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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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第51話 Forest bread

昨日。


パパの宣言どおり、フォレストパンと旅ごはんの最後の試験が行われた。


朝に作って、昼まで置く。

持ち歩くことも考えて確認したけれど、パンも具も、おかずも問題なし。


そして、パパからようやく。


「これなら出せる」


の一言が出た。


つまり。


今日からついに――販売開始である。


◇


朝。


Forest亭の入口に、新しい札が置かれた。


『フォレストパン 銅貨四枚』

『旅ごはん 銅貨七枚』


私はその前に立った。


眺める。


少し離れる。


また眺める。


「……まだ?」


「何が?」


ママが笑う。


「うれるの」


「まだ店を開けたばかりよ」


そうだけど。


売ると決めたからには、売れてほしい。


誰かが札を見る。


(見た!)


そのまま通り過ぎる。


(なんで!?)


また別の人が見る。


(今度こそ!)


そのまま席に座った。


(朝ごはん食べに来ただけだった!)


どうやら商売には、待つ時間も必要らしい。


そんなことをしていると、二階から荷物を抱えた旅人が降りてきた。


「あ」


私はその人を覚えていた。


少し前に、この町の東には大きな湖があると教えてくれた旅人だ。


向こう岸が見えないほど大きな湖。

そして、そこには大きな魚がいるらしい。


非常に重要な情報をくれた人である。


主に、魚の部分が。


「今日、ご出発ですか?」


ママが声をかける。


「ああ。昼過ぎには街道の途中だな」


「でしたら、お昼ごはんはいかがですか? 今日から持ち歩けるものを始めたんです」


「へえ?」


旅人の視線が、入口の札へ向く。


「旅ごはん?」


「たびごはん!」


気づけば、私が間に入っていた。


「フォレストパンと、おかずがはいってるの!」


「フォレストパンってのは?」


「パンに、おにくとか、たまごとか、やさいがはいってる!」


旅人は札と私を交互に見て、少し考えた。


「なるほど。じゃあ、旅ごはんを一つ頼もうかな」


「!」


売れた。


本当に売れた。


「どうかななまい!」


「嬢ちゃんが売るのか?」


「うん!」


「いや、お前の店じゃないぞ」


厨房からパパの声が飛んできた。


私の店ではない。


でも、私も作った。


……少しくらい店員の顔をしてもいいと思う。


ママが用意していた旅ごはんを渡すと、旅人は中を少し覗いてから、嬉しそうに荷物へしまった。


「こういうのは助かるよ。街道に出ると、昼飯を食える場所がないこともあるからな」


その言葉を聞いて、私は思い出した。


「みずうみ、またいく?」


「湖?」


「おおきいさかなの!」


「ああ、あの話か」


旅人が笑った。


「今回は湖までは行かないけどな。またそのうち行くよ。春の湖もいいぞ」


「さかな、おおきい?」


「まだそれ覚えてたのか」


もちろんである。


魚の大きさは重要だ。


やがて旅人は荷物を持って、Forest亭を出ていった。


私は入口から、その背中を見送った。


春の街を抜け、荷馬車が街道へ向かっていく。


その荷物の中には、私たちが作った旅ごはんが入っている。


少し、不思議だった。


あの人は、外の世界の話をForest亭へ持ってきてくれた。


大きな湖。

見たことのない景色。

知らない町。


そして今日は、Forest亭で生まれたものを外の世界へ持っていく。


(……いってらっしゃい)


私がまだ行ったことのない場所へ。


フォレストパンは、私より一足先に旅に出た。


◇


その日の昼前。


今度はモルトさんがやってきた。


入口の札を見つけると、少しだけ足を止める。


「フォレストパン?」


「きょうから!」


「……銅貨四枚か」


「おひるにどうぞ!」


モルトさんは札をもう一度見てから、財布を取り出した。


「じゃあ、一つもらう」


「おにく? たまご?」


「肉」


やっぱり。


お肉のフォレストパンを包んで渡すと、モルトさんはそれを持って、そのまま仕事へ向かった。


食べない。


ここで食べないのか。


(……おいしいかな)


気になる。


ちゃんとお昼に食べてくれるだろうか。


美味しいと思ってくれるだろうか。


でも、追いかけて聞くわけにもいかない。


仕方なく、私は午後の仕事をしながら待つことにした。


◇


夜。


仕事を終えたモルトさんが、いつものようにForest亭へやってきた。


「お疲れさま。今日は遅かったのね」


「ああ。ちょっと仕事が詰まっててな」


ママが料理を運びながら、いつもの調子で話を聞いている。


私は少し離れたところでテーブルを拭いていた。


ちらり。


モルトさんを見る。


朝のフォレストパン。


食べたかな。


美味しかったかな。


聞きたい。


ものすごく聞きたい。


でも。


聞かない。


……まだ聞かない。


「そういえば」


モルトさんが料理を食べながら、ぼそっと言った。


「朝の、あれ」


「フォレストパン?」


「ああ」


モルトさんは一度料理を口に運んでから、何でもないことのように続けた。


「……こいつはいい。作業しながらでも簡単に食える」


私の手が止まった。


ママは嬉しそうに笑ったけれど、大げさに喜ぶことはしなかった。


「そう。よかった」


それだけ言って、空いた皿を下げる。


それから、ごく自然に。


「じゃあ、明日も一つ用意しておきましょうか?」


「……頼む」


「お肉の方でいい?」


「ああ」


会話はそれで終わった。


モルトさんは何事もなかったように夕食を食べ始め、ママも次のテーブルへ向かう。


たぶん、二人にとってはそれだけの会話だった。


でも。


(……明日も!?)


私は声を出さずに、ぎゅっと拳を握った。


初めて売ったその日に。


もう、明日の分が一つ売れた。


旅人のために考えた旅ごはんは、町の外へ。


持ち歩きやすいように作ったフォレストパンは、町で働く人のお昼へ。


思っていたのとは、少し違うところにも届いていく。


それがなんだか、嬉しい。


明日の朝。


Forest亭では、またフォレストパンを作る。


そのうちの一つは。


もう、食べてくれる人が決まっている。

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