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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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第64話 ちょっと照れくさい、2度目の六歳

ここまで読んでくださってありがとうございます!


「Forest亭、ちょっと好きかも」と思っていただけたら、

評価やブックマーク、リアクションをいただけるととっても嬉しいです!


皆さまからの反応を励みに、これからものんびり楽しく更新していきます。


引き続き、ルマとForest亭をよろしくお願いします!

朝。


頬に何かが触れた気がして、目が覚めた。


ふわりと、少し開けていた窓から入ってきた風がカーテンを膨らませている。昨日と同じ、気持ちのいい朝だ。


布団から出ても寒くない。窓の向こうから鳥の声が聞こえて、下からはパパが何かを切る音が聞こえてくる。


トントントン。


いつもの音。


「……んー」


大きく伸びをする。


よく寝た。今日もいい天気になりそうだ。


さて、顔を洗って、朝ごはんを食べて。今日は何しようかな。


そんなことを考えながら階段を下りて――。


「ルマ!」


食堂に入った瞬間、ママの声が飛んできた。


「六歳のお誕生日、おめでとう!」


「……あ」


そうだった。


今日、私、誕生日だった。



この世界にも、もちろん誕生日を祝う文化はある。


家族で少し豪華な料理を食べたり、贈り物をしたり。そのあたりは前世とそんなに変わらない。


ただ、一つだけ。この世界には前世では見たことのなかった習慣がある。


誕生日を迎えた人の額に手を当てて、これから先の人生が健やかなものであるようにと願う。


生まれてから毎年、私は家族にこれをしてもらっている。つまり今日で六回目。


もう慣れてもよさそうなものなのに。


「ルマ、こっち来い」


パパに呼ばれた瞬間、ちょっとだけ背筋が伸びた。


(……きた。)


パパが私の前にしゃがむ。こうして同じ高さになっても、やっぱり大きい。


厨房仕事で鍛えられた太い腕に、広い肩。そして、その大きな手が私の額にそっと触れた。


さっきまで料理をしていたからか、少しだけ温かい。


パパの顔から、いつもの豪快な笑いが少し消える。


「六歳、おめでとう」


「うん」


「これからの人生も、健やかなものでありますように」


「……ありがと」


やっぱり、慣れない。


前世なら、誕生日おめでとうと言われて、ありがとうと返して。それで終わりだった。


こんなふうに真正面から、自分のこれから先の人生まで願ってもらうことなんて、なかった気がする。


なんというか……照れる。


パパの手が額から離れた。


終わった。


そう思った次の瞬間。


「よし!」


「わっ!」


ぐいっと身体ごと引き寄せられた。


「ぐえっ」


パパの腕が背中に回る。


太い。硬い。そして、力が強い。


(筋肉!)


頬がパパの胸板に押しつけられる。


何これ。壁?


いや、パパだ。


「パパ、くるしい!」


「ははは! 六歳になってもまだまだ小さいな!」


「きょう、ろくさいになったから! きのうとおおきさかわらない!」


「そりゃそうだ!」


だったら言うな。


「ちょ、くるし……!」


ようやく腕が緩んだ。


ぷはっ。


誕生日早々、パパの筋肉で圧死するところだった。


「もう、ヤトったら」


ママが笑いながら近づいてくる。


「次は私ね」


「うん」


ママが私の前にしゃがんだ。


そして、ふっと表情が変わった。


さっきまでパパを見て笑っていたのに、目尻が柔らかく下がり、口元には小さな笑みが浮かぶ。何も言わず、しばらく私の顔を見つめている。


その表情を見た瞬間、胸の奥が少しだけきゅっとした。


知っている。


こういう顔。


前世の病棟でも、何度も見た。


眠っている子どもの頬を撫でるお母さん。治療を頑張った子を抱きしめるお父さん。退院の日に、元気になった我が子を見つめる家族。


ただそこにいてくれることが、元気でいてくれることが、愛おしくて仕方がない。


そんな顔。


あの頃は、私はいつもその表情を見る側だった。


それが今は、私に向けられている。


ママの手が、そっと額に触れた。


「ルマ」


「うん」


「六歳のお誕生日、おめでとう」


声まで、いつもより優しい。


「これからの人生も、健やかなものでありますように」


「……うん」


額から手が離れると、そのままママの腕が私の身体を包んだ。


パパとは全然違う。


柔らかくて、温かくて、背中を撫でる手も優しい。


「生まれてきてくれて、ありがとう」


耳元で、小さな声がした。


「……」


これは、ずるい。


六回目なのに。毎年こうして祝ってもらっているのに、まだどういう顔をしたらいいのか分からない。


「……ママ」


「なあに?」


「……ありがと」


それだけ言って、私はママの服をぎゅっと掴んだ。


ママの腕に、少しだけ力が入った。


しばらくそのままでいると。


「……長くない?」


声がした。


トータ兄ちゃん。


「いいじゃない。今日はルマのお誕生日なんだから」


「俺、待ってるんだけど」


「あら。トータも早くお祝いしたいの?」


「ちがっ……順番だから!」


ふふ、とママが笑って、ようやく離れる。


代わりにトータ兄ちゃんが私の前へ来た。


「……」


「……」


見つめ合う。


「なに?」


「いや、黙ってろ」


「まだなにもいってない」


「お前、絶対なんか言うだろ」


失礼な。


トータ兄ちゃんが少しだけ目を逸らし、それから私の額に手を置いた。


「六歳、おめでとう」


「うん」


「これからの人生も……健やかなものでありますように」


「……」


なんだろう。


パパとママは平気だったのに、トータ兄ちゃんだとめちゃくちゃ恥ずかしい。


たぶん向こうも同じ。


耳、ちょっと赤い。


「トータにいちゃん」


「なんだよ」


「だきしめる?」


「しねえよ!」


即答。


「パパも、ママもしたよ?」


「俺は兄ちゃんだからいいんだよ!」


「なんで?」


「なんでも!」


「てれてる?」


「照れてない!」


照れてる。


絶対照れてる。


「はいはい、次はリトよ」


ママが笑いながら助け舟を出した。


「リト?」


見ると、さっきから待っていたリトがぴょこっと前に出てきた。


「ルマ!」


「はい」


小さな手が伸びる。


ぺち。


「いたっ」


額を叩かれた。


「リト、優しくよ」


「うん!」


もう一回。


今度はそっと手を置く。


「ルマ、ろくさい、おめでと!」


「ありがと」


「これからの……」


止まった。


リトがママを見る。


ママが口だけ動かす。


「じんせいも……」


「じんせいも!」


もう一度ママを見る。


「すこやかな……」


「すこやか!」


「ものでありますように」


「……あります!」


だいぶ短くなった。


「ありがと」


「うん!」


リトが満足そうに笑う。


そして突然。


「ルマ、これ!」


テーブルの下に隠していたらしい小さな袋を持ってきた。


「なに?」


「ぷれぜんと!」


「え!」


受け取って中を見ると、小さな木の実、丸い石、少し赤い石、綺麗な形の葉っぱ、白っぽい木の実、それから小さな花が入っていた。


「……いっぱい」


「ちがう!」


リトがすぐに否定して、袋から一つずつ取り出して並べ始める。


「いち」


木の実。


「に」


丸い石。


「さん」


赤い石。


「よん」


葉っぱ。


「ご」


白い木の実。


「ろく!」


最後に、小さな花。


「ろっこ!」


リトが胸を張った。


「ルマ、ろくさいだから!」


「……!」


六歳だから、六個。


この前、宿のお客さんに数を褒めてもらってから、何でも数えたがっていたリト。


きっとこれも、一つずつ選んで何度も数えたんだろう。


「リトがえらんだの?」


「うん!」


「ぜんぶ?」


「うん!」


「……ありがと」


「すごい?」


「すごい!」


「やった!」


リトが飛び跳ねる。


なんだろう。


高価なものなんて一つもない。たぶん全部、裏庭とか道端で見つけたものだ。


でも、捨てられないな、これ。


絶対。



その日の夜。


食卓には、パパが作った料理がずらりと並んだ。


私の好きなものばかり。


「うわぁ……」


「今日はルマの好きなものにしたぞ」


「ぜんぶ?」


「ああ」


「パパ、すき!」


「朝は苦しいって言ってたくせに」


それとこれとは別です。


「今日はルマ、何もしなくていいからね」


ママが言う。


「ほんと?」


「ああ」


パパも頷く。


「誕生日くらい、子どもやってろ」


「……」


子どもやってろ。


その言葉が、なんとなく胸に残った。


前世では三十歳だった。働いて、誰かのお世話をして、子どもたちやその家族のことを考えて。それが当たり前だった。


今だって中身はそのままだから、つい自分が何かをする側に回ってしまう。


でも今日は、ただパパとママの娘で、トータ兄ちゃんの妹で、リトのお姉ちゃん。


六歳になった子ども。


それだけでいいらしい。


「さ、ルマ」


ママが言った。


「最初に食べて」


これも、この世界の誕生日の習慣。


誕生日を迎えた人が、新しい歳になって最初の食事を最初に口にする。それまでは、みんな待つ。


「……」


見ると、パパもママもトータ兄ちゃんもリトも、全員が私を見ている。


「……これ、まいとしいや」


「なんでだよ」


トータ兄ちゃんが笑う。


「みんなみてる」


「早く食べればいいだろ」


「たべにくい!」


「ルマ、はやく!」


リトまで急かしてくる。


分かったよ。


私は目の前の料理を一つ取った。


ぱく。


もぐもぐ。


みんなが見ている。


だから見ないで。


もぐ。


ごくん。


「どう?」


ママが聞く。


「……うまぁ」


「よし!」


パパが笑った。


それを合図に、みんなが一斉に料理へ手を伸ばし、食卓が賑やかになる。


ママが笑って、パパが料理を取り分けて、トータ兄ちゃんとリトが同じものを取ろうとして揉めている。


いつもの光景。


私は自分の手元を見る。


リトにもらった六個の贈り物は、なくさないように小さな箱へ入れておいた。


六歳。


前世でも、一度は経験した年齢。


だから本当なら、二回目の六歳。


でも、こんな六歳は初めてだった。


額に触れるパパの大きな手。苦しいくらいの抱擁。私を見るママの優しい顔。照れながら祝ってくれる兄。一生懸命、六個を数えてくれた弟。


毎年してもらっているのに、やっぱりまだ慣れない。


でも、慣れなくてもいいのかもしれない。


毎年ちょっと照れて、毎年ちょっと嬉しくて、そのたびに今年もここにいるんだなって思えたら、それでいい。


「ルマ」


「ん?」


パパが笑う。


「六歳も元気にいけよ」


「うん!」


これからの人生も、健やかなものでありますように。


今朝、何度ももらった言葉を、私は心の中で家族にも返した。


パパも、ママも、トータ兄ちゃんも、リトも。


これから先、ずっと。


健やかな人生でありますように。

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