第41話 今世では、楽して稼ぎます
朝。
「……さむ」
布団から手を出した。
冷たい。
すぐに引っ込める。
今度は足を少しだけ出してみる。
「……むり」
これもすぐに戻した。
冬の朝。
部屋の空気はすっかり冷え切っている。
布団の中はこんなに暖かいのに、一歩外へ出れば極寒。
これでは着替えなんてできない。
(冬の朝って、前の世界でも嫌いだったなぁ)
暖かい布団から出て。
冷えた部屋で服を脱いで。
震えながら着替える。
でも。
今の私には魔法がある。
布団の中から、もぞもぞと片手だけ出した。
まずは火魔法。
空気を温める。
そこに風魔法を重ねる。
ふわり。
暖かい風が部屋の中を流れ始めた。
部屋全体に、ゆっくりと暖かい空気を広げていく。
私はそのまま布団の中で待つ。
しばらくして、もう一度手を出した。
「……お」
さっきより暖かい。
足も出す。
「いける」
ばさっ。
布団をめくって起き上がった。
寒くない。
これなら着替えられる。
さっさと服を着替えて、私は満足げに頷いた。
(魔法、最高)
冬の朝に、暖かい部屋で着替えられる。
便利なものは使うに限る。
部屋を出て、階段を下りていると――。
「さむ〜〜〜い!」
一階からママの声が聞こえてきた。
食堂へ入ると、ママが暖炉の前で両手を擦り合わせている。
暖炉には火が入っていた。
ぱちぱちと薪が燃えている。
でも、広い食堂はまだ暖まりきっていない。
「もう、朝はほんと寒いわねぇ」
ママが暖炉へ手を近づける。
私はその姿をじっと見た。
「ママ」
「なあに?」
「て、つめたい?」
「冷たいわよ〜」
「だして」
「手?」
ママが不思議そうに両手を差し出した。
私はその手を、小さな両手で包む。
ほんの少しだけ火魔法。
熱くなりすぎないように。
じんわり。
じんわり。
「あ……」
ママの顔が緩んだ。
「あったか〜い!」
「どう?」
「すっごくいい! ずっとやっててほしいくらい!」
ふむ。
好感触。
私はぱっと手を離した。
「あっ」
ママが名残惜しそうに自分の手を見る。
私は暖炉を指さした。
「ママ」
「なあに?」
「このへやも、あったかくできるよ」
「え?」
「だんろのあったかいの、かぜでおへやにひろげるの」
これは前にもやったことがある。
暖炉の周りに溜まった暖かい空気を、風魔法で食堂全体へ流していく。
暖炉という熱源があるから、火魔法はいらない。
風魔法だけでいい。
「できるの!?」
「できるよ」
「じゃあ、やってやって!」
「いいよ」
私はにっこり笑った。
「おこづかい、くれたら」
「…………え?」
ママの動きが止まった。
「お小遣い?」
「うん」
昨日の市が頭に浮かぶ。
串焼き。
蜂蜜をたっぷり塗った焼き菓子。
そして――。
軽くなった財布。
五歳児の財力には限界がある。
欲しいものはある。
でも、お金がない。
ならば。
稼げばいい。
しかも私は、もうこの魔法を使える。
新しく覚える必要もない。
練習する必要もない。
風魔法を使うだけ。
ママは暖かい。
私はお小遣いをもらえる。
(……これ、めちゃくちゃいいのでは?)
「いったん、おためししてみる?」
「お試し?」
「うん!」
ママが嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、お願いしようかしら」
私はもう一度ママの手を取った。
火魔法で、じんわり。
「あ〜、あったかい」
「どう?」
「最高!」
私は満足して、ぱっと手を離した。
「じゃあ次はお部屋ね!」
「ちがうよ」
「え?」
「おへやは、おこづかい」
「……え?」
「いまのが、おためし」
ママが自分の手を見る。
それから私を見る。
「手だけ!?」
「うん!」
ママはしばらく私を見つめたあと、吹き出した。
「もう。ルマちゃん、商売上手になったわねぇ」
ふふふ。
褒め言葉として受け取っておこう。
「それで、おいくら?」
「…………」
そこまでは考えてなかった。
高すぎたら断られる。
でも、安すぎるともったいない。
私が悩んでいると、ママが笑った。
「ちゃんと食堂を暖かくできたら、銅貨一枚でどう?」
銅貨一枚。
「やる!」
即決した。
商談成立。
私は暖炉の前に立つ。
ぱちぱちと燃える火。
その周りには、すでに暖かい空気がある。
私は両手を前へ出した。
風魔法。
ふわり。
暖炉の周りに溜まっていた暖気が、ゆっくりと動き始める。
天井へ上がった暖かい空気も、食堂の奥へ。
冷えている場所へ。
強い風を起こす必要はない。
暖炉の熱を、部屋全体へ運べばいい。
しばらくすると。
「あら?」
ママが暖炉の前から離れた。
食堂の真ん中へ。
さらに奥へ。
「暖かい!」
「でしょ?」
「いつもより全然早いわ!」
私は胸を張った。
「できた!」
「ほんとに暖かくなったわねぇ」
ママがポケットから銅貨を一枚取り出した。
「はい。約束のお小遣い」
私の手のひらに。
ちゃりん。
「……!」
銅貨、一枚。
自分の魔法で初めて稼いだお金。
私は手のひらの銅貨をじっと見つめた。
風魔法を使った。
食堂が暖かくなった。
ママが喜んだ。
そして。
私は銅貨を一枚もらった。
(…………)
これ。
すごくない?
「ルマ?」
私は銅貨をぎゅっと握った。
「ママ」
「なあに?」
「またさむかったら、いってね」
「あら、優しい」
もちろん。
銅貨一枚で承ります。
「ルマ」
厨房からパパの声がした。
振り向くと、呆れた顔でこちらを見ている。
「朝から母親相手に何の商売してるんだ」
「おしごと」
「それを仕事って言うのか?」
「ママ、あったかい。ルマ、おこづかい」
私は両手を広げた。
「みんな、うれしい」
「お前が一番嬉しそうだけどな」
ばれた。
「そんなに金が欲しいなら、店を手伝えばいいだろ」
「おてつだい?」
「ああ。ちゃんと仕事したら、その分は払ってやる」
「……ほんと?」
「ああ」
私はForest亭を見渡した。
テーブル拭き。
配膳。
掃除。
洗い物。
仕事はいくらでもある。
でも。
(普通に働くのは、ちょっと違う)
今、私は風魔法を少し使っただけで銅貨一枚を手に入れた。
時間はほとんどかかっていない。
ママも助かった。
私もそれほど疲れていない。
これだ。
どうせ働くなら。
なるべく短く。
なるべく簡単に。
そして、ちゃんと役に立つ。
(楽して稼ぎたい)
いや。
これは――。
(効率化です)
私は厨房へ視線を向けた。
洗い場には、朝食を終えたお客さんの食器が積まれている。
皿。
器。
コップ。
あれを一枚ずつ洗って。
すすいで。
運んで。
並べる。
普通にやれば時間がかかる。
でも。
私には水魔法がある。
それに、簡易浮遊も。
「パパ」
「なんだ?」
私は食器を指さした。
「あらいもの、ルマやる」
「お前が?」
「うん!」
パパが少し怪しそうな顔をする。
「皿、割るなよ」
「わってない!」
「まだやってないだろ」
私は洗い場の前に立った。
汚れを落として。
そこから水魔法。
しゃあああっ。
何枚かまとめてすすぐ。
一枚ずつ水を汲んでは流す必要はない。
すすぎ終わった皿は――。
ふわっ。
簡易浮遊。
一枚。
二枚。
三枚。
洗い終わった皿がふわふわと宙を移動して、乾かす場所へ並んでいく。
「おお」
後ろからパパの声が聞こえた。
まとめてすすぐ。
浮かせる。
運ぶ。
並べる。
魔法を使えば、わざわざ何度も行ったり来たりしなくていい。
そして。
「できた!」
私は両手を上げた。
洗い場に積まれていた食器がなくなっている。
パパが並んだ皿を見る。
洗い場を見る。
私を見る。
「……早いな」
「でしょ?」
「ちゃんと洗えてるしな」
パパが皿を一枚取って確認する。
よし。
これはいける。
「これ、毎日できるのか?」
来た。
私はくるりと振り返った。
「できるよ」
「じゃあ、これから朝の――」
「おこづかいは?」
「…………」
パパが黙る。
私は真剣な顔で見上げた。
「パパ」
「なんだ」
「これは、おしごとです」
「分かったよ」
パパは少し考えてから、頷いた。
「朝の洗い物を全部やったら、銅貨三枚だ」
「さんまい!?」
思わず声が大きくなった。
「嫌なら――」
「やる!」
食い気味に答えた。
パパが笑う。
そして。
私の手のひらに。
ちゃりん。
ちゃりん。
ちゃりん。
銅貨が三枚。
さっきママにもらった一枚と合わせて――。
四枚。
私は両手の上に銅貨を並べた。
一。
二。
三。
四。
(朝だけで、銅貨四枚……)
部屋を暖めて、一枚。
洗い物をして、三枚。
しかも、どっちも魔法を使ったから、それほど大変じゃない。
(これ、毎日やったら……)
一日四枚。
二日で八枚。
三日なら十二枚。
十枚で大銅貨一枚。
ということは――。
「……ふふ」
「ルマ」
「ん?」
「悪い顔してるぞ」
「してない!」
私は慌てて銅貨を財布へしまった。
ちゃりん、ちゃりん。
昨日よりずっと重い。
働くって、いっぱい動けばいいわけじゃない。
時間をかければいいわけでもない。
楽にできる方法を考えて。
ちゃんと誰かの役に立てば。
お金はもらえる。
(これが、効率よく働くということ……!)
素晴らしい。
魔法は便利だ。
水を出せる。
火を使える。
風を起こせる。
物を浮かせられる。
でも。
使い方を考えれば、もっと便利になる。
もっと楽にできる。
そして――。
お小遣いも稼げる。
「ルマちゃん」
ママが後ろから呼んだ。
振り向く。
ママが両手を差し出している。
「じゃあ、もう一回手を温めて?」
「いいよ」
私はにっこり笑った。
「それは、べつりょうきん」
「まだ取るの!?」
Forest亭に、ママの声が響いた。
私は銅貨四枚の入った財布をぎゅっと握り
ママの手を温めてあげる。
これはいつもの感謝の気持ちだからお金はいらない。
さて。
次は何を楽にしようかな。




