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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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第53話 雨の日のForest

朝から、雨だった。


しとしと、なんて可愛いものではない。


ざあざあ。


屋根を叩く雨音が、Forest亭の中にいてもはっきり聞こえるくらい降っている。


窓の外を見れば、道にはいくつも水たまりができていて、行き交う人の姿もほとんどない。


「……すごいね」


「今日は一日こんな感じみたいよ」


ママが窓の外を見ながら言った。


春になって暖かくなってきたとはいえ、こんな雨の中をわざわざ食事に来る人は少ない。


いつもならお昼に向けて少しずつ忙しくなっていくForest亭も、今日は朝からのんびりしていた。


宿泊しているお客さんたちも同じらしい。


出かける予定だった人たちは諦めて、食堂でお茶を飲んだり、本を読んだり、おしゃべりをしたり。


完全にカフェタイムである。


「トータ、今日はもういいぞ」


厨房からパパの声がした。


「え、手伝わなくていいの?」


「この客入りなら大丈夫だ」


「やった」


トータが嬉しそうに厨房から出てきた。


そこへ、暇を持て余していたリトもやってくる。


「なにする?」


「そと!」


「無理」


トータが即答した。


「なんで?」


「雨だから」


「そと!」


「話聞いてた?」


リトは窓の外を見た。


ざあああああ。


「…………」


しばらく考えて。


「そと!」


強い。


二歳児の意志は、豪雨にも負けない。


とはいえ、本当に外へ行くわけにはいかない。


私たちは食堂の隅に集まって、何をして遊ぶか考えることにした。


「なんかないかなぁ」


「積み木は?」


「きのうした」


「絵でも描く?」


「んー……」


ふと、棚の上に置いてあった小さな籠が目に入った。


中には、以前拾って取っておいた丸い木の実がいくつか入っている。


(……コマ)


できるかも。


私は木の実と細い棒を持ってきた。


「なに作るの?」


「こま!」


「コマ?」


この世界にも似た遊びはあるけれど、木の実で作るのは初めてらしい。


トータにも手伝ってもらいながら、木の実に短い棒をつける。


完成したものをテーブルの上に置いて、指先でひねった。


くるくるくる。


「おお!」


トータが身を乗り出す。


リトはもっと身を乗り出した。


「リトも!」


「はい」


一つ渡す。


「こうやって、くるって――」


「いけー!」


ぶんっ。


木の実のコマがテーブルの上をものすごい勢いで横切り、そのまま床へ落ちた。


ころころころ。


「…………」


「まわった!」


「飛んだんだよ」


本人が満足そうなので、まあいい。


三人で何度か練習しているうちに、リトも少しずつ回せるようになってきた。


「じゃあ、だれがいちばんながくまわせられるか!」


「僕が勝つよ」


「ルマ!」


「リト!」


全員、自分に投票した。


せーので回す。


私のコマが最初に倒れた。


「え」


次にリト。


最後まで残ったのはトータだった。


「僕の勝ち」


「もういっかい!」


「いいよ」


二回目。


またトータ。


三回目。


トータ。


「……おにいちゃん、つよい」


「こういうの得意なんだよ」


ちょっと得意げである。


そのとき。


視線を感じた。


顔を上げると、少し離れたテーブルのそばに、小さな女の子が立っていた。


宿泊している家族の子だ。


朝から雨で出かけられず、さっきまで両親と一緒に窓の外を眺めていた。


今は、こっちをじっと見ている。


私たちを見る。


木の実のコマを見る。


また私たちを見る。


(……やりたい顔だ)


分かりやすい。


「いっしょにやる?」


声をかけると、女の子の顔がぱっと明るくなった。


「いいの?」


「いいよ!」


一人増えた。


すると、それを見ていた別の宿泊客の男の子まで近づいてくる。


「僕もやっていい?」


「いいよ!」


また増えた。


さらに、その弟らしい子までやってきた。


気がつけば、三人で始めたはずのコマ遊びが、ちょっとした大会になっていた。


「つぎ、ぼく!」


「その次わたし!」


「リトも!」


「リトは今やったでしょ」


「リトも!」


人数が増えると、当然ながら待つ時間も長くなる。


それでもしばらくは盛り上がっていたけれど、私は順番を待つ子どもたちを見ながら考えた。


(もっと、みんなでできるのないかな)


そのとき思い出した。


この前、街を歩いた日に木工店でもらった薄い端材。


確か、まだ取ってある。


「まってて!」


私は一度奥へ走り、端材を入れていた箱を持って戻ってきた。


「つぎ、これする!」


「木?」


「え、かくの!」


一人に四枚ずつ配る。


「すきなの、ふたつかいて」


「二つ?」


「うん。それを、ふたつずつ!」


みんなが首を傾げたので、私は自分の木片に魚を描いた。


もう一枚にも、同じ魚。


残り二枚には花を描く。


「こんなかんじ!」


「あ、同じ絵を二枚ずつ描くの?」


「そう!」


分かってくれた。


みんな好きなものを考え始める。


トータはパンと鍋。


女の子は花と鳥。


男の子は馬と家。


もう一人は太陽と果物。


そしてリトは。


「おにく!」


木片いっぱいに、謎の茶色い塊を描いた。


「もういっこも、おにく!」


「うん。おなじのふたつだからね」


二枚目にも肉。


「つぎ、ちがうのかいて」


「おにく!」


「違うの」


「おおきい、おにく!」


「大きさの問題じゃないよ」


最終的に、リトの二種類目はリンゴになった。


どう見ても丸にしか見えないけれど、本人がリンゴと言うならリンゴである。


全員が描き終わると、木片を集めてテーブルの上に裏返した。


数が増えるとなかなか壮観だ。


「これ、どうするの?」


「ふたつめくるの」


私は適当に二枚をめくった。


魚。


そして、鍋。


「ちがったら、もどす」


もう一度裏返す。


「おなじだったら?」


「もらえる!」


「あ、分かった!」


絵合わせゲーム、開始である。


最初はみんな簡単そうな顔をしていた。


でも、カードが多い。


「あれ? 花どこだった?」


「さっきあったよ!」


「どこ!?」


「それ言ったらゲームにならないでしょ」


トータが意外と本気である。


自分の番が来るたび、みんなテーブルを睨む。


私も魚の場所を覚えていたはずなのに、別の子が木片を戻した瞬間、分からなくなった。


(……あれ? 右だっけ?)


五歳の脳だからだろうか。


いや。


前世でも神経衰弱はそんなに強くなかった。


一方、リトは。


「おにく、どこ?」


それしか探していない。


「ここ!」


めくる。


花。


「おにく?」


「花だよ」


次の番。


「ここ!」


鳥。


「おにく?」


「鳥」


さらに次。


「ここ!」


自分で描いたリンゴ。


「おにく?」


「自分で描いたでしょ!」


そして何度目かの挑戦で。


「ここ!」


肉。


「あ!」


リトの目が輝いた。


もう一枚。


肉。


「おにくー!!」


今日一番の歓声が食堂に響いた。


お茶を飲んでいた大人たちまで笑っている。


ママも料理を運びながらこちらを見て、楽しそうに笑った。


外では、まだ雨が降っている。


朝からずっと。


道には大きな水たまりができて、空は灰色のまま。


今日は何もできない日だと思っていた。


外にも行けない。


お客さんも少ない。


トータのお手伝いだってない。


でも。


食堂の真ん中には、木の実のコマと、みんなで描いた絵が並んでいる。


知らなかった子とも、一緒に笑っている。


(雨の日も、わるくないかも)


「ルマ!」


「ん?」


「もういっかい!」


「やる!」


木片を全部裏返して、もう一度混ぜる。


「次は僕が勝つからな」


トータまで完全に本気だった。


暇になるはずだったForest亭の一日は。


雨音に負けないくらい、賑やかになっていた。

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