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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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第65話 6歳の仕事!?

六歳になって、数日。


「ルマ」


朝ごはんを食べ終えたところで、パパに呼ばれた。


「なに?」


「今日から、朝の食堂の準備を一つ任せたい」


「……しごと?」


「ああ」


嫌な予感がする。六歳になった途端、仕事を任されるようになった気がする。


ママは近くで開店前の準備をしながら、私とパパのやり取りを聞いていた。


「なにするの?」


「開店前に食堂を綺麗にしてくれ。テーブルと床、それから空気の入れ替え」


「……いっぱいある」


「まとめて朝の準備だ」


「まとめたら、ひとつになるの?」


「なる」


ならないと思う。


私は食堂を見渡した。並んだテーブルに椅子、床、それから窓。


「まいにち?」


「毎日」


「……」


六歳。


やっぱり損してない?


「ふふっ」


ママの笑い声が聞こえた。


「ママ、わらった!」


「だって、すごく嫌そうな顔するんだもの」


「しごとふえたもん」


「六歳になったお姉さんだものね」


「ごさいにもどろうかな」


「戻れないわよ」


知ってる。


パパも笑いながら、私の前のテーブルを軽く叩いた。


「やり方は任せる。ちゃんと綺麗になってればいい」


「まほうでも?」


「ああ」


「ほんと?」


「お前、今までも洗い物は魔法でやってるだろ」


確かに。


「仕事ってのは、わざわざ面倒なやり方でするもんじゃない。楽にできるなら楽にやれ」


「パパ!」


「なんだよ」


「わかってる!」


「何をだ」


それなら話は早い。


私は椅子から立ち上がろうとして――やめた。


……いや、立ち上がる必要もないか。


「ルマ?」


ママが不思議そうに私を見る。


「ここからする」


「そこから?」


「うん」


まずは窓。


浮遊魔法で留め具を外し、一つずつ開いていく。


カチャ、カチャ、カチャ。


朝の光が食堂に差し込んだ。


次は風だ。


強すぎれば物が飛ぶし、弱すぎれば空気が動かない。外の新しい空気を取り込んで、食堂全体をゆっくり通し、反対側の窓から外へ流していく。


ふわぁっ――。


カーテンが一斉に膨らんだ。


昨日の料理や酒の残り香が薄れていき、代わりに草と土の匂いが混じった朝の風が入ってくる。


「わぁ!」


リトが両手を広げる。


「かぜ!」


「まず、くうきいれかえ!」


「おおー!」


なぜかリトが盛り上がっている。


ママも気持ちよさそうに目を細めた。


「いい風ねえ」


「でしょ?」


「窓を開けておくだけより、ずっと早そう」


パパも厨房の入口から食堂を見ていた。


「……もう匂いが変わったな」


「まどあけてまってるより、はやいでしょ?」


「ああ。これなら開店前に一気に入れ替えられるな」


よし。


次はテーブル。


布巾を四枚用意して、水魔法で濡らしてから余分な水を絞る。そのまま浮遊魔法を使えば、四枚の布巾がふわりと同時に宙へ浮かんだ。


「よんこ!」


リトが指を立てながら数える。


「せいかい!」


「すごいねぇ!」


リトが目を輝かせている。


それぞれ別のテーブルへ飛ばし、四枚を同時に動かしていく。汚れが残っているところだけはもう一度。椅子が邪魔なら少し浮かせて、その隙に布巾を通してから元に戻す。


「……」


パパが黙って見ている。


「なに?」


「いや」


「?」


「続けろ」


変なの。


ママも手を止めて、宙を行ったり来たりする布巾を眺めている。


「ルマ、それ全部自分で動かしてるの?」


「うん」


「間違えて違うところ拭いたりしないの?」


「ちゃんとみてるもん」


「へえ……」


ママが感心したような声を出した。


なんだかちょっと気分がいい。


次は床。


箒を浮かせ、椅子を少しずつ持ち上げながら、その下を通していく。


サッ、サッ、サッ。


集めた埃は一か所へまとめる。


最初から風で飛ばしたら、埃が食堂の中を舞って別のところに移動するだけ。それでは掃除にならない。


だから最後だけ、細く風を通す。


集まった埃がすーっと床を滑り、そのまま入口から外へ出ていった。


「おわり!」


私はようやく椅子から降りた。


……結局、一歩も食堂を歩かなかった。


素晴らしい。


パパがテーブルへ近づき、指で表面を撫でる。次に端を確認して、今度はしゃがみ込んでテーブルの下や椅子の脚の周り、床までじっくり見ていく。


ママも別のテーブルを手で撫でていた。


「どう?」


「……綺麗だ」


「こっちも。拭き残しないわよ」


「でしょ!」


胸を張る。


パパが私を見る。


「ルマ」


「なに?」


「今、いくつ同時に魔法使ってた?」


「え?」


考えてみる。


布巾が四枚に、椅子と箒。それから風も使ったし、水も使った。


「……いっぱい」


「いっぱいって」


パパが笑う。


それから、もう一度綺麗になった食堂を見渡した。


「洗い物を魔法でやってるのは知ってたけどな。ここまで細かく別々に動かせるとは思ってなかった」


大きな手が、ぽんっと私の頭に乗る。


「大したもんだ」


そのまま、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。


「ちょ、かみ!」


「ははは!」


髪はぐちゃぐちゃになった。


「もう、ヤト。せっかく綺麗にしてたのに」


ママが笑いながら私の髪を手櫛で直してくれる。


「でも、本当にすごいわね。こんなに早く食堂全部が綺麗になるなんて」


「ほんと?」


「もちろん。空気も気持ちいいし、ママも助かるわ」


「……ふふ」


パパに褒められたのも嬉しかったけど、ママにまでそう言ってもらえると、さらに嬉しい。


楽をしたかっただけなのに。


「明日からも、このやりかたでいい?」


「ああ。むしろこっちの方が綺麗で早い」


パパが即答する。


「仕事ってのは、ちゃんと終わってりゃいいんだ。魔法でできるなら魔法でやれ」


「うん!」


「ただし、雑になったらやり直し」


「はい!」


「じゃあ、明日からもお願いね」


ママがにっこり笑う。


「……まいにち?」


「毎日」


「やっぱり?」


「最初にパパが言ったでしょ」


そうだった。


褒められて、うっかり忘れかけていた。


仕事は増えた。


でも、労働時間はそんなに増えなかった。それどころか、楽をするために磨いてきた魔法をパパとママの二人に認めてもらえたと思えば、ちょっと嬉しい。


それなら悪くない。


六歳。


思っていたより、悪くないかもしれない。

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