第40話 いつもの街、知らない街
「ルマー!」
Forest亭の外から声がして、窓を覗く。
アーリとシイだ。
「ママ! あそんでくる!」
「暗くなる前に帰ってくるのよ」
「はーい!」
外へ飛び出すと、冷たい空気が頬に当たった。
「どこいく?」
「今日は市の日だよ」
アーリの言葉に、私は目を輝かせた。
「いく!」
市の日は、中央広場にたくさんの露店が並ぶ。
今までも何度も行ったことはあるけれど、今日はおつかいでも、パパやママと一緒でもない。
三人で好きに見て回れるのだ。
◇
広場へ近づくにつれて、街が賑やかになってきた。
「焼きたてだよー!」
「いい果物が入ってるよ!」
あちこちから威勢のいい声が飛んでくる。
そして。
じゅうううう。
香ばしい匂いに、私の足が止まった。
串に刺した肉が、炭火の上で焼かれている。
「……たべたい」
「ルマ、お昼食べたでしょ?」
アーリが呆れる。
「これはべつ」
屋台で食べるものは別腹。
前世からそう決まっている。
「お! Forest亭の嬢ちゃんじゃないか!」
屋台のおじさんが笑った。
「こんにちは!」
「三人で食ってくか?」
「おかね、みてから!」
ここは重要だ。
三人で財布を出して、真剣に相談する。
結果。
一本だけ買って、三人で分けることになった。
「ルマの大きくない?」
「おなじ!」
「絶対大きいよ」
「気のせい!」
結局シイに取り上げられ、きっちり三等分された。
ぱくり。
「うまぁ……」
寒い日に食べる熱々のお肉。
最高である。
◇
市には、いろんなものがあった。
色とりどりの果物。
見たことのない木の実。
食器や籠、革製品。
そして――蜂蜜をたっぷり塗った焼き菓子。
「…………」
「ルマ」
「見るだけ」
「まだ何も言ってないよ」
財布を開く。
さっきより、明らかに軽い。
五歳児の財力には限界がある。
(Forest亭のお手伝い、お給料もらえないかな……)
今度パパに交渉してみよう。
広場を抜け、そのまま普段あまり通らない道へ入ってみる。
カーン!
大きな音に三人揃って足を止めた。
鍛冶屋だ。
真っ赤になった鉄を、大きな男の人が何度も叩いている。
カン! カン!
私たちは三人並んで、じーっと眺めた。
「お前ら」
鍛冶屋のおじさんが手を止める。
「そんなに見られたら仕事しづらいぞ」
「ごめんなさい」
アーリがすぐに謝る。
「これ、なにになるの?」
私が聞くと、おじさんは赤い鉄を見せた。
「包丁だ」
「ほうちょう!」
料理人の家の子としては見逃せない。
完成した包丁は何度も見てきた。
でも、それを作っているところは初めて見る。
その隣の木工屋では、しゃっ、しゃっと木を削っていた。
床に落ちた薄い木の端をシイが拾う。
「これ、もらっていい?」
「そんなもの何に使うんだ?」
「わかんない!」
「分からないのにもらうのかよ」
おじさんが笑う。
結局、私たちも一つずつもらった。
手のひらの薄い木を曲げてみる。
「なんか作れそう」
「なに?」
「まだわかんない」
「ルマも一緒じゃん」
……確かに。
◇
中央広場へ戻ると、人だかりができていた。
「なに?」
三人で隙間から覗く。
広場の真ん中に立つ男の人が、片手を上げた。
すると。
ふわり。
水が宙に浮かんだ。
細長く伸びて、くるりと回る。
やがて形を変え――。
「ドラゴン!」
透明な水のドラゴンが、空中を飛び回った。
「すご……」
魔法なら私も使える。
水も、火も、土も。
浮遊魔法だって使える。
だけど。
あんなに綺麗には操れない。
(魔法って、人を楽しませることもできるんだ)
「ルマもできる?」
シイが聞いた。
「できる」
アーリがじっと私を見る。
「ほんと?」
「……そのうち」
「できないんじゃん」
「そのうちできるの!」
目標が一つ増えた。
◇
気づけば、空が赤くなり始めていた。
「帰ろっか」
「うん」
帰り道。
「おーい、Forest亭の嬢ちゃん!」
さっきの屋台のおじさん。
「またねー!」
少し進むと。
「あら、ルマちゃん。ママによろしくね」
近所のおばさん。
「はーい!」
また少し歩けば、以前Forest亭に来たお客さんが手を振ってくれた。
「ルマ、知ってる人多いね」
アーリに言われて、私は振り返る。
「……そう?」
この世界に来たばかりのころ。
私が知っていたのは、パパとママくらいだった。
それからトータがいて。
リトが生まれて。
アーリやシイと友達になった。
ロウ、アネシア、カロナ。
Forest亭のお客さん。
近所の人。
街のお店の人。
いつの間にか。
私の名前を呼んでくれる人が、こんなに増えていた。
「ただいまー!」
Forest亭の扉を開ける。
「おかえり、ルマちゃん」
ママの声。
厨房から漂う料理の匂い。
パパとトータの話し声。
奥からリトの声もする。
いつもの場所。
私は窓の外を見た。
今日歩いた道。
まだ歩いていない道。
知らないお店。
知らない人。
五年も暮らしているのに、知らないことはまだまだいっぱいある。
前の世界にも、大切な場所や人がいた。
そこで三十年、生きた。
そして今。
私はこの世界で五歳になった。
家族がいて。
友達がいて。
街を歩けば、名前を呼んでくれる人がいる。
――私。
この街のこと、結構好きだ。
明日はどこへ行こう。
そんなことを考えながら。
私はForest亭の扉を閉めた。




