第55話 見本の空箱
二段の旅ごはんを思いついた翌日。
私は朝から、厨房の隅に置かれた二つの木箱を眺めていた。
昨日、リトが積み木を二つ重ねたことで生まれた二段の旅ごはん。
上の箱にはフォレストパン。
下の箱にはおかずと果物をたっぷり。
たくさん食べたい人には、なかなか良さそうだった。
ただし。
「……ずれるな」
パパが重ねた木箱を持ち上げると、上の箱がするりと横へ動いた。
「あぶない」
「紐で縛れば持てるけど、旅の途中でずれそうだな」
トータも横から箱を押さえる。
昨日は二つ重ねて紐で結べば完成だと思っていたけれど、実際に持ち歩くとなると話は別だった。
街道を歩く。
荷馬車に乗る。
ほかの荷物と一緒に積まれる。
当然、揺れる。
そのたびに箱がずれていたら、使いにくい。
「んー……」
私は上の箱を持ち上げて、もう一度重ねてみた。
重ねたときに、ぴったり動かなくなればいい。
でも、木の箱をどう削ればいいのかなんて分からない。
私は元看護師であって、大工ではない。
「……あ!」
思い当たるところが、一つあった。
「パパ、シイのおうち!」
「ああ」
パパもすぐに分かったらしい。
シイのお父さんは大工だ。
木のことなら、私がここで悩むよりずっと詳しい。
◇
午後。
パパと一緒にシイの家へ行くと、工房から木を削る音が聞こえてきた。
中には板や木材が並び、木のいい匂いがする。
「ルマ!」
シイがこちらに気づいて走ってきた。
「なに持ってるの?」
「たびごはん!」
私は二つの木箱を見せた。
シイがじっと見る。
「……箱じゃん」
「たびごはんの、はこ!」
「今は箱じゃん」
「…………」
確かに。
まだ何も入っていない。
言い返せずにいると、奥からシイのお父さんがやってきた。
パパが事情を説明し、私は木箱を二つ重ねてみせる。
「こうしたいの。でも、ずれるの」
「なるほど」
シイのお父さんは箱を持ち上げ、横から見たり、底を触ったりした。
「重ねたときに動かなければいいんだな?」
「うん!」
「だったら、こっちの底を少し削って、下の箱の縁が入るようにしてやればいい」
「できる?」
「やってみよう」
そこからは、完全に大工さんの仕事だった。
箱の大きさを測って、印をつける。
少しずつ木を削り、何度も重ねて調整する。
私はシイと一緒に、その様子を横から眺めていた。
「すごいね」
「父ちゃん、こういうの得意だよ」
シイがちょっと自慢げに言う。
少し離れたところでは、一緒についてきたリトが工房の道具をじーっと見つめていた。
「リト、さわったらだめだよ」
「みてる!」
「ほんと?」
「みてるだけ!」
そう言いながら、少しずつ近づいている。
怪しい。
その間にも作業は進み、やがてシイのお父さんが二つの箱を持ってきた。
「こんな感じでどうだ?」
上の箱を重ねる。
かちっ。
「おお!」
さっきまで横へ動いていた箱が、ぴたりと収まった。
持ち上げても簡単にはずれない。
「すごい!」
「これなら最後に紐で縛れば、かなり安定するだろう」
パパも何度か持ち上げて確認する。
「これなら旅でも使えそうだな」
私は嬉しくなって、もう一つ箱を持ってきた。
「これ、もういっこできる?」
「三段にするのか?」
「うん!」
同じように作れば、上へ重ねていける。
「じゃあ、よっつも?」
「ルマ」
パパに止められた。
「何日分の飯を持たせるつもりだ」
「…………」
確かに。
でも、二段だけじゃなく、必要な数だけ重ねられるというのは便利かもしれない。
シイのお父さんも箱を見ながら頷いた。
「同じ大きさで作れば、食事以外の物を分けて運ぶのにも使えそうだな」
「あ」
私はお弁当箱のことしか考えていなかった。
(さすが本職)
私が思いついたのは、箱を重ねたいということだけ。
それをちゃんと使える形にしたのは、シイのお父さんだ。
完成した箱を見ているうちに、以前のことを思い出した。
黒煮込みと、玉ねぎの炒め方。
「……パパ」
「なんだ?」
「これ、とっきょ?」
パパが黙った。
シイのお父さんも箱を見る。
そしてパパが、小さく息を吐いた。
「……商業ギルドに聞いてみるか」
「やった!」
「なんで喜ぶんだよ」
シイが不思議そうな顔をしていた。
◇
でも、箱が完成しても、まだ気になることがあった。
暖かくなってきた今。
冬と同じように旅ごはんを扱うわけにはいかない。
Forest亭に戻った私は、パパと一緒に作り方も見直すことにした。
肉や卵にはしっかり火を通す。
汁気の多いおかずは避ける。
作った料理は冷ましてから箱に詰める。
そして完成した旅ごはんは、食材の保存に使っている冷却魔道具のそばへ。
淡く光る魔石の周囲には、ひんやりとした空気が漂っている。
「つめたい」
箱に触れると、ほんのり冷えていた。
もちろん、これでずっと大丈夫というわけではない。
冷却魔道具から出せば、少しずつ温度は上がる。
だから、ママが旅ごはんを渡すときには、
「今日のお昼までに召し上がってくださいね」
と必ず伝えることにした。
それでも、朝から暖かい場所に置いておくよりはいい。
(これなら、あったかくなってきても少し長持ちするかな)
季節が変われば、旅ごはんも変わる。
中身だけじゃなく、箱も、保存の仕方も。
少しずつ使いやすくなっていくのが面白かった。
◇
数日後。
私たちは完成した木箱を持って、商業ギルドを訪れていた。
今回はシイのお父さんも一緒だ。
机の上に置かれた二つの箱を、担当の人が興味深そうに眺めている。
上の箱を外す。
また重ねる。
かちっ。
もう一度外す。
かちっ。
……何回やるんだろう。
「なるほど。この部分が噛み合うことで、横へずれにくくなるんですね」
「はい」
シイのお父さんが答える。
「俺は実際に使えるよう加工しただけですけどね。元はこの子たちの旅ごはんです」
担当の人が私を見る。
「これを考えたのは、ルマさんですか?」
「えっと……」
私は少し考えた。
最初に箱を二つ重ねたのは、リト。
それを旅ごはんにしようと思ったのは、私。
ずれることに気づいたのはパパ。
ちゃんと重なる形にしてくれたのは、シイのお父さん。
「……みんな?」
担当の人が少し笑った。
「では、その辺りも含めて申請内容を整理しましょう」
よかった。
私だけと言われると、なんだか違う気がしていた。
担当の人はもう一度箱を重ねた。
「食事箱だけでなく、複数の容器を重ねて固定し、持ち運べる構造として申請した方がよさそうですね」
「お願いします」
パパとシイのお父さんが頭を下げる。
私も慌てて頭を下げた。
Forest亭から、また一つ。
商業ギルドへ申請するものが増えた。
◇
帰ってくると、リトが真っ先に走ってきた。
「できた?」
「できたよ!」
私は試作品を二つ重ねて見せた。
かちっ。
「おおー!」
リトが目を輝かせる。
「これね、リトがさいしょにかんがえたんだよ」
「リト?」
「うん!」
「リト、すごい?」
「すごい!」
リトは満足そうに胸を張った。
そして、二段の箱を指さす。
「これ、リトの?」
「ちがうよ」
「なんで!?」
またそこに戻った。
「これは、とっきょの見本!」
「とっきょ?」
「そう!」
「とっきょ、リトの?」
「…………」
説明する相手を間違えた気がする。
リトはしばらく箱を眺めると、そのまま抱えて厨房へ向かった。
「パパー!」
「なんだ?」
「リトのはこに、おにくいれて!」
「それ試作品だぞ」
「たまご!」
「入れない」
「パン!」
「入れない」
要求がどんどん小さくなっている。
それでも全部断られたリトは、空っぽの箱を抱えて私のところへ戻ってきた。
「ルマ」
「ん?」
「これ、なにいれる?」
「見本だから、何も入れないよ」
「…………」
リトは箱の中を見る。
空っぽ。
私を見る。
また箱を見る。
そして、心の底から不思議そうな顔をした。
「じゃあ、なんでつくったの?」
「…………」
もっともな疑問だった。
特許というものを二歳児に説明するには。
どうやら、二段の旅ごはんを作るよりずっと時間がかかりそうだった。




