第50話 完成目指して三千里
翌朝。
厨房のテーブルの上には、パンと肉と野菜と卵が並んでいた。
昨日、裏庭で偶然生まれたフォレストパン。
パンに具を挟むだけ。
作り方だけを見れば、とても簡単だ。
でも。
「売るなら、まず試さないとな」
パパが言った。
「たべる?」
「今じゃない」
「なんで?」
「昼に食うんだよ」
「…………」
私は目の前のフォレストパンを見つめた。
焼いた肉と春野菜が挟まっている。
美味しそう。
非常に美味しそう。
「いま、たべたら?」
「意味ないだろ。旅人が朝持って出て、昼に食うなら、それと同じようにしないと」
正論である。
こうして。
試食を待つという、もっとも過酷な試験が始まった。
◇
昼。
「たべていい!?」
「いいぞ」
待ってました。
朝作ったフォレストパンを包みから取り出す。
見た目はそれほど変わっていない。
私は早速、一口かじった。
「…………」
昨日とは違う。
まず、パンが少ししっとりしている。野菜から出た水分を吸ったらしい。
そして。
「にく、かたい」
「やっぱりか」
パパも食べながら頷いた。
焼きたてなら美味しかった肉が、冷めると少し噛み切りにくくなっている。
トータも自分の分を食べながら、中身を確認した。
「野菜も変えた方がいいかも。これ、水が出すぎる」
「肉はもう少し薄くして、冷めても食いやすい焼き方にするか」
二人がすぐに相談を始める。
私はフォレストパンを見つめた。
(なるほど)
作りたてが美味しいだけじゃ駄目なんだ。
旅人が食べるのは、作ってから何時間も経ったあと。
持ち歩いて。
揺られて。
それから食べる。
お弁当には、お弁当の難しさがある。
「もういっかいつくる?」
「そのつもりだ」
パパが腕まくりをした。
そこから二回目の試作が始まった。
肉は薄く。
野菜は水分の少ないものを選ぶ。
卵を使ったものも作ってみる。
トータは具材が端から落ちないように量を調整し、パパは冷めたときの味を考えている。
私は。
「これ、たべていい?」
「まだ」
主に待っていた。
試作とは、忍耐である。
◇
翌日。
もう一度、朝に作ったフォレストパンを昼まで置いて食べてみた。
今度はパンがべちゃべちゃになっていない。
肉も昨日より薄く、冷めても食べやすい。
「うまぁ!」
「昨日よりいいな」
パパも満足そうに頷いた。
トータが卵のフォレストパンを食べながら言う。
「これなら肉と卵、二種類でいいんじゃない?」
「最初はそれくらいでいいだろ」
お肉と春野菜。
卵と春野菜。
フォレストパンは、まず二種類。
そこで私は、食べ終わった包みを見た。
「…………」
美味しかった。
でも。
「これだけで、おひるたりる?」
「人によるんじゃない?」
トータが答える。
私は考える。
私なら。
足りない。
「おかずも、ほしい」
「ルマが食べたいだけじゃないの?」
「ちがう!」
半分くらいは違う。
旅人なら朝から歩いたり、荷馬車を動かしたりする。
だったら、フォレストパンだけじゃなくて、もう少ししっかり食べたい人もいるはずだ。
「じゃあ、フォレストパンだけ欲しい人と、おかずも欲しい人で分けたら?」
ママがさらっと言った。
「わける?」
「フォレストパンだけでも売るの。それとは別に、おかずも一緒にしたものを作ればいいでしょう?」
「……それ!」
パパも頷いた。
「確かに、その方が客も選べるな」
そこから今度は、持ち歩けるおかずを考えることになった。
汁気が少ないもの。
冷めても食べやすいもの。
そして、昼まで置いても味が大きく変わらないもの。
焼いた根菜や、しっかり火を通した肉料理。それに季節の果物。
小さな木箱にフォレストパンとおかずを詰めてみると、思っていた以上にちゃんとした昼ごはんになった。
「おお……」
私は木箱を覗き込む。
(お弁当だ)
完全に、お弁当である。
「これ、なまえいる」
「またか?」
トータが笑った。
「いる!」
フォレストパンに名前があるのだ。
こちらにも欲しい。
「旅の途中で食べるご飯でしょう?」
ママが木箱を見ながら言った。
「じゃあ、“旅ごはん”なんてどう?」
「たびごはん……!」
いい。
すごく分かりやすい。
こうして。
フォレストパン。
そして、フォレストパンにおかずをつけた旅ごはん。
Forest亭の新しい二つの商品が決まった。
◇
「で、いくらで売る?」
パパが紙を出した。
「どうかよんまい!」
私が即答すると、パパがこちらを見る。
「なんで四枚なんだ?」
「…………」
四百円くらいなら買いやすそうだから。
とは言えない。
「かいやすそう!」
「材料にいくらかかってるか考えたか?」
「…………」
考えてません。
パパは使ったパンや肉、野菜の量を確認しながら、一つずつ計算していく。
トータも横から覗き込んでいる。
私は大人しく待つことにした。
やがてパパが顔を上げた。
「フォレストパンは銅貨四枚でいけそうだな」
「!」
当たった。
「ルマ、すごい!」
「偶然だろ」
トータの一言は聞かなかったことにする。
「旅ごはんは?」
「こっちは銅貨七枚だな」
フォレストパンは銅貨四枚。
フォレストパンとおかずが入った旅ごはんは銅貨七枚。
「これで、うる?」
私が聞くと、パパはすぐには頷かなかった。
「明日、もう一回だけ試す」
「まだ!?」
「客から金をもらうんだから当たり前だ」
「…………」
商売とは。
思っていたより、地道である。
でも、テーブルの上には二つの商品が並んでいる。
フォレストパン。
旅ごはん。
まだ誰にも売っていない。
誰かがお金を出して買ってくれるのかも分からない。
それでも。
もう少ししたら。
これを持った旅人が、Forest亭を出ていく。
私がまだ見たことのない道を通って。
知らない町へ向かって。
「……たのしみ」
「何が?」
「うれるの!」
パパが笑った。
「まずは、買ってもらえるかどうかだな」
「うれる!」
根拠はない。
でも。
美味しいから。
たぶん、大丈夫。
……たぶん。




