第57話 多重課題は、優先度を考えてこなします
夕方。
Forest亭の扉が開いた瞬間、私は思わず手を止めた。
入ってきたのは三人組の旅人だった。
一人は腰に剣を下げた背の高い男の人。もう一人は弓を背負った女の人。最後の一人は三人の中で一番身体が大きく、背中には何が入っているのか分からない大きな袋を背負っている。
革の防具には細かな傷があり、靴には乾いた泥。
どう見ても普通の旅人ではない。
(…………冒険者だ!)
剣。
弓。
防具。
大きな荷物。
完璧である。
異世界に転生して五年。
魔法も見た。
自分でも使えるようになった。
魔道具だって毎日のように使っている。
それでも。
(冒険者だー!!)
これはまた別だった。
「いらっしゃいませー!」
内心の興奮を隠して、私はママと一緒に三人を席へ案内した。
どうやら今夜はForest亭に泊まるらしい。
三人は荷物を部屋へ置いたあと食堂へ戻ってくると、夕食とエールを注文した。
私は料理を運びながら、ちらちらと三人を見る。
剣。
弓。
革袋。
(何と戦うんだろう)
魔獣とか?
いやいや。
さすがにそんな都合よく――。
「今日のコカトリス、でかかったな」
私の足が止まった。
(コカトリス!?)
「羽根も状態よかったし、結構な値になるんじゃない?」
弓を持っていた女の人がエールを飲みながら言った。
「もうギルドに売ったぞ。尾羽は装飾屋、羽毛は防寒具に使うらしい」
(羽毛!?)
私は料理を置いた隣のテーブルを拭き始めた。
もう綺麗だけど。
ここなら聞こえる。
「肉は?」
「少し持って帰った。若いやつだったから食えるぞ」
(食べるの!?)
思わず振り返りそうになった。
魔獣って食べるの?
「コカトリスは当たり外れあるからな。俺はボアグルの方が好きだ」
大きな男の人が言った。
「分かる。あいつはうまい」
(ボアグル……!)
知らない魔獣だ。
「どのへんがおいしいの?」
「俺は腹だな。脂が多いから、焼くだけでも――」
「俺は背中の肉の方が好きだぞ。厚く切って焼くとうまい」
「やわらかい?」
「ああ。若い奴なら特にな。下手な家畜の肉より柔らかいぞ」
「ぶたみたい?」
「ブタ? まあ、近いっちゃ近いな。ボアグルの方が味が濃いけど」
「じゃあ、あぶらもおおい?」
「部位によるな。腹は多い。背中は――」
「待て」
「ん?」
剣の男の人が急に黙った。
「どうした?」
「……さっきから誰と喋ってる?」
三人の動きが止まった。
「…………」
「…………」
「…………」
私も止まった。
男の人がゆっくり視線を下げる。
そこには。
布巾を握ったまま、いつの間にか三人のテーブルのすぐ横まで移動していた私がいた。
「…………お前、誰だ?」
「ルマ!」
「いや、名前じゃなくて」
しまった。
普通に会話していた。
しかも途中から、自分が会話に参加していることすら忘れていた。
「いつからいた?」
「えっと……」
コカトリス。
羽毛。
肉。
ボアグル。
「コカトリスくらい?」
「ほぼ最初からじゃねえか!」
女の人が吹き出した。
「やけに高い声で質問してくると思ったのよ」
「気づいてたのか?」
「今気づいた」
「お前も普通に答えてただろ!」
「おにくのはなし、もっとききたい!」
「まだ入ってくるのかよ!」
三人が一斉に笑った。
「ルマー!」
今度は厨房から声が飛んできた。
パパだ。
「はーい!」
返事だけは完璧である。
「洗い物!」
「いまやるー!」
私は三人のテーブルの横から動かなかった。
「……行かなくていいのか?」
「だいじょうぶ!」
片手を厨房へ向ける。
洗い場に残っていた皿を、ふわりと浮かせる。
水。
いくつもの水球が皿を包み、くるくると回りながら汚れを落としていく。
すすいで。
今度は風。
水滴を飛ばし、乾いた皿を重ねる。
かたん。
「…………」
冒険者三人が黙った。
「それで?」
私は続きを促した。
「いや、それでじゃなくて」
「ボアグル!」
「今、洗い物してたよな?」
「してるよ?」
「お前ここにいるだろ」
「まほう!」
胸を張る。
女の人が厨房と私を交互に見る。
「生活魔法って、あんな使い方するものなの?」
「俺に聞くな」
「べんりだよ!」
「お前が言うのか」
「ルマ!」
またパパだ。
「はい!」
「三番、片付け!」
「はーい!」
三番テーブルを見る。
食事を終えたお客さんが席を立ったところだった。
皿が四枚。
カップが二つ。
(……いける)
指先をちょいっと動かす。
ふわり。
食器が一斉に浮き上がった。
そのまま食堂を横切り、厨房へ飛んでいく。
「おお……」
三人の視線も一緒に移動する。
洗い場へ到着。
水。
すすぐ。
風。
乾燥。
棚へ。
かたん。
「おわった!」
「お前、さっきから一歩も仕事してねえぞ」
「してるよ!」
失礼な。
むしろ効率的に働いている。
「ルマ!」
三度目。
嫌な予感がする。
「……はーい」
厨房からパパが顔を出した。
「横着するな」
「ちゃんとやってる!」
「冒険者の話聞きながらだろ」
「…………」
どうして分かったんだろう。
「顔見れば分かる」
顔に出ていたらしい。
「いいじゃねえか。仕事は終わってるんだろ?」
大きな男の人が笑う。
「甘やかさないでください」
パパが即答した。
「ルマ。次は厨房来い」
「はーい……」
仕方なく三人のそばを離れる。
「ボアグルのはなし、とめといて!」
「止めるのかよ」
「ルマもきく!」
「分かった分かった」
渋々厨房へ向かう。
その背後で。
「そういやボアグルの牙は――」
「まって!!」
振り返った。
「いま、いわないで!」
三人がまた笑った。
◇
私は頑張った。
とても頑張った。
お皿を片付けて、洗って、乾かして。
水魔法と浮遊魔法と風を惜しみなく使った。
今日ほど生活魔法を真剣に使った日はないかもしれない。
「おわった!」
食堂へ戻る。
「早くないか?」
剣の男の人が驚く。
「ぜんぶした!」
厨房からパパの声が飛んできた。
「……一応な」
「ほら!」
「一応って言われてるぞ」
気にしない。
私は三人のテーブルの端に立った。
「どこまでいった?」
「お前待ちで止めてたよ」
優しい。
「じゃあ、まじゅう!」
「そこからか?」
三人は顔を見合わせたあと、面白そうに笑った。
「お前、そんなに魔獣が珍しいのか?」
「うん!」
「町の外に出りゃいるぞ」
「こわい?」
「そりゃ種類による。ボアグルみたいに突っ込んでくる奴もいるし、近づかなきゃ何もしない奴もいる」
「コカトリスは?」
「気性が荒いわね。大きい個体だと翼を広げたら、このテーブルよりずっと大きいわよ」
「おお……!」
想像する。
巨大な鳥の魔獣。
(異世界!!)
「でも魔獣って、倒して終わりじゃないんだぞ」
大きな男の人が言った。
「たべる?」
「食うのもある」
やっぱり。
「ものによっちゃ、うめーんだよ」
「おお!」
「ボアグルは肉が人気だし、牙も売れる。皮が使える魔獣もいるし、角が魔道具の材料になる奴もいる」
「コカトリスは?」
「さっき言っただろ。羽根だ。特に胸の羽毛は軽くて暖かい」
「ふわふわ?」
「かなりな」
(…………羽毛布団)
一瞬で前世の寝具が頭に浮かんだ。
軽くて。
ふわふわで。
暖かい。
欲しい。
「あと、魔石だな」
「ませき?」
「知らないのか?」
私は首を傾げる。
「魔獣の体内から取れる石よ。全部の魔獣から同じものが取れるわけじゃないけど、魔道具に使われるものも多いの」
女の人が教えてくれた。
「まどうぐ……」
私は厨房を見る。
そこには、旅ごはんを冷やすのにも使っている冷却魔道具がある。
「あれも?」
「ああ。中に魔石が入ってるはずだぞ」
「…………」
知らなかった。
毎日のように見ていた。
普通に使っていた。
(あれ、魔獣から取れるもの入ってたの!?)
この世界に来て五年。
私はまだまだ何も知らないらしい。
「食うならやっぱりボアグルだな」
話が肉に戻った。
「脂の乗った背中の肉を厚く切って焼くとうまいぞ」
厚く切った肉。
脂。
豚に近い。
(…………)
小麦粉。
卵。
パン。
油。
頭の中で何かがつながりかける。
(……トンカ――)
「コカトリスの羽毛、少しなら持ってるぞ」
「みたい!」
トンカツが吹き飛んだ。
大きな男の人が荷物から小さな袋を取り出す。
中から出てきたのは、淡い色をしたふわふわの羽毛だった。
「さわっていい?」
「いいぞ」
そっと指を沈める。
ふわっ。
「…………!」
軽い。
柔らかい。
そして、ふわふわ。
(羽毛布団!!)
さっきまで肉のことでいっぱいだった頭に、今度は布団が現れた。
ボアグル。
トンカツ。
コカトリス。
羽毛布団。
魔石。
頭の中が忙しい。
「……ルマ」
トータがいつの間にか近くに立っていた。
「なに?」
「さっきから顔、怖いよ」
「かんがえてるの!」
「何を?」
「いっぱい!」
三人の冒険者が笑う。
私も羽毛を触りながら笑った。
魔獣。
怖くて、危険な生き物。
それだけだと思っていた。
でも。
食べられるものがいる。
羽毛は服や寝具になる。
皮も、牙も、角も使える。
魔石は、毎日の暮らしを支える魔道具になる。
この世界には、私の知らないものがまだ山ほどある。
それを考えただけで、胸がわくわくした。
(異世界、めちゃくちゃ楽しい!)
「それで!」
私は三人を見る。
「ほかには!?」
「まだ聞くのか!?」
どうやら今夜は、まだ眠れそうになかった。




