第44話 スローライフって幸せ
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[週間]異世界転生/転移〔ファンタジー〕 - 連載中
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朝、目が覚めた。
布団の中で、ぼんやりと天井を眺める。
少し前までなら、ここからが大変だった。
寒い。
とにかく寒い。
布団から手を出しただけで、すぐに引っ込めたくなるほどだったのに、今日は鼻先に触れる空気が少しだけやわらかい。
まだ暖かいとは言えない。
でも、真冬の朝とは明らかに違った。
(……冬、終わるんだなぁ)
ごろんと寝返りを打つ。
さて。
今日は何をしよう。
そう考えて――ふと気づいた。
最近の私。
Forest亭のお手伝いをして。
魔法で食堂を暖めて。
洗い物をして、お小遣いを稼いで。
黒煮込みの特許を申請して、商業ギルドにも何度か行って。
「…………」
私は天井を見つめた。
五歳。
私は今、五歳である。
(……働きすぎでは?)
重大な事実に気づいてしまった。
「だめだ。はたらきすぎてる……」
危ない。
危うく異世界でも働き者になるところだった。
せっかく二度目の人生なのだ。
もっと、のんびり。
好きなことをして。
美味しいものを食べて。
眠くなったら寝る。
そういう生活をしてもいいはずだ。
私は布団を肩まで引き上げた。
(今日は、のんびりしよう)
決めた。
今日は何もしない。
本日、ルマは休業です。
枕に頭を沈め、目を閉じる。
すると。
――トン、トン、トン。
一階から規則正しい音が聞こえてきた。
(パパだ)
朝の仕込みをしているのだろう。
食器が重なる音。
暖炉の薪がぱちぱちと爆ぜる音。
遠くから聞こえるママの声。
誰かの笑い声。
すん、と鼻から息を吸う。
焼いたパンの香ばしい匂い。
薪の匂い。
それから、温かいスープの匂い。
目を閉じているのに、Forest亭の朝が見えるようだった。
外からは、石畳を走る荷車の音。
鳥の声。
窓を揺らす風。
いつも聞いているはずなのに。
何もしないでいると、こんなにたくさん聞こえるんだ。
(……いいなぁ)
そのまま、もう一度眠ろうとした。
そのとき。
ふわり。
一階から、さっきより強く朝ごはんの匂いが漂ってきた。
「…………」
ぐぅぅ。
静かな部屋に、お腹の音が響く。
(何もしなくても、お腹は空くんだな)
私は目を開けた。
「……ごはん、たべよ」
食事は労働ではない。
◇
朝ごはんは、しっかり食べた。
パンも、スープも、お肉も。
「ルマちゃん、これ運んでくれる?」
食べ終わったところで、ママが食器を指した。
「きょう、おやすみ」
「お休み?」
「うん」
「何のお休み?」
「ルマの」
ママが瞬きをする。
「……そうなの?」
「そうなの」
私はそのまま日当たりのいい窓際へ移動した。
床に落ちた光の中に座ると、背中がぽかぽかする。
窓の向こうでは街が動き始めていた。
荷車が走る。
商人が声を上げる。
子どもたちが笑いながら通り過ぎる。
Forest亭の扉が開くたび、少し冷たい風が入ってきた。
その中に、湿った土のような匂いが混ざっている。
(春の匂い……?)
花でも、草でもない。
うまく説明できない。
ただ。
冬とは違う。
それだけは分かった。
◇
お昼が近づくと、Forest亭は一気に賑やかになった。
「いらっしゃいませ!」
ママの声。
椅子を引く音。
食器が触れ合う音。
お客さんの話し声と笑い声。
厨房からは、
トントントン。
ジュウッ。
ぐつぐつ。
パパとトータ兄が忙しそうに料理をしている。
私は窓際。
動かない。
「ルマ、暇じゃないの?」
通りかかったトータ兄が聞いた。
「いそがしい」
「何してるの?」
「なにもしない」
「それ、忙しいの?」
「いそがしい」
トータ兄は首を傾げながら厨房へ戻っていった。
しばらくすると、また美味しそうな匂いが漂ってくる。
ぐぅ。
(本日二回目)
「おひる!」
昼ごはんもしっかり食べた。
おかわりもした。
何もしない日ほど、ご飯は美味しい。
◇
午後は裏庭へ出た。
朝よりも暖かい。
日向に座ると、背中がじんわりと暖まる。
ふと足元を見ると、茶色い土の間から小さな緑が顔を出していた。
「あ」
小さな芽。
昨日までなかったのか。
それとも、私が気づかなかっただけなのか。
風が吹く。
まだ少し冷たい。
でも、もう真冬の風じゃない。
目を閉じる。
鳥の声。
遠くで遊ぶ子どもたち。
誰かが薪を割る音。
風に揺れる木の枝。
そこへForest亭から聞こえる家族の声が混ざる。
「ねえね」
目を開けると、リトが立っていた。
「なにしてるの?」
「なにもしてない」
「リトもする」
「どうぞ」
隣に座ったリトと二人で、ぼんやり空を眺める。
五分後。
「リト、あそんでくる」
「はーい」
早かった。
私は壁にもたれ直した。
暖かい。
気持ちいい。
そして、そのまま眠った。
◇
目が覚めると、日が傾いていた。
昼間より空気が冷たい。
(やっぱり、まだ春じゃないな)
Forest亭へ戻ると、ランプが灯り始めていた。
昼間とは違う賑やかさ。
仕事を終えた人たちの声。
ママの「いらっしゃいませ」。
パパの包丁の音。
トータ兄が鍋をかき混ぜる音。
そして。
焼いた肉。
煮込み料理。
パン。
炒めた野菜。
美味しい匂いが次々と流れてくる。
ぐぅぅ。
今日三回目。
私のお腹は、実に正確だった。
「ばんごはん!」
もちろん、晩ごはんもしっかり食べた。
◇
食べ終わると、暖炉の近くの椅子に体を預けた。
お腹いっぱい。
ぽかぽか。
もう動きたくない。
「ルマ」
パパが厨房から顔を出した。
「今日、何してた?」
「んー……」
朝ごはんを食べた。
窓際でぼーっとした。
昼ごはんを食べた。
日向ぼっこして、昼寝した。
晩ごはんを食べた。
「……なにもしてない」
「本当に何もしなかったな」
パパが笑った。
「うん」
私も笑う。
本当に、何もしなかった。
魔法も使っていない。
料理もしていない。
お手伝いもしていない。
でも。
何もない一日だったかと言われると。
たぶん、違う。
パパの包丁の音。
トータ兄が鍋をかき混ぜる音。
ママの声。
リトが走る音。
お客さんの笑い声。
食器が触れ合う音。
石畳を走る荷車。
鳥の声。
風の音。
パンの焼ける匂い。
薪の匂い。
スープの匂い。
お肉の焼ける匂い。
そして、少しずつ近づいてくる春の匂い。
何もしなかったからこそ。
今日は、それに気づいた。
私の暮らしている場所は、一日中。
幸せな音と匂いで溢れていた。
前の世界では、何もしない一日をもったいないと思っていた。
休みだからこそ、何かしなきゃ。
時間を無駄にしちゃいけない。
そんなふうに思っていた気がする。
でも。
朝昼晩、美味しいものを食べて。
暖かいところで昼寝して。
家族の声を聞きながら、季節が変わっていくのを感じる。
そんな一日があってもいい。
暖炉の薪が、ぱちんと爆ぜた。
私は椅子の背もたれに、もっと深く体を預ける。
(……異世界スローライフ、最高)
明日は何をしよう。
それは。
明日起きてから考えればいい。
今日は何もしなかった。
だけど。
とても、いい一日だった。




