第54話 欲張り旅ごはん
春もだいぶ深まり、昼間は上着がなくても過ごせるくらい暖かくなってきた。
Forest亭でも窓を開けている時間が増え、食堂にはやわらかな風が入り込んでくる。少し前まで暖炉の前を取り合っていたのが嘘みたいだ。
そして、暖かくなるにつれて増えてきたものがもう一つ。
「旅ごはん、三つお願いできますか?」
「はーい!」
朝からママの声が飛ぶ。
私は厨房の端に並べられた木箱を見た。
一つ、二つ、三つ。
その横には、すでに包み終えたフォレストパンもいくつか並んでいる。
旅ごはんを売り始めた頃は、一つ売れただけで大騒ぎしていたのに、最近では宿を出るお客さんから前日のうちに注文をもらうことも増えてきた。
暖かくなって旅をする人が増えたのもあるだろう。
それに、どうやら旅人同士で少しずつ話が広がっているらしい。
「街道で食べるのにちょうどいいって聞いたよ」
なんて言われたときには驚いた。
私たちはForest亭から一歩も出ていないのに、旅ごはんだけはどんどん遠くまで旅をしている。
「ルマ、そっちの包み取って」
「はーい!」
トータに言われて、フォレストパンを包むための布を渡す。
パパは焼き上がったパンを確認し、ママは注文の数を数えている。
いつもの朝の光景に、いつの間にか旅ごはんが加わっていた。
「……これから、もっとあったかくなるよね」
私が呟くと、パパが手を動かしたまま答えた。
「そうだな」
私は並んだ木箱を見つめる。
暖かくなるのは嬉しい。
でも。
(持ち歩くごはんには、気をつけないとなぁ)
前世でも、お弁当は暑くなる季節ほど気をつけていた。
冬と同じ感覚で持ち歩くのは少し怖い。
「パパ。あったかいひ、たべもの、わるくなりやすいよね?」
「ああ。夏は特にな」
やっぱり、この世界でも同じらしい。
「じゃあ、ちゃんとひをとおして……しる、すくなくする?」
パパが少しだけ考えてから頷いた。
「そうだな。昼までには食べてもらうように言っとくか」
「うん!」
季節が変われば、料理も少しずつ変わる。
当たり前のことだけど、こうやってForest亭の暮らしも季節と一緒に変わっていくのが、なんだか面白かった。
◇
昼を過ぎると、食堂はようやく落ち着いた。
朝から旅ごはんを作っていたトータも一段落したらしく、厨房でパパと明日の仕込みをしている。
私はリトと一緒に、食堂の隅で積み木を広げていた。
「これ、おうち」
四角い積み木を並べる。
「これ、おみせ!」
リトも私の隣に積み木を置いた。
「なにやさん?」
「おにく!」
「またお肉?」
最近のリトは、何でも肉につなげる。
リトのお肉屋さんには、四角い肉、三角の肉、細長い肉が並んでいた。
もはや肉なのかどうかは、本人にしか分からない。
「これ、パン!」
「うん」
「これ、おにく!」
「うんうん」
「これも、おにく!」
「お肉多いね」
私は自分の家を作りながら適当に返事をする。
するとリトは、四角い積み木を一つ置いた。
その上に、もう一つ。
二段になった積み木を見て、満足そうに笑う。
「みてー!」
「ん?」
「いっぱい!」
「いっぱい?」
「リト、たくさんたべたいから、ふたつ!」
二つ重なった積み木を、ぽんぽんと叩く。
「これ、リトのー!」
「はいはい。いっぱい食べるのね」
いつものことだ。
私は再び自分の積み木へ手を伸ばして――止まった。
「…………」
今、何か。
ものすごく見覚えのある形が。
リトの前には、四角い積み木が二つ。
上と下に、ぴったり重なっている。
私はその積み木を見る。
それから厨房を見る。
棚には、旅ごはんに使っている木箱が並んでいる。
木箱。
積み木。
木箱。
積み木。
「…………あ」
頭の中に、前世で見慣れていたものが浮かんだ。
二段弁当。
「リト!」
「ん?」
「それ、いい!」
「リトの!」
「ちょっとかして!」
「やー!」
積み木を両腕で抱え込まれた。
「ちょっとだけ!」
「リトのー!」
発案者との交渉、決裂。
でも、もう十分だった。
私は勢いよく立ち上がった。
「パパー!」
「今度はなんだ?」
厨房へ走り、棚から旅ごはん用の空の木箱を二つ持ってくる。
「はこ、ふたつにしよ!」
「何の箱だ?」
「たびごはん!」
パパが首を傾げた。
トータも何事かとこちらを見る。
私は二つの木箱を、リトの積み木と同じように重ねた。
「こう!」
「……二つ重ねるのか?」
「うん!」
「なんで?」
トータが聞く。
私は二段の木箱を指さした。
「いっぱいたべたいひと!」
今の旅ごはんは、一つの木箱にフォレストパンとおかずを入れている。
でも、箱を二つにしたら。
「うえに、フォレストパン!」
上の箱を叩く。
「したに、おかずいっぱい! くだものも!」
下の箱を叩く。
今までより、しっかり食べられる。
たくさん歩く人や、大きな荷物を運ぶ人には、こっちの方がいいかもしれない。
パパが二つ重なった箱を持ち上げる。
「でも、このままじゃ持ちにくいぞ」
「ひも!」
「紐?」
「こうやって、ぎゅってする!」
二つの木箱を重ねて、十字に紐をかければ一つにまとめられる。
「なるほどな」
パパが木箱を眺めながら頷いた。
「今の旅ごはんじゃ足りないって客にはいいかもしれないな」
「でも、普通ので足りる人もいるだろ?」
トータが言う。
「じゃあ、りょうほう!」
今までの旅ごはんをなくす必要はない。
ちょっと食べたい人ならフォレストパン。
普通なら今までの旅ごはん。
たくさん食べたい人には、二段。
(小盛り、普通、大盛りみたいになってきた)
なんだかどんどん食堂らしくなってきた。
「問題は値段だな」
パパが言った。
「どうか――」
「ルマ」
先に止められた。
「……なに?」
「今、値段決めようとしただろ」
「してないよ?」
「銅貨って言っただろ」
「…………」
ばれている。
前にも材料費を考えろと言われたばかりだった。
学習していないわけではない。
ちょっと忘れていただけである。
「まず、何をどれだけ入れるか決めてからだ」
「はーい」
「箱も二つ使うからな」
「あ」
「紐もだぞ」
「ああ……」
二段になれば、単純に中身だけ増えるわけじゃない。
箱も増える。
紐もいる。
(商売、むずかしい)
その横で、トータが笑っている。
「また銅貨三枚とか言おうとしてた?」
「いってない!」
言おうとはしていた。
そこからパパとトータが、中身をどうするか相談し始めた。
私は二つ重なった木箱を眺める。
今までより、ちょっと大きい。
でも、しっかり食べたい人にはちょうどよさそうだ。
そのとき。
「リトのは?」
後ろから声がした。
振り返る。
リトが例の積み木を抱えて立っていた。
「なにが?」
「いっぱいの!」
「ああ!」
私は二段の木箱を持ち上げた。
「リト、みて! これ、リトがかんがえた!」
「リト?」
「うん!」
リトは木箱を見る。
自分の積み木を見る。
もう一度、木箱を見る。
しばらく考えて。
「これ、リトの?」
「ちがうよ」
「なんで!?」
さっきも説明した。
「これは、おきゃくさんの!」
「リトも、おきゃくさん!」
「ちがうよ!」
リトは少し考えてから、突然胸を張った。
「どうかななまい!」
「それ普通の旅ごはんの値段!」
いつの間に覚えたんだ。
「じゃあ、どうかよんまい!」
「安くなった!」
値切りまで覚えている。
後ろで聞いていたトータが吹き出した。
「リト、お金持ってるの?」
「もってない!」
堂々と言い切った。
「買えないじゃん!」
「…………」
リトは黙り込んだ。
さすがに諦めたかと思った、そのとき。
ぱっと顔を上げる。
「パパ、かって!」
「なんで俺が買うんだ」
厨房から即座に返事が飛んできた。
「リト、いっぱいたべるから!」
「理由になってない」
発案者なのに。
自分が食べるには、お金が必要らしい。
二段の旅ごはんが本当に売り出されるまでには。
まず、リトに商売というものを教える必要があるかもしれない。




