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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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第36話 年越し夜勤

年の終わりというものは、どうやら世界が変わっても忙しいらしい。


朝からForest亭の一階は、いつも以上に騒がしかった。


「トータ、そっちの鍋見てくれ!」


「分かった! パパ、こっちはもうできる!」


「じゃあ盛り付け頼む!」


厨房では、パパとトータが朝から料理を作り続けている。


パパが大鍋を火にかけ、その横でトータが野菜を切る。煮込みを確認して、出来上がった料理を盛り付ける。


それでも人手が足りない。


「トータ! 二番のテーブルお願い!」


「今持ってく!」


ママに呼ばれれば、トータは料理を持って食堂へ飛び出していく。


戻ってきたら、また料理。


ママだって同じだ。


注文を聞いて、料理を運んで、空いた皿を下げる。


宿泊客に呼ばれれば二階へ上がり、戻ってきたと思ったら今度は受付。


食堂は満席。


二階、三階の客室もほとんど埋まっている。


今日は一年最後の日。


……なのだけど。


「いそがしそう……」


パパ、ママ、トータ。


三人とも朝からずっと動いている。


何か手伝いたい。


でも5歳の私にできることは少ない。


包丁は危ない。


熱い鍋も持てない。


料理を何皿も載せた盆なんて、もっと無理。


何かないかな。


そう思って厨房を見回して――。


「……うわ」


あった。


洗い場。


いや。


もはや、皿の山。


大皿、小皿、深皿、カップ。


次々と下げられた食器が積み上がっている。


パパは料理。


トータは料理と配膳。


ママは食堂と宿の対応。


誰も洗い物まで手が回っていないらしい。


私は皿の山を見上げた。


「……これならできる」


最近、生活魔法はかなり上手くなった。


水。


風。


それから簡単な浮遊。


一つずつできるなら、組み合わせればいい。


袖をまくる。


「よし」


まずは五枚。


ふわり。


皿が宙に浮かぶ。


落とさないよう間隔をあけて、五枚を包むように丸く水を出す。


そこへ、いつも使っている洗剤を少し。


「まわれー」


ぐるぐる。


泡立った水が皿の周りを回り始める。


皿も少しずつ傾けて。


表。


裏。


端っこ。


「おお……!」


いける。


泡の混じった水を洗い場へ落として、今度は綺麗な水。


「すすぎ!」


五枚まとめて泡を流す。


そして最後は――。


「風!」


ぶわっ。


皿の間を風が通り抜け、水滴が飛んでいく。


ぴかぴかの皿が五枚、宙に浮いていた。


「できた!」


これはいい。


次の五枚。


浮かせる。


洗う。


すすぐ。


乾かす。


もう五枚。


浮かせる。


洗う。


すすぐ。


乾かす。


「ふふふ……」


完全に魔法式食器洗い機である。


前世にこんなのがあったら欲しかったな。


……いや、食洗機はあったけど。


これは入れる手間すらない。


最強じゃん。


「ルマ、次の皿――」


料理を運び終えたトータが戻ってきて、ぴたりと止まった。


「……何してるの?」


「おさらあらい」


「それは分かる」


トータが洗い場を見る。


あれだけ積み上がっていた皿は、もう半分以下。


「これ、全部ルマが?」


「うん!」


「すごいじゃん」


「でしょ!」


胸を張った瞬間。


ぐらっ。


「あ」


一枚の皿が傾いた。


「ルマ!」


「わああ!」


慌てて浮遊魔法で受け止める。


ぎりぎり。


「……」


「……」


トータと目が合う。


「調子乗るから」


「……はい」


集中します。


◇


「――皿、どこいった?」


少しして、パパがようやく洗い場を振り返った。


「そこ!」


洗い終わった食器を指差す。


パパが皿を見る。


私を見る。


また皿を見る。


「ルマがやったのか?」


「うん!」


「全部?」


「うん!」


「すごいじゃない、ルマちゃん!」


戻ってきたママも目を丸くした。


「助かったぞ!」


パパの大きな手が頭に乗る。


ぐしゃぐしゃと撫でられた。


「へへ」


なんだか、すごく嬉しい。


今までは「まだ小さいから」と言われることの方が多かった。


実際、五歳だから仕方ない。


でも今日は。


ちゃんと役に立てた。


Forest亭の仕事を、手伝えた。


◇


夕方を過ぎても、Forest亭は賑やかなままだった。


扉が開くたび冷たい風が入り、食堂には料理の匂いと笑い声が満ちている。


「ルマ、また皿お願い!」


「はーい!」


洗って。


すすいで。


乾かして。


また次。


忙しい。


ものすごく忙しい。


なのに。


なんだか楽しい。


(……あ)


この感じ、知ってる。


前の人生でも、年末年始は仕事だった。


勤務は――。


(くじ引きだったなぁ)


希望が重なったら最後は運。


そして見事、年越し夜勤を引き当てたこともある。


でも。


意外と嫌いじゃなかった。


付き添いのお母さんが見ているテレビを、ケアをしながら一緒にちらっと見たり。


『今年も終わりますねぇ』


なんて話したり。


落ち着いている年は、休憩室にお菓子を持ち寄って、夜勤メンバーで小さな年越しパーティもした。


そして、ある年。


零時直前。


後輩と顔を見合わせた。


『せーの!』


ぴょん。


二人でジャンプ。


『年越しの瞬間、地球におらんかった!』


……何をしていたんだ、三十歳。


でも、楽しかった。


逆に、とんでもなく忙しい年もあった。


オムツを替えて。


服を整えて。


手を洗って。


時計を見る。


〇時三分。


『……年、越してるやん』


そんな年もあった。


(懐かしいな)


忙しかった。


大変なこともいっぱいあった。


でも。


なんだかんだ、楽しかったな。


ゴォォォン――。


突然、遠くから低い鐘の音が響いた。


「おお!」


食堂のお客さんたちが顔を上げる。


もう一度。


ゴォォォン――。


外から歓声が聞こえた。


「新しい年だ!」


「おめでとう!」


私は、洗い場の前で固まった。


右手の先には、浮いている五枚の皿。


「……え?」


窓の外を見る。


鐘。


歓声。


皿。


「……年、越した?」


「越したな!」


パパが鍋を混ぜながら答えた。


「…………」


思わず笑った。


前世ではオムツ交換。


今世では皿洗い。


(私、人生二回目でも同じことしてるじゃん)


◇


最後のお客さんが部屋へ戻ったあと。


パパが大きな鍋をテーブルに置いた。


「よし! うちの年越しはここからだ!」


「わぁ!」


リトが椅子によじ登る。


「まだ熱いから待ってね」


ママが笑いながら器を並べ、トータがパンを切る。


私も椅子に座った。


さっきまでお客さんでいっぱいだった食堂には、もう家族しかいない。


パパ。


ママ。


トータ。


リト。


そして私。


「今年も無事終わったな」


「みんな、お疲れさま」


「ぼくも!」


リトが胸を張る。


「リトは何したの?」


トータに聞かれ、リトが考える。


「……いっぱいたべた!」


みんなが笑った。


私は煮込みにパンをつけて、ひと口。


「うまぁ」


パパが満足そうに笑う。


ふと、前の人生の休憩室を思い出した。


夜勤仲間と食べたお菓子。


付き添いのお母さんと見たテレビ。


後輩と跳んだ零時。


あの年越しも楽しかった。


そして今は、Forest亭。


人生が変わっても。


世界が変わっても。


年越しは、だいたい仕事中。


でも。


そのあとにみんなで笑えるなら。


こういう年越しも、悪くない。


窓の外では、新しい年を祝う鐘がまだ鳴っていた。

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