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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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第43話 共同開発者って最高

黒煮込みの特許を申請してから、数日が経った。


その間も、Forest亭はいつも通りだった。


朝になれば厨房からいい匂いがして。


昼になれば食堂が賑わって。


夜になれば、宿泊客と街の人たちの声が混ざり合う。


そして私はといえば。


「ルマ、皿お願い」


「はーい!」


トータ兄に呼ばれ、洗った皿を運ぶ。


もちろん、浮遊魔法で。


ふわふわと宙を進む皿の後ろを歩きながら、私は思う。


(特許、どうなったんだろ)


申請したからといって、すぐに結果が出るわけではない。


分かっている。


分かっているけれど。


気になるものは気になる。


そんなある日の昼過ぎ。


Forest亭の扉が開いた。


「いらっしゃいませー!」


いつもの癖で声を出す。


けれど、入ってきた男の人は席には向かわなかった。


胸元には見覚えのある印。


商業ギルドだ。


「Forest亭のヤトさんはいらっしゃいますか?」


「パパー!」


厨房からパパが顔を出す。


「どうした?」


「商業ギルドからです。先日申請された黒煮込みの件で、審査結果が出ました」


「!」


私の耳がぴくりと反応した。


出た。


「結果についてご説明がありますので、一度ギルドまでお越しいただけますか?」


「分かった」


「それと、考案者のお二人もお願いします」


男の人が私とトータ兄を見る。


「ルマさんと、トータさんですね」


「はい」


「はーい!」


ついに。


結果発表である。


◇


その日の午後。


私とトータ兄は、パパと一緒に商業ギルドへ向かった。


前回来たときと同じ、大きな建物。


でも今日は、なんとなく前より緊張する。


申請するときは、


とりあえず出してみよう!


くらいだったのに。


結果が出たと言われると急に気になってくる。


「とれたかな」


「どうだろ」


トータ兄も少しそわそわしている。


「ダメだったらダメだったで仕方ないだろ」


パパだけはいつも通りだった。


商業ギルドの中へ入り、受付で名前を伝える。


すると、前回とは違う部屋へ案内された。


小さな机と椅子。


その向こうには、前回受付をしてくれた男の人と、もう一人。


少し年上の男の人が座っていた。


机の上には、何枚かの書類が置かれている。


「お待ちしておりました」


私たちが座ると、年上の男の人が口を開いた。


「先日申請いただいた、黒煮込みの件についてご説明します」


私は膝の上で手を握る。


「まず、申請内容を確認した結果――」


ごくり。


「黒煮込みの製法について、特許として認めることになりました」


「……!」


トータ兄と顔を見合わせる。


「とれた!」


「取れたね!」


やった!


思わず二人で笑う。


パパも満足そうに頷いた。


「ただし」


男の人が続ける。


私はぴたりと止まった。


まだ何かあるらしい。


「黒煮込みという名称や、黒い煮込み料理そのものを独占できるわけではありません」


「うん」


それは前にも聞いた。


「現在、街で提供されている類似の料理についても、それぞれ独自の製法で作られている限り、問題ありません」


つまり。


他のお店の黒煮込みは、これからも黒煮込み。


Forest亭だけの料理になるわけではない。


でも。


「今回認められたのは、Forest亭で行われている一連の製法です」


男の人が書類を一枚、こちらへ向けた。


そこには、私とトータ兄の名前が並んでいた。


なんだか不思議だ。


私たちの名前が。


ちゃんと黒煮込みと一緒に書かれている。


「それから、もう一点」


「もういってん?」


「はい」


男の人は別の書類を取り出した。


「実は、申請内容を確認した際、こちらでもう一件申請に回させていただきました」


「……?」


私はトータ兄を見る。


トータ兄も知らない顔をしている。


「何を?」


パパが尋ねた。


「玉ねぎの調理法です」


「たまねぎ?」


「はい」


男の人は書類を指した。


「玉ねぎを長時間炒めることで、自然な甘味とコクを引き出し、それを料理の基礎として利用する方法です」


あ。


前回来たとき。


受付の人がずいぶん気にしていたやつだ。


「黒煮込みの製法を審査する中で、むしろこちらは独立した調理技術として扱うべきではないかという話になりまして」


「勝手に申請したのか?」


パパが聞く。


「正式には、追加申請の扱いです。もちろん登録を希望されない場合は取り下げることもできます」


「いや。それは構わない」


パパが私たちを見る。


「いいよな?」


「うん!」


「俺も」


男の人が頷いた。


「過去の登録も確認しましたが、同様の製法は見つかりませんでした」


私は目を丸くする。


「じゃあ……」


「こちらも、特許として認められました」


「おお……」


トータ兄が声を漏らした。


私は机の上に並んだ二枚の書類を見る。


黒煮込み。


そして。


玉ねぎの炒め方。


一個申請したはずなのに。


二個になった。


(増えた……)


特許って増えるんだ。


いや、普通は勝手に増えないと思う。


「この玉ねぎの製法は、黒煮込みに限定されません」


男の人は説明を続ける。


「スープ、煮込み料理、肉料理。今後、別の料理に応用した場合も、この製法そのものが保護の対象になります」


「すご……」


トータ兄が書類を覗き込む。


私も横から見る。


玉ねぎ。


いつも厨房の隅に積まれている、あの玉ねぎ。


まさかこの世界で、こんな大物になるとは。


「ただし、家庭で個人的に使用する場合まで制限するものではありません」


「おうちなら、いい?」


「はい。あくまで商業利用が対象です」


「おみせでつかったら?」


「特許を持つお二人の許可が必要です」


お二人。


私と。


トータ兄。


「きょかしたら?」


「使用料などの条件を決めて、利用を認めることもできます」


「…………」


使用料。


昨日から覚えたばかりの、大好きな響き。


いや。


別に大好きではない。


「ルマ」


トータ兄が私を見る。


「なに?」


「今、お金のこと考えたでしょ」


「かんがえてない」


「絶対考えた」


失礼な。


私はただ、この制度の可能性について考えていただけだ。


「では、こちらが登録証になります」


二枚の紙が、パパへ渡される。


パパはそれを確認すると、一枚をトータ兄に見せた。


私も横から覗き込む。


そこには。


黒煮込みの名前。


そして。


考案者。


――ルマ。


――トータ。


二人の名前が並んでいた。


「……ほんとに、のってる」


「当たり前だろ」


トータ兄が笑う。


でも。


なんだか嬉しかった。


黒煮込みは、私一人で作った料理じゃない。


トータ兄と一緒に。


ああでもない。


こうでもない。


もっとこうした方がおいしい。


これは違う。


そんなことを言いながら作った。


それをパパがForest亭の料理にしてくれて。


たくさんのお客さんが食べてくれて。


他のお店が真似するくらい、知られるようになった。


そして今日。


私たちが作った料理として、ちゃんと記録に残った。


「トータ兄」


「ん?」


「やったね」


「うん」


二人で笑う。


お金がもらえるかもしれない。


それも、もちろん嬉しい。


でも。


今は。


こっちの方が、ちょっとだけ嬉しかった。


「ところで」


私は顔を上げた。


「はい?」


「しようりょうって、いくら?」


「ルマ!」


トータ兄の声が部屋に響いた。


パパが吹き出す。


商業ギルドの人まで笑っている。


いや。


大事でしょう。


共同考案者として。


利益の確認は。


とても。


大事なのである。

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