フォレストパン
黒煮込み。
それについ最近作った唐揚げと
その前にはトンカツもある。
「……あれ?」
もちろん、全部を一人で作ったわけじゃない。
パパもママもトータ兄ちゃんも一緒に考えて、何度も試して作ったものだ。
それでも、最初のきっかけに私が関わっているものは思っていたよりずっと多い。
「わたし、けっこういろいろつくってない?」
今まで、わざわざ数えたことなんてなかった。
何かを思いついたら作って、美味しかったら喜んで、店に出して。
しばらくするとまた別のものを思いついて、今度はそっちを作る。
ずっとそんな感じだった。
でも今朝、パパから新しい仕事を任されて、初めて少し気になった。
私、今までどのくらい働いてるんだろう。
皿洗いもしたし、忙しい時には魔法で手伝った。そのたびに、お手伝いのお金だってちゃんともらっている。
最初に皿洗いで銅貨三枚をもらった時なんて、ものすごく嬉しかった。
それからもちょこちょこ働いて、その分のお金をもらっているのに、私はほとんど使っていない。
食べるものは家にある。
寝るところもあるし、
服だってパパとママが用意してくれる。
六歳児には、そもそもそんなにお金を使う場所がない。
(……もしかして、結構貯まってる?)
そう思ったところで、厨房にいるパパの姿が目に入った。そのそばでは、黒煮込みに使う玉ねぎがじっくりと炒められている。
「あ」
そうだ。
お手伝いのお金だけじゃない。
黒煮込みと、玉ねぎをじっくり炒めて甘みとコクを出す方法。あれは商業ギルドで特許を取ったんだった。
最初の頃は気にしていたけど、最近は料理を考えたり遊んだり、魔法を使ったりしているうちに、すっかり確認しなくなっていた。
「……かせいでる?」
思わず口から出た。
「何が?」
「わっ!」
いつの間にか、トータ兄ちゃんが立っていた。
「な、なにも!」
「今、稼いでるって言った?」
「いってない」
「言っただろ」
「いってない!」
トータ兄ちゃんが怪しそうに私を見る。
「また何か考えてんの?」
「かんがえてない」
考えてます。
かなり。
「トータ!」
厨房からパパに呼ばれて、トータ兄ちゃんが戻っていく。
私はもう一度、食堂を見渡した。
旅ごはんを持ったお客さんが店を出ていく。別のテーブルでは唐揚げを食べながらお酒を飲んでいる。
「……」
待って。
今、特許を取っているのは黒煮込みと玉ねぎの炒め方。
でも、旅ごはんは?
唐揚げは?
この前作ったトンカツは?
「……なんで、とっきょにしてないんだろ」
その時はForest亭に新しい料理ができたことが嬉しくて、それだけで満足していた。
でも、黒煮込みが特許にできたなら、あの三つだってできるかもしれない。
旅ごはんは持ち運びに便利で、唐揚げもトンカツも今までこの辺りにはなかった調理法だ。
これだけお客さんに喜ばれているなら、他のお店が作りたいと思うことだってあるかもしれない。
私は椅子から降りると、ちょうど料理を運び終えたママのところへ向かった。
「ママ」
「なあに?」
「とっきょって、またとれる?」
ママが瞬きをする。
「また?」
「うん。たびごはんと、からあげと、トンカツ」
「あら」
ママも食堂を見渡した。
「これ、とっきょにできない?」
「どうかしら。商業ギルドに聞いてみないと分からないわね」
「きいてみたい!」
「ずいぶん急ねえ」
「だって、ほかのおみせがつくりたいっていったら?」
ママは少し考えてから頷いた。
「そうね。これだけお客さんに喜んでもらえてるんだもの。似たものを作ろうとする人は出てくるかもしれないわね」
「でしょ!」
だったら、登録できるものは登録しておいた方がいい。
黒煮込みの時は、自分たちが考えたものを守るという意味の方を強く考えていた。
でも今の私は、もう一つ知っている。
特許を誰かに使ってもらえば、その分のお金が入ってくる。
「……ふふ」
「ルマ?」
「なに?」
「何その顔」
「なんでもない」
「絶対何か考えてるでしょ」
失礼な。
私はただ、自分たちが考えた料理を守りたいだけだ。
その結果、ちょっとお金が入ってきたら嬉しいなと思っているだけである。
……ちょっと。
たぶん。
「それより、ママ」
「今度は何?」
「わたしのおかね、いまどのくらいある?」
「ああ、お手伝いのお金?」
「それも。とっきょも」
ママが「あら」と声を上げた。
「そういえば最近、一緒に確認してなかったわね」
「ある?」
「もちろん取ってあるわよ」
「いっぱい?」
ママが笑う。
「どうして今日はそんなにお金のことばっかり気になるの?」
「きょう、しごとふえたから」
「それで?」
「わたし、いままでどのくらいしごとしてるのかなって」
皿洗いもした。忙しい時は手伝ったし、魔法で片付けた仕事もたくさんある。それだけじゃなく、食堂を見渡せば自分が開発に関わった料理までいくつも売られている。
「わたし、けっこうはたらいてる?」
ママの表情が柔らかくなった。
「働いてるわよ」
「やっぱり?」
「ええ。ルマが思ってるより、ずっとForest亭を助けてくれてるわ」
「……!」
お金のことを考えていただけなのに、そう言われるとちょっと照れる。
「じゃあ」
気を取り直して、ママを見上げる。
「わたし、けっこうかせいでる?」
「結局そこなの?」
ママが吹き出した。
「だいじ!」
「もう」
笑いながら頭を撫でられる。
「あとで見てみる?」
「みる!」
「でも、もう少し待ってね。まだ片付けがあるから」
「いまは?」
「だめ」
「ちょっとだけ」
「だーめ」
気になる。
ものすごく。
「パパも一緒に確認しましょう。特許のこともあるしね」
「わかった」
仕方なく椅子に戻ると、ちょうどまた注文の声が飛んできた。
「旅ごはん、もう一つ!」
ちゃりん。
「唐揚げ追加!」
ちゃりん。
「黒煮込みも!」
ちゃりん。
実際にそんな音がしているわけじゃないのに、今の私には全部がお金の音に聞こえる。
しかも、旅ごはんと唐揚げとトンカツ。この三つまで特許にできたら、今ある特許にさらに三つ増える。
「……ふふふ」
「ルマ」
厨房からパパの声が飛んできた。
「何ニヤニヤしてる」
「なにも!」
慌てて口元を押さえる。
危ない。六歳児らしくない顔をしていたかもしれない。
朝、仕事が増えた時は、六歳になって損したと思った。
なのに午後には、自分が今までしてきた仕事を数えて、作ってきたものを数えて、そのうえ新しい特許まで増やそうとしている。
働くのは、できるだけ少ない方がいい。
でも、一度考えたものが私の知らないところでも使われて、その分のお金が入ってくるなら話は別だ。
私は食堂を眺めながら、ママの片付けが終わるのを待った。
お手伝いのお金に、今までの特許。そして、これから申請できるかもしれない三つの新しい特許。
私。
もしかして、思っているよりずっと稼いでるんじゃないだろうか。




