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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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第59話 生産コストゼロって本当ですか?

あの、名前のない揚げ肉――。


私の中ではどう考えてもトンカツなのだけれど、この世界で「トンカツ」と呼ぶには少々問題がある料理が生まれてから、数日が経った。


結局、あの日は名前が決まらなかった。


けれど、味については文句なしだった。


「なあ、あの揚げた肉、また作らないのか?」


トータ兄ちゃんなんて、翌日にはそう言っていたくらいだ。


私だって食べたい。


サクサクの衣。噛めばじゅわっと出てくる肉汁。そこに、パパと作った甘酸っぱいソース。


思い出すだけでお腹が空いてくる。


ただ、一つ問題があった。


あの肉だ。


あの日使ったのは、Forest亭に泊まっていた冒険者さんたちから分けてもらった魔獣の肉。


いつでも手に入るものなのか。そもそも、いくらくらいするのか。


私はこの世界で生まれて四年。


食堂の娘として肉料理は何度も食べてきたけれど、どの肉がどうやって手に入っているのかまでは、あまり気にしたことがなかった。


そんなことを考えながらも、わざわざ調べることもなく、数日が過ぎたある日の昼。


「おーい、親父! 飯食わせてくれ!」


Forest亭の扉が勢いよく開いた。


聞き覚えのある大きな声に、私はテーブルを拭いていた手を止める。


「あ」


三人組が入ってきた。


背中には大きな荷物。腰には剣。


そして、見覚えのある顔。


「あ! おにくのひと!」


私が指をさすと、先頭の男の人が足を止めた。


「俺たち、そんな覚えられ方してんのか?」


後ろの二人が吹き出す。


「間違ってねえだろ。肉やったし」


「せめて冒険者って覚えてくれよ」


だって名前知らないし。


「いらっしゃい! また来てくれたのね」


ママが笑顔で迎える。


「この前の飯がうまかったからな」


「今日は泊まり?」


「いや、飯だけだ。夕方にはギルドに戻る」


三人は空いているテーブルへ座った。


パパが作った料理が並び、しばらくすると三人は豪快に食べ始める。


私はその周りをうろうろしていた。


聞きたい。


ものすごく聞きたい。


「あの」


「ん?」


「このまえのおにく」


「ああ」


「また、とれる?」


三人が顔を見合わせた。


「……あの魔獣か?」


「うん」


「取れるぞ」


あっさり。


あまりにもあっさり返ってきた。


「……とれるの?」


「そりゃな。あいつなら森に結構いる」


「珍しい魔獣でもねえし」


「むしろ場所によっちゃ畑荒らすから、討伐依頼が出るくらいだぞ」


「とうばつ……」


私は目を瞬いた。


待って。


私、てっきりあの肉って、それなりに貴重なのかと思ってた。


だって魔獣だよ?


名前からして強そうじゃん。


「じゃあ……たかい?」


「肉が?」


「うん」


「いや?」


また即答だった。


「普通の豚肉の方が高いんじゃねえか?」


「えっ」


思わず大きな声が出た。


厨房にいたパパまでこちらを見る。


「どうした?」


「パパ! ぶたさんより、あのおにくのほうがやすいって!」


「そりゃそうだろ」


パパまで普通に答えた。


……え?


常識なの?


知らなかったの私だけ?


「なんで?」


そう聞くと、冒険者の一人がパンをちぎりながら答えた。


「豚は育てなきゃならんだろ。餌やって、世話して、でかくなるまで待って」


「小屋もいるしな」


「病気になりゃ死ぬこともある」


なるほど。


「でも魔獣は勝手に森で育つ」


「……かってに」


「俺たちは狩って持って帰るだけだ」


なんという天然の畜産場。


いや、畜産ですらない。


もちろん狩る危険もあるし、冒険者さんたちへの報酬も必要だ。それでも、餌代も飼育場所も必要ない。


しかも、数日前に食べたあの肉は豚肉とかなり似ていた。


脂もある。


柔らかい。


揚げてもおいしい。


そして、豚より安い。


私は無言で考える。


「ルマ?」


ママが不思議そうに私を見る。


(……最高では?)


トンカツ用のお肉として。


最高なのでは?


「でも、あんなおおきいの、どうやっておにくにするの?」


さすがにForest亭の裏口に丸ごと魔獣を置かれても困る。


「ギルドだよ」


「ぎるど?」


「討伐した魔獣は一回ギルドに持っていく。そこで確認してもらって、解体場に回すんだ」


別の冒険者が自分の腕を指でなぞる。


「皮とか牙とか、売れる素材はそこで分けてもらう。肉が欲しけりゃ肉も持って帰れるぞ」


「かいたいしてくれるの?」


「ああ。金はかかるけどな」


なるほど。


冒険者ギルド、そんなことまでしてくれるのか。


私が感心していると、いつの間にかパパも厨房から出てきていた。


「なあ」


「ん?」


「今度、あの魔獣を狩ることがあったら、肉をうちに持ってきてくれないか?」


冒険者たちがパパを見る。


「肉を?」


「ああ。もちろん買い取る。ギルドで解体してもらった後でいい」


「そりゃ構わねえけど」


「どうせ俺たちじゃ全部食い切れねえしな」


「肉だけ売っても大した金にならねえし、買ってくれるなら助かる」


おお。


話が。


話がどんどん進んでいる。


「ただ、毎回狩れるとは限らんぞ?」


「それでいい。手に入った時だけで」


「じゃあ、次に狩ったら持ってくるよ」


「頼む」


パパと冒険者が話をまとめている横で、私は小さく拳を握った。


仕入れ先。


できた。


これで、あの料理がまた作れる。


いや、それどころか。


「ほかにもいる?」


「何が?」


「おいしいまじゅう」


三人の動きが止まった。


パパも止まった。


「……お前、魔獣をなんだと思ってる?」


「おにく?」


「食材扱いになってるぞ」


だって食べられるんでしょ?


「まあ、いるにはいるぞ。脂が少なくて焼くとうまいやつとか」


「煮込まないと硬くて食えないのもいるな」


「臭みが強いやつもいる」


「へえぇ……」


何それ。


面白い。


「どれがおいしい?」


「食いつくなあ、この子」


「今度持ってきてやろうか?」


「ほんと!?」


「ルマ」


パパの低い声が飛んできた。


私は口を閉じる。


危ない。


勝手に仕入れを増やすところだった。


冒険者たちが笑う。


「まあ、珍しいのが獲れたら話くらいは持ってきてやるよ」


「うん!」


私は大きく頷いた。


この世界に来てから、魔獣と聞けばずっと怖いものだと思っていた。


森にいて、人を襲うことがあって、冒険者が戦うもの。


でも今日、もう一つ知った。


種類によっては――。


おいしい。


しかも安い。


数日前に生まれた、名前のない揚げ肉。


まだ正式な名前すら決まっていないけれど、どうやらもう一度作る日は思っていたより早く来そうだった。


……というか。


豚より安いなら。


これ、普通にForest亭の料理にできるんじゃない?


私は冒険者さんたちが食べている横で、ひとり静かに笑った。


トンカツ。


この世界での居場所を、見つけられるかもしれない。

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