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『のんびり暮らしたい宿屋の娘、今日も子育て相談を受けています』 ~元小児科看護師の異世界暮らし~  作者: 入野 カフェイン


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第35話 雪を見て血が騒いだので、本気の戦いを

朝、目が覚めた時。


最初に感じたのは、寒さじゃなかった。


「……?」


静かだ。


いつもなら聞こえる風の音も、通りを走る荷車の音も、今日はほとんど聞こえない。


毛布から這い出し、白く曇った窓を手のひらでこする。


「……しろ」


裏庭も、向こうの屋根も、木の枝も。


全部、真っ白。


空からは今も、白いものがふわふわと落ちている。


「…………ゆき」


もちろん前世でも見たことはある。


珍しいものじゃ――。


「トータにいちゃーーーん!」


気づけば部屋を飛び出していた。


「ゆき! ゆきふってる!」


階段を駆け下りる。


「走るなー!」


下からパパの声。


「はーい!」


走る。


「返事だけするな!」


だって雪だもん。


「トータ兄ちゃん! そといこ!」


食堂で朝食を運んでいたトータ兄ちゃんに飛びつく。


「朝飯食ってから」


「えぇー!」


「ルマ! ゆき!」


そこへリトまでやってきた。


「そと!」


「いこ!」


「だから二人とも朝飯食ってから!」


今日に限って、朝ごはんがものすごく長く感じた。


食べ終わると、上着に厚い靴下、手袋。


首元までしっかり巻いて、完全装備。


玄関を開けた瞬間、冷たい空気が頬を刺す。


「さむっ!」


でも一歩外へ出れば。


ぎゅっ。


足の下で雪が鳴った。


「……!」


ぎゅっ。


ぎゅっ。


「トータ兄ちゃん! おとする!」


「雪だからな」


リトも隣で何度も雪を踏んでいる。


楽しい。


五歳児、単純である。


真っ白な裏庭へ一番に飛び込む。


ずぼっ。


「……たすけて」


「もう?」


開始一分でトータ兄ちゃんに救出された。


それからは雪合戦。


「トータ兄ちゃん!」


「ん?」


ぽすっ。


雪玉が胸に命中する。


トータ兄ちゃんがゆっくり雪を拾った。


「ルマ」


「な、なに?」


「逃げろ」


「ひゃーーー!」


走って、滑って、転んで。


また雪を投げる。


裏庭が笑い声でいっぱいになった頃。


「トータ!」


女の子の声。


トータ兄ちゃんが振り返った瞬間――。


ぼふっ。


雪玉が顔面に命中した。


「…………ナオネ」


門のところに二人の女の子が立っている。


前にいるのは、トータ兄ちゃんの幼なじみ、ナオネ。


そして、その後ろから。


「ルマー!」


「アーリ!」


私の幼なじみ、アーリが駆けてきた。


その横で、トータ兄ちゃんが顔の雪を払う。


「お前なぁ……いきなり顔に投げるか?」


「雪合戦してたんでしょ?」


「だからって顔は狙わないだろ!」


「トータが隙だらけなの」


「……言ったな」


トータ兄ちゃんが雪を掴む。


「あ」


「逃げろ」


「きゃっ!」


ナオネが走る。


「トータ兄ちゃん、がんばれー!」


「ルマ! どっちの味方だ!」


「おもしろいほう!」


「味方ですらない!」


気づけばアーリもリトも加わって、雪玉が飛び交っていた。


しばらく遊んでいると、指先の感覚がなくなってきた。


「……さむ」


手袋はしっとり濡れている。


「ルマ、寒い?」


アーリが私の顔を覗き込んだ。


「ちょっと」


「手も濡れてるよ。もう中入る?」


「…………」


優しい。


でも。


あるじゃん。


昨日、研究したやつ。


私はこっそり魔力を練った。


身体の周りの空気を少し温めて、ゆっくり纏わせる。


ふわぁ……。


「……ぬくい」


最高。


やっぱり研究は人類を救う。


少なくとも、今の私を救った。


「ルマ、大丈夫?」


まだ心配そうなアーリ。


よく見ると、アーリの鼻も頬も真っ赤だ。


「アーリも、さむい?」


「ちょっと。でも平気」


「……じっとしてて」


「え?」


アーリの手を握る。


今度は、この子の周り。


見えない毛布をかけるように。


暖かい空気を、ふわり。


アーリの髪が揺れた。


「……あれ?」


「どう?」


「あったかい……。ルマ、何したの?」


私は周りを確認して、アーリの耳元へ顔を寄せた。


「……まほう」


「魔法!?」


「しーっ!」


慌てて人差し指を口に当てる。


「きのう、つくったの」


「作ったの?」


「うん」


アーリが目を丸くする。


私はもう一度、トータ兄ちゃんたちを見る。


誰もこちらを見ていない。


「これできるの、ないしょだよ?」


「なんで?」


「まだ、ないしょなの」


理由は特にない。


昨日できたばっかりだし。


それに――秘密の魔法って、ちょっとかっこいい。


「アーリと、わたしだけ」


アーリがにこっと笑った。


「わかった。誰にも言わない」


「ナオネにも?」


ちらっとお姉ちゃんを見る。


「……ナオネにも」


「やくそく!」


小指を出す。


「約束」


アーリの小指が絡む。


ふふ。


魔法がうまくいったことより。


二人だけの秘密ができたことの方が、ちょっと嬉しかった。


その後はみんなで雪だるまを作った。


大きな雪玉を転がして、二つ重ねる。


「ナオネ、そっち持って」


「分かってる」


「せーの!」


どん。


「トータ、ちゃんと押さえて」


「持ってるって」


「動いてる」


「ナオネが押してるからだろ!」


「押してない」


また言い合ってる。


私はアーリを見る。


「……なかいいね」


「いつもあんな感じだよ」


さすが妹。


慣れている。


枝の口。


石の目。


少し斜めの頭。


「へんなかお」


「ルマが目つけたんだろ!」


「トータ兄ちゃんの頭がななめだから!」


「俺のせい!?」


みんなで笑っていると。


「もう中入りなさーい!」


ママの声が飛んできた。


扉を開けた瞬間。


暖かい空気と一緒に、薪の焦げる匂いが鼻をくすぐった。


「あったかぁ……」


暖炉の前にみんなで集まる。


濡れた手袋から、少しずつ湯気が上がる。


ぱちぱちと薪が爆ぜる音。


冷えた頬に当たる熱。


そして厨房から――。


肉と玉ねぎ、香草の濃い匂い。


「……くろにこみ!」


「正解」


パパが厨房から顔を出す。


「昼は黒煮込みだぞ」


「やった!」


ナオネも嬉しそうに顔を上げた。


熱々の黒煮込みと、厚く切ったパン。


ナオネが匙ですくう。


「熱いぞ」


トータ兄ちゃんが言った。


「分かってる」


ふーっと冷まして、一口。


「……おいしい」


「だろ?」


トータ兄ちゃんが、少しだけ嬉しそうにする。


「何その顔」


「別に」


「嬉しそう」


「うるさい」


私はアーリと顔を見合わせて笑った。


パンをちぎって黒煮込みにつける。


ぱく。


「……うまぁ」


冷えた身体に、温かさが染みていく。


暖炉では薪がぱちりと爆ぜる。


窓の向こうには、みんなで作った不格好な雪だるま。


「ねぇ、トータ兄ちゃん」


「ん?」


「明日も雪あるかな?」


「たぶんな」


「じゃあ、あしたもあそぼ」


「まだ遊ぶのかよ」


「ナオネも! アーリも!」


「リトもー!」


「結局みんなじゃん」


トータ兄ちゃんが笑う。


私は窓の外を見た。


白い雪は、音もなくゆっくり降り続いている。


明日も、残ってますように。

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