↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/82

第44話 スローライフって幸せ

251 位

[週間]異世界転生/転移〔ファンタジー〕 - 連載中

ランクインしました!

ありがとうございます!

朝、目が覚めた。


布団の中で、ぼんやりと天井を眺める。


少し前までなら、ここからが大変だった。


寒い。

とにかく寒い。


布団から手を出しただけで、すぐに引っ込めたくなるほどだったのに、今日は鼻先に触れる空気が少しだけやわらかい。


まだ暖かいとは言えない。


でも、真冬の朝とは明らかに違った。


(……冬、終わるんだなぁ)


ごろんと寝返りを打つ。


さて。


今日は何をしよう。


そう考えて――ふと気づいた。


最近の私。


Forest亭のお手伝いをして。


魔法で食堂を暖めて。


洗い物をして、お小遣いを稼いで。


黒煮込みの特許を申請して、商業ギルドにも何度か行って。


「…………」


私は天井を見つめた。


五歳。


私は今、五歳である。


(……働きすぎでは?)


重大な事実に気づいてしまった。


「だめだ。はたらきすぎてる……」


危ない。


危うく異世界でも働き者になるところだった。


せっかく二度目の人生なのだ。


もっと、のんびり。


好きなことをして。


美味しいものを食べて。


眠くなったら寝る。


そういう生活をしてもいいはずだ。


私は布団を肩まで引き上げた。


(今日は、のんびりしよう)


決めた。


今日は何もしない。


本日、ルマは休業です。


枕に頭を沈め、目を閉じる。


すると。


――トン、トン、トン。


一階から規則正しい音が聞こえてきた。


(パパだ)


朝の仕込みをしているのだろう。


食器が重なる音。


暖炉の薪がぱちぱちと爆ぜる音。


遠くから聞こえるママの声。


誰かの笑い声。


すん、と鼻から息を吸う。


焼いたパンの香ばしい匂い。


薪の匂い。


それから、温かいスープの匂い。


目を閉じているのに、Forest亭の朝が見えるようだった。


外からは、石畳を走る荷車の音。


鳥の声。


窓を揺らす風。


いつも聞いているはずなのに。


何もしないでいると、こんなにたくさん聞こえるんだ。


(……いいなぁ)


そのまま、もう一度眠ろうとした。


そのとき。


ふわり。


一階から、さっきより強く朝ごはんの匂いが漂ってきた。


「…………」


ぐぅぅ。


静かな部屋に、お腹の音が響く。


(何もしなくても、お腹は空くんだな)


私は目を開けた。


「……ごはん、たべよ」


食事は労働ではない。


◇


朝ごはんは、しっかり食べた。


パンも、スープも、お肉も。


「ルマちゃん、これ運んでくれる?」


食べ終わったところで、ママが食器を指した。


「きょう、おやすみ」


「お休み?」


「うん」


「何のお休み?」


「ルマの」


ママが瞬きをする。


「……そうなの?」


「そうなの」


私はそのまま日当たりのいい窓際へ移動した。


床に落ちた光の中に座ると、背中がぽかぽかする。


窓の向こうでは街が動き始めていた。


荷車が走る。


商人が声を上げる。


子どもたちが笑いながら通り過ぎる。


Forest亭の扉が開くたび、少し冷たい風が入ってきた。


その中に、湿った土のような匂いが混ざっている。


(春の匂い……?)


花でも、草でもない。


うまく説明できない。


ただ。


冬とは違う。


それだけは分かった。


◇


お昼が近づくと、Forest亭は一気に賑やかになった。


「いらっしゃいませ!」


ママの声。


椅子を引く音。


食器が触れ合う音。


お客さんの話し声と笑い声。


厨房からは、


トントントン。


ジュウッ。


ぐつぐつ。


パパとトータ兄が忙しそうに料理をしている。


私は窓際。


動かない。


「ルマ、暇じゃないの?」


通りかかったトータ兄が聞いた。


「いそがしい」


「何してるの?」


「なにもしない」


「それ、忙しいの?」


「いそがしい」


トータ兄は首を傾げながら厨房へ戻っていった。


しばらくすると、また美味しそうな匂いが漂ってくる。


ぐぅ。


(本日二回目)


「おひる!」


昼ごはんもしっかり食べた。


おかわりもした。


何もしない日ほど、ご飯は美味しい。


◇


午後は裏庭へ出た。


朝よりも暖かい。


日向に座ると、背中がじんわりと暖まる。


ふと足元を見ると、茶色い土の間から小さな緑が顔を出していた。


「あ」


小さな芽。


昨日までなかったのか。


それとも、私が気づかなかっただけなのか。


風が吹く。


まだ少し冷たい。


でも、もう真冬の風じゃない。


目を閉じる。


鳥の声。


遠くで遊ぶ子どもたち。


誰かが薪を割る音。


風に揺れる木の枝。


そこへForest亭から聞こえる家族の声が混ざる。


「ねえね」


目を開けると、リトが立っていた。


「なにしてるの?」


「なにもしてない」


「リトもする」


「どうぞ」


隣に座ったリトと二人で、ぼんやり空を眺める。


五分後。


「リト、あそんでくる」


「はーい」


早かった。


私は壁にもたれ直した。


暖かい。


気持ちいい。


そして、そのまま眠った。


◇


目が覚めると、日が傾いていた。


昼間より空気が冷たい。


(やっぱり、まだ春じゃないな)


Forest亭へ戻ると、ランプが灯り始めていた。


昼間とは違う賑やかさ。


仕事を終えた人たちの声。


ママの「いらっしゃいませ」。


パパの包丁の音。


トータ兄が鍋をかき混ぜる音。


そして。


焼いた肉。


煮込み料理。


パン。


炒めた野菜。


美味しい匂いが次々と流れてくる。


ぐぅぅ。


今日三回目。


私のお腹は、実に正確だった。


「ばんごはん!」


もちろん、晩ごはんもしっかり食べた。


◇


食べ終わると、暖炉の近くの椅子に体を預けた。


お腹いっぱい。


ぽかぽか。


もう動きたくない。


「ルマ」


パパが厨房から顔を出した。


「今日、何してた?」


「んー……」


朝ごはんを食べた。


窓際でぼーっとした。


昼ごはんを食べた。


日向ぼっこして、昼寝した。


晩ごはんを食べた。


「……なにもしてない」


「本当に何もしなかったな」


パパが笑った。


「うん」


私も笑う。


本当に、何もしなかった。


魔法も使っていない。


料理もしていない。


お手伝いもしていない。


でも。


何もない一日だったかと言われると。


たぶん、違う。


パパの包丁の音。


トータ兄が鍋をかき混ぜる音。


ママの声。


リトが走る音。


お客さんの笑い声。


食器が触れ合う音。


石畳を走る荷車。


鳥の声。


風の音。


パンの焼ける匂い。


薪の匂い。


スープの匂い。


お肉の焼ける匂い。


そして、少しずつ近づいてくる春の匂い。


何もしなかったからこそ。


今日は、それに気づいた。


私の暮らしている場所は、一日中。


幸せな音と匂いで溢れていた。


前の世界では、何もしない一日をもったいないと思っていた。


休みだからこそ、何かしなきゃ。


時間を無駄にしちゃいけない。


そんなふうに思っていた気がする。


でも。


朝昼晩、美味しいものを食べて。


暖かいところで昼寝して。


家族の声を聞きながら、季節が変わっていくのを感じる。


そんな一日があってもいい。


暖炉の薪が、ぱちんと爆ぜた。


私は椅子の背もたれに、もっと深く体を預ける。


(……異世界スローライフ、最高)


明日は何をしよう。


それは。


明日起きてから考えればいい。


今日は何もしなかった。


だけど。


とても、いい一日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。